除夜-M 禁句
あの母から「新しい家族よ」と紹介されたのは小学生の頃だった。
おっとりとした感じの「お父さん」はおぼろげにある記憶の父親と雰囲気は 同じ だった。
このタイプが母の趣味らしいと、ペコリと頭を下げて子供心に(大丈夫かな……)と心配になる。
何しろ、離婚した前の実の父親は優しいけれど優しすぎる人だった。
仕事に没頭する母は、時々怪我をしては病院のお世話になる女刑事で……結局は優しすぎる父に「耐えられない」と言わしめた人物だ。
普通、逆じゃないかな? と幼いながらに思った記憶があるけど、その離婚劇の後の母の落ちこんだ様子でやっぱりこの人も「女性」なのだと知った。
だから。
そんな母に優しい人ができるのは、嬉しい。
でも、また母が落ちこんでしまうのは悲しい。
そんな気持ちをこっそりと「お父さん」になる人に伝えたら、おぼろげにある父親に似た笑顔で「君のお母さんは私の理想の女性なんだ」と言い切った。
そして、不安に瞬く目の前で茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せる。
「頑丈で、死ななそうだろう? 菜摘さんは」
カラカラとおおらかに笑ったその人を見て……(ああ、これが新しいお父さんか)と、少し安心した。
ごうん、と遠く外から聞こえた除夜の鐘にうつらうつらとしていた栗石美晴〔くりいし みはる〕はハッとする。
イカンイカン、と頭を覚醒させようとして、手元にある参考書を眺めればそれが無理な相談だと本能からの答えが返ってくる。
仕方なく机から離れて、階下の台所に向かった。
鼻歌を歌いながら、コンロに火をつけ、インスタントのカップうどんの包装袋を開ける。
「美晴?」
そこにやってきたのは、兄の要〔かなめ〕だった。
「勉強、はかどってる?」
嫌なコトを訊く兄だ。
「放っとけよ、向こうに行け!」
「普通蹴るか? コラ、暴れるなよ。沸騰してるぞ」
「るさいっ! わかってるよ!!」
火を消して、鍋からお湯をカップの中にそそぐ。
そばにいる要に警戒して、美晴は気を張った。
油断をすると、すぐに自分の気持ちが表に出てしまう性分だからだ。
彼とは親の再婚で兄妹になって、もう4年になる。兄と言っても、ひと月違いの同級だから学校も学年も同じという実にややこしい話で……中学に入ってからのクラスメートには説明していないコトだったりする。
「似ていない双子」というのが周囲の一般的な常識だ。
おおらかで頭がよくて見目麗しい兄と、口が悪くて頭もよくない上に男の子みたいな妹。
父親似と母親似、で一応納得してもらっているけれど……そろそろ厳しくないか? と思わなくもない。
ズルズルとインスタントのうどんをすすっていると、頭をポンと撫でられる。
「わからない所があったら訊いてこいよ、どうせ同じ所やってるんだから」
同じじゃねぇよ! と心の中で罵りながら、口の中はうどんでいっぱいで呻く程度しか返せない。
どんだけ優等生なんだ!
にっこりするな、頭を撫でるな、そんな目でみるなよ! 妹だと思って甘やかすな!!
「なんだったら一緒の部屋でしても……」
「だぁぁ! 絶対するかってーの」
「え? する?」
「ちがう! 反語だ、理解しろっ」
「残念。俺、美晴と勉強するの好きなのに」
「あたしは好きじゃねぇーっ」
ゼェゼェと息を荒げる美晴に、要は微笑んだ。父親譲りの優しい面差しで、見惚れるほどの綺麗な顔。
(ずるい)と美晴は顔を下げ、逃げたいと思った。
けれど、家族である限り一つ屋根の下で過ごさねばならないし(少なくともあと3年は)、負けず嫌いな性格上敵前逃亡は屈辱だった。
「俺は、好きだよ」
出しうる限りの悪態が脳内を駆け巡った。家族だから、と言い聞かせるのにどれくらいの時間と労力がかかるか? なんて、きっと目の前の人のいい兄は知らない。
そう思うと、腹立たしくて衝動に駆られる。
言わない、と決めている気持ちを――。
伝えたらこの兄は、どういう反応をするのだろうか?
好きにならないはずがない、優しくて守ってくれて女の子扱いされたのなんて……本当に 初めて だったから。
好きになって、当然なんだ。