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冬の夜-I 闇

直接的ではありませんが、微量のR15表現を含みます。ご注意ください。


 差し出した手を振り払われるのは、当たり前のことだった。



 物心がついた頃には常にお腹が空いていて、両親の顔色をうかがうクセがついていた。

 お腹が空いて、空きすぎて、でも欲しいと口にすることもできない。

 綺麗なスーツに身を固めた母の服に手を伸ばす。

 パシッとその手を鋭く叩かれて、まるで汚いものでも触れたかのような形相で叱られたのは……いつのことだったろうか?

 忘れてしまった。

 けれど、忘れていない空虚感。

 ああ、ダメなんだと手放した。

 すべてを――手を伸ばして欲しいと願うことを、わたしは望まない。

 望んではいけない。


 もう、二度と……。


 そんな幼い自分の人生観が覆されたのは、小学三年のことだった。

 彼に会って、愛美は初めて知ったのだ。

 望むこと、自分から求めること、そして相手が求めに応じてくれる……ということを。

 食べ物を口にできず、世間体を気にした親に閉じこめられた空間で、だんだんと弱っていく思考に毎日鳴る呼び鈴だけが響いていた。

 そのうち、来なくなると思っていた迎えの音は飽きることなく繰り返され、愛美の薄れいく意識をそのたびに覚醒させた。

 手放してしまえば楽だと知っている。

 なのに。

 それでも、縋りたいと本能が叫ぶ。


 タスケテ。


 ココ カラ ワタシ ヲ …… ダシテヨ!


 ドンドン、と扉が叩かれ、開かれる。

「しのはら!」

 春日真〔かすが しん〕が手を差し出して、頬に触れた。

 愛美の体に応える力は残ってなかった。涙さえ枯れていた。

 でも、その瞬間に愛美の心は決まっていた。

 目を閉じる。


 この人のために、わたしは何ができるかな?


 何か……できる?


 できるなら、なんでもするよ。




(真ちゃん……)

 目を開けると、そこは暗い部屋だった。

 息が苦しい。ずっと昔の夢を見ると、果たして自分はどちらの世界の住人なのかと身震いがする。

 大丈夫、と体を抱きしめておまじないのように彼の名を口にする。

「真ちゃん……」

 涙が零れた。あの頃には零れなかったものが頬を伝って、薄いシーツを濡らした。

 学年が上がるにつれて、少しずつ想いの形は変わってくる。より鮮明に、原始的な関係を望んでくる心。

 聞いた当初、幼かった愛美には大して意味をなさなかった言葉の羅列が次第に大きな重みをもってのしかかるのだろうと思わせた。

 彼がいないと呼吸もできない。なのに、いつかは離れなくてはいけないのだろうか?


 ううん、まさか。ありえない。

 ずっと、友達のままなら きっと 一緒にいられるよ。


 言い聞かせるのに、心は頑なに首を振る。

(――イヤだよ。足りない。全然、足りない……!)

 体のどこかが切なく濡れて、彼を愛したいと嘆く心が溢れた。指でその場所を探って、なだめる。



 ねぇ、夜だけ。


 ここだけでいいから。


 あなたを想って、いいですか?


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