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除夜-K 不覚


 小学生の頃、父親が連れてきた新しい「お母さん」は豪快な人だった。

 物心つく頃には父の勤める病院に入退院を繰り返していた実の母親は決して弱い人間ではなかったけれど、生命力に溢れたタイプではなかった。ただ、頑張る人だった。弱音ははかない……うまく隠していたのだろうけれど。

 そんな母の儚いイメージが強いせいか、母親とはそういう人間なのだという先入観があった。

 支えなければ倒れるような……しかし、紹介された新しい母親は父よりもずっと逞しい腕としっかりと地についた足を持っていた。

 ところどころに傷跡があり、しかも生々しく新しい傷跡も多い。が、痛々しさの微塵も感じさせないのはどういうことか。

「よろしく!」

 がっちりと握手するその握力も男並みに強くて、ちょっとびっくりする。

「あっ、ゴメンゴメン! 力加減が難しいんだよな~」

 何せ職場に子どもなんていないし、いるの凶悪犯並みの厳つい男ばかりなの~ヤダヤダ……と、生温かい眼差しでこちらを見てくるから困った。

「眼福! ふふふ、さすが礼さんの血だわね。素晴らしいわっ」

 な、なにが? とは会ったばかりの「お母さん」には訊けなかった。

 その隣にいる彼女の連れ子は、ちょうど同じくらいの背丈で年も同じだと聞いていた。

 短い髪にクリッとしたヤンチャそうな瞳、よく陽に焼けた肌は真っ黒で母親と同じように生傷が絶えなさそうな感じだった。

 男の子みたい、が第一印象で第二印象も第三印象も大きく変わらずそのまんまだった。


「かなめ?」

「うん、みはるちゃん。よろしくね」


 手を差し出すと、相手は「げぇぇ!」呻いて身悶えた。

(げぇぇ! って女の子なのに……)

「ちゃん、なんてガラじゃねぇって! みはる、でいいッ」

「そう? じゃあ、みはる」

 いー、とそれはそれは嫌そうに白い歯をむき出しにしたので、あえて異論は唱えなかった。だって、無駄な努力は好きじゃない。

「おうよ!」

 へへ、と鼻の下を照れくさそうに擦って、握手した「彼女」はやっぱり男の子みたいに笑った。



 男の子みたいな美晴。負けず嫌いな美晴。弱いものいじめは許さない美晴。どんなに怖くても逃げ出さない美晴。

 誰にも弱音を吐かない美晴。

 最初は、そんな「妹」にハマるなんて思ってなかったのに、気がついたら誰よりも大切にしたい「女の子〔存在〕」になってた美晴。

「す、好き……ッだっ!」

 除夜の鐘が鳴る夜、聞こえた妹のその言葉に栗石要〔くりいし かなめ〕不覚にもドキリとした。

(えっ?)

 と、そんなに聞きなれない言葉だったかと戸惑う。いや、ほかの女の子からは結構言われ慣れているのだが(自慢ではない、断じて!)美晴からは「嫌い」と言われることは多くても「好き」と面と向かって告げられるのはめずらしかった。

 特に、中学に上がってからは皆無と言っても過言ではないだろう。

 疎ましがられる年頃なのだと半ば諦めていたのだが……。

 言葉が出てこないことに困惑する。

 要の様子を睨むようにうかがっていた美晴は俯き、次に顔を上げた時には真っ赤になって「なっ、なんちゃって!」と慌てて打ち消した。

「ウソウソ、冗談だって……本気にするなよ~」

「う、嘘? 何が嘘なの?」

 打ち消されたことに思いのほか焦って、要は訊いた。

 しかし、美晴もまさか追及されるとは思わなかったのか、「なっ、なんでもいいだろ!」と怒ったように言い捨てて耳まで真っ赤になって顔を背けた。

「忘れろ!」

 と、命令されてピュゥとあっという間に逃げられる。

「無理、かもしれない」

 忘れろと言われても、胸のドキドキはおさまらない。


 いま。


 芽生えた気持ちは、家族愛か……それとももっと別の何かか……あるいは、両方かもしれないと要はぼんやりと考えた。

 だって、もともと家族愛は芽生えているし。

 妹への気持ちが深まったのだとすれば、素直に納得もできる。

 震える手を包んだ あの時 から すべては 始まっているんだから。


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