始業-K 衝動
栗石要〔くりいし かなめ〕はこれでも動揺していた。
それは当然である。義理の妹に恋心らしき感情を抱いて平静でいられるなら、地球最後の日が来たって平然としているだろう自信がある。
彼女の反応は分かりやすい反面、言ってしまったことに対する後悔が滲み出ていて要を当惑させた。
本当に、あの言葉を額面通りに受け取っていいものかどうか。
日が経つにつれ、その疑問は大きくなり問い質すこと数回。
昨日はお風呂から出てきたトコロをバッタリ出くわして、「ヒッ!」と見るからに警戒した美晴に投げかけた。
風呂から上がったばかりの彼女の短い黒髪は濡れていて、滴が寝間着に落ちている。
(ちゃんと乾かさないとダメだよ……)とハラハラしながら、口にする。
「あ、美晴……この前のことだけど」
「なっ、なんのこと? あ、あたしはなンも知らねぇ!」
真っ赤になって、ピュゥとまたあっという間に逃げられた。
しかも。
今回は「落し物」まであった。
下着だ。
「………」
黒のチェックで意外と可愛い柄の小さな布。
洗濯したものを自分の部屋に持ってあがる途中だったそれを拾って、とりあえず洗濯物の彼女のカゴに戻しておく。
両親が多忙なので、昔から家事は分担制だった。だから、今に始まったことではないのだが(美晴がガサツ……いや、そそっかしいのでよくある)ドキドキした。
普通に、彼女の衣服だって洗濯しているし、これからもするだろう。
けれど、もし……美晴と両想いだったら?
普通でいられるだろうか?
自分の置かれた状況を把握し、していないだろう美晴に出来るだけ早く確認しようと心に決めた。
(もうちょっと、危機感を持ってもらわないと襲うよ? ……俺が)
と、要は結構切実に本気で思った。
学校で美晴の姿を探すけれど、逃げているのか教室にも廊下にも見当たらない。
「栗石さん? ……さあ」
美晴のクラスメートに訊いても、「ものすごいスピードで出て行った」という目撃情報があるだけで芳しい返事は返ってこなかった。
(おかしいなあ、結構目立つはずなんだけど……?)
と、要は首を傾げて、もしかしたらと旧校舎の方に足をのばした。
途中で春日真〔かすが しん〕と会い、志野原愛美〔しのはら いつみ〕がどうやら数人の女生徒に(また)呼び出されているらしく、見かけたらそれとなく助けてやってくれと頼まれた。
まあ、ついでだし旧校舎の方を請け負って彼と別れ、廊下の分岐点で数人の女生徒とすれ違う。
「 ! 」
彼女たちは要の顔を見るとギクリとした表情になり、慌てて走り去ろうとする。
その中には要と同じクラスの子も含まれていて……少し気になった。
「あっ、ちょっと待って」
呼び止めれば、互いに目配せをして要をうかがう。
(やっぱり)と明らかに、彼女たちは後ろめたい 何か を知っているのだろうと察して、あえて訊いた。
「美晴、見なかったかな?」
「え? あっ、はい。見ました」
コクコクと頷いて、しきりに詳しい説明をする。
核心から外された問いに安堵した女生徒たちの他愛のない様子に笑って要は「そう」と頷いた。
(志野原さんを呼び出したのはこの娘たちみたいだな……美晴の話も具体的だし、嘘ではなさそうだけど)
「ありがとう」
と、礼を言って背中を向け、どうしたものかなと考える。
とりあえず、春日真のために顔は覚えておいてやろうと決めて、足を速めた時。
ピタリと止まる。
「 わたしは、栗石くんに教えてもらうのが一番いいとは思うけど 」
「 ……全然、よくねぇ 」
聞こえたよく知る二人の少女の話し声に要は「ほんの少し」不機嫌になった。
「甘えたくねぇんだよ、要には」
美晴の意地っ張りな口調に「生意気な子だよね」と静かにため息を吐いて、踵を返す。
妹の素直になれない性格は要だって、よく知っている。
伊達に何年も兄妹として暮らしてないし、彼女のそこが一番可愛いトコロだとも思っている。
でも、時々ひどく憎らしくて……たまらなくサディスティックな気持ちになる。
結構前からあった 衝動 ではあるけれど、あえて今までは出さなかった。
それは。
兄として、美晴に頼られたかったから……なのにね。
(あんまり、気はすすまないけど)
頭に浮かんだ方法は、とても、短絡的な単純な手法だったけれど、きっと上手くいく。
無駄な努力は好きじゃない要は、そう確信していた。