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二月-S→I 平穏

いきなりですが、前半と後半で視点が切り替わります。

これより以降、視点の順番は変則的になりますのでご了承ください。

 志野原愛美〔しのはら いつみ〕が台所にいると、春日真〔かすが しん〕が奇妙な生き物を見るように彼女を見た。

 勝手知ったる我が家、とでも言うように愛美がボウルに熱湯を注いで、そこに小鍋を浸すと切り刻んだ茶色い物体を放りこむ。台所の空気は一様に甘い。


 なんで、志野がここに?


 という、疑問は愚問だ。ここは正真正銘真の家の台所ではあるが、彼女がいる、という状況は案外恒例化している。

 朝の早い時間、というわけでもないが……日曜の午前中に家族でない人間が台所でガサゴソしているのは、傍から見れば異様だろうな、と寝起きの頭で彼は冷静な感想を持った。けれど、それは彼女に対する図々しいという類の嫌味ではなく、どちらかというと安堵に近い。

 真の目の届くところに愛美がいる、という事実が彼をホッとさせるのだ。

 ただ。

「それ、チョコレート……だよな?」

 と、一応訊いてみる。

「うん!」

 いい返事を返して、愛美は一心不乱に小鍋の中のチョコレートをヘラでかき混ぜている。

 心底、楽しいという表情だ。まあ、それはいいことだけど……。

「真ちゃんにあげるの。もうすぐ、バレンタインでしょ?」

「あー、そう」

 まー、そうだと思ったけどね……。

 どう反応すればいいのか、毎度真が困っていることに彼女は気づかない。

(俺にくれるものを、本人の目の前で作っていいわけ? おまえ的にさ)

 普通、こういうものは隠れて用意して、当日に渡すのがセオリーだと思うのだが……愛美はあまり気にしない性質〔たち〕らしい。

 毎年毎年、真の家に来て作っては、出来のいい一部を綺麗に包装して、残りを春日家に進呈して帰っていく。

 当然のことながら、真はいつもその進呈されたものとほぼ違わぬものをバレンタインの当日に受け取るわけだ。

 いや、べつに愛美が気にしないなら真はそれでいいと思っている。目の前で作っているのを見るたびに、無性にツッコみたくはなるが。




 愛美は台所を通り過ぎて、リビングに入る寝起きの真を不思議そうに眺めた。

(いま、真ちゃん……なんか すっごく 物言いたそうな顔してなかった?)

 毎年、相も変わらずチョコレートだけ、というのがダメなのだろうか。それとも、そろそろチョコレートではなくて別のものが欲しいとか……例えば、チョコレートケーキとか?

「ううっ、ムリです。材料が揃えられません……」

 親から小遣いらしい小遣いを貰っていない愛美は、万年金欠少女だ。

 ヨヨヨ、と肩を落として嘆く愛美を、リビングのソファに座った彼が変なものでも見るように眉をひそめる。

「志野?」

「ごめんね、真ちゃん……今年はコレで我慢して欲しいな」

「はあ? 何を?」

「ううん」

 首を振って決意する。来年は高校生になっている、合法的にバイトができるじゃないか! と心の中で拳を握った。

 材料を揃えて、来年は喜んでもらえるように頑張るよ?

「こっちのハナシだよ? 気にしないで」

「ふーん」

 訝しそうに愛美を眺め、真は追及しなかった。彼女の思考が浮世離れしているのは、環境のせいもあるけれど生来の性格もある。つまりはなかなか治らないし、自覚も薄い。

 どことなく会話が噛みあっていないと彼は気づいているのに、彼女がまったく気づいていないのと相まって二人の間には成立しない会話の方が多い。

 日常、と言ってもいい。

「あ! 真ちゃん。今日、久しぶりにお姉さんに会ったよ? 相変わらず天使みたいだねっフワフワしてて可愛かったぁ」

「んー」

 それでも、会話を続けられるのは真が無視をしないからだ――と、愛美は思っている。

 大抵、話しているのは 彼女 で聞いているのが 彼 だからだ。

(真ちゃんてば、ホントに優しいよね……見た目も素敵だし、見惚れちゃうなぁ)

 ソファに座る背中にうっとりしながら愛美は続けた。

「真ちゃんはさ、見たことあるんだよね? お姉さんの付き合ってる人」

「あー、まあね」

「どんな人? 今日もデートなんだ♪ とか嬉しそうに言ってたよ?」

 見るからにウキウキした足取りで「いってきまーす!」と外に出て行った春日唯子〔かすが ゆいこ〕は、同性の愛美から見ても華やかで輝いて見えた。

 グッと女性らしくなった、と思う。

 もともと綺麗で可愛い人ではあったけれど、少し前までは少女という感じが抜けてなくて……どちらかというと、男嫌い? の気があったように思う。

「んー? いい人だよ。姉ちゃんのこと、よく分かってるし……顔もいいし、見た目は姉ちゃんと張るくらい天使っぽいかな。しかも上級の?」


「……なんか、神々しそうだね」


 想像して、愛美は想像しきれなかった。上級の天使、てどんなのなの?

 頭の上に輪っかがある、とか。手に鞭を持ってるとか?

 ちょっと、怖い。

「いや、おまえの想像とは ちがう から。ゼッタイ。それより、手、動かせよ」

 ハッとして、愛美はヘラを動かす。

 今回は、生クリームを入れて生チョコもどきだ。ココアパウダー、は本物のココアの粉を使う。

 予算の関係上、自分の家にあるもので代用しただけだけど。

 タッパーにクッキングペーパーを敷いて、流しこみ冷蔵庫で冷やし固める。

 パタン、と冷蔵庫の扉を静かに閉めて、リビングの方へ向き直る。

「ねぇねぇ、真ちゃん。わたしもその人に会いたいなぁ」

 愛美は、春日家の人間がもれなく好きだ。流石、最愛の 彼 の家族だと思う。

 赤の他人で押しかけ女房みたいな自分を受け入れ、家族みたいに優しくしてくれる。愛美の家庭環境が複雑だからと察して、快く台所を貸してくれたのも彼の家族が初めてだった。

 その春日家の長女である唯子の好きになった男性〔ひと〕という意味ではもちろんのこと、美少女で有名な彼女と同じくらいの天使的な外見(しかも、上級!)というのも気になるし、なにより真が「いい人」と評したことが愛美には重要だった。


「だって、唯子さんの 彼 ってことは後々は真ちゃんの 義理のお兄さん になるかもしれないんだよ?」


 ご挨拶すべきでしょう!

 彼の身内とはできるだけ、仲良くしときたいもんねっ。



 愛美のキラキラとした表情に変な顔をした真は、「姉さんに訊いとく」とだけ言って、一応、頷いてくれた。


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