冬の夜-K 勝者
夕食後のリビングで、栗石要〔くりいし かなめ〕は笑いを堪えるのに必死だった。
いや、堪えてはいなかった。
(美晴……分かりやすすぎなんだけど!)
がるる、と威嚇の唸り声が聞こえそうな警戒をピンっと張って、時々要をうかがう目が眉間にシワを刻んでいる。
くっくっくっ、と要が肩を揺らして声を出すのを我慢しているものだから余計に機嫌が悪くなる。
「な、なんだよ! なにがおかしいってんだっ、要!!」
「べ、べつに。くっ! あーっはっはっはっふははっ!! おかしいっ、美晴。そんな分かりやすく警戒しなくてもいいのに……何もしないから」
今はね、という心の声は意図的に呑みこんで兄らしい笑みを浮かべた。
「勉強みるって言ったんだから、勉強するよ。当然でしょ?」
ぐっ、と見透かされたことに対する羞恥か、真っ赤になって美晴は要を睨んだ。
「んなことわかってるよ!! 何も警戒なんかしてねぇしっ」
「へー、ホント?」
疑わしい、と半眼で素直すぎる相手を見れば、彼女は吠えた。
「当たり前だっ、警戒なんかしねぇ……覚悟しやがれ!」
警戒を解いてくれるのは当初の予定通りだ。本当は「忘れる」と言った取引を彼女に提案はしたくなかったけれど、そうでもしないと美晴はずっと引きずって要から逃げるだろう。
彼女は決して器用な人間ではない。身体能力は高いけれど、頭脳戦にはすこぶる弱い。
面前の問題として、まずは「受験」がある。
要との 恋愛 が彼女の それ に影響しては困るのだ。
「覚悟、って?」
「あ、あたしの頭の悪さを甘くみんなよっ!!」
「くっ! ぷははっ、何ソレ? 面白いんだけどっ。俺を笑わせてどうすんの、美晴?」
「笑わせてねぇ! 勝手に要が笑ってんだろっ」
くそっくそっと口汚く罵って美晴は、笑う兄を無視して机にかじりつく。
「美晴、そこ早速違うよ?」
「ぅえ?! うそ!!」
青くなって見直す彼女に、要は(甘くみてるのはどっちなんだろうね?)と苦笑いする。
何年、兄妹をしていると思ってるのか。
美晴の能力なら美晴よりも ずっと 正確に把握している要からすれば、彼女の頭の悪さは個性の一つだ。クセがあって、教えるのに 少し コツがいる。
天才肌の志野原愛美〔しのはら いつみ〕では それ を見つけるのは至難の業だろう。
くすり、と笑って要は美晴の対面側に座って問題集を開いた。
「大丈夫。どんなに美晴の 出来 が悪くても、俺 知って るから幻滅しないよ?」
キッと対座する彼女は要を睨み、「関係ねぇ……」と唸る。
美晴は野生の動物に似ている。本能的な負けず嫌いだ……倒したい対象がいれば闘争本能が刺激されて集中力が格段に上がる。
優しいだけの兄では、限界があるけれど。
「まぁ、せいぜい頑張りなよ。今のうちにね」
「くそったれ!」
挑発的な言葉は、彼女の闘争心を煽るための 道具 。
別の意味も言質にこめてはいるけれど、今は気づかれないほうが都合がいいかな?
美晴のためにも。
そして。
自分のためにも、ね。
(さぁ、覚悟をするのは美晴のほうだよ?)
要は、親の仇でも討つように問題を解く彼女を映して……その目をサディスティックに細めた。