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冬の夜-M 敗者


 頭の出来の悪さに打ちひしがれて家に帰ると、玄関先で待っていたらしい要と目が合った。

 母は刑事、父は大学病院の先生という多忙な両親のためか、家に親がいることは滅多にないので必然的に兄の要が美晴のお目付け役となっている。

 同じ年なのに……と思わなくもないが、彼の年のわりに落ち着いた物腰と美晴の無鉄砲な性格をかんがみると受け入れるしかないとも思えた。

 冬の夕暮れは早く、すでに日はとっぷりと暮れている。

「ただいま」

「おかえり」

 靴を脱ごうと屈んだ頭上から、「遅かったね」と咎めるような声が響いた。

「? あぁ? いつもこれくらいじゃねぇ?」

 年を越す前から志野原愛美に勉強を見てもらっていた時には、これくらいの時間まで学校にいたから今、どうしてそれを言うのか理解できなかった。

「気付いてたよ、ただ言わなかっただけ」

「ふーん、だから?」

 よく分からないけれど、どうやら要の機嫌はかなり悪いらしい。いつもならどんなに怒っても穏やかな雰囲気が残るのに、今はまるで別人のようだった。

 喧嘩腰で向かってこられれば、美晴の負けず嫌いな性格上請けてたってしまうのが成り行きだった。

「なんか、文句あんの?」

「まあ……ね。志野原さんに勉強みてもらってるの?」

「なっ!」

 なんでバレてんだっ? と凄めば、要は「俺がみてあげるって言ってるのに」とあからさまに嘆いた。

「いっ、いらねぇ!」

「意地っ張りなんだから、それとも俺に勉強をみられたら 何か 不都合なことでもあるの?」

 ありまくりだ! と心中で動揺しつつ、何とか誤魔化す……努力をする。

「べ、べつにっねぇよっ」

「本当に? じゃあ、俺でもいいでしょ?」

 いやいやいや! と全力で拒否をすれば、要は目を光らせた。

 優しい兄の面影はどこにいった? あるのは、面白がるような鬼畜の顔だ。

 嫌がる美晴をここまで彼が執拗に追いこんだのは、初めてのことだった。しかも、その手段に まったく 容赦がない。

「やっぱり、アレが原因? 俺が好きとか……」

「うわぁぁぁぁあ!」

 美晴は叫んで、真っ赤になって兄の口を手で塞ごうと飛びかかった。


「おっ、おっ、おぶらーとにくるみやがれ!」


 口をギュウギュウと塞ぐ美晴の両手首を要の手が掴んで、やんわりとそこから退ける。

 その口元は笑っていて、「オブラート、って」と可笑しそうに息巻く妹を見た。

 いや、見上げた?

「俺を押し倒しておいて、それもどうかと思うけど」

「へ? お、おしたおし……ぅぎゃっ!」

 よくよく見れば、確かに彼を下にして馬乗りになっていた。

「わっ、ワザとじゃねぇし! ……は、放せよっ」

 退こうにも要に掴まれた手首が自由にならず、美晴はブンブンと腕を振り回して抗議した。


「俺に美晴の勉強をみさせてくれたらね」


「ヤダ」

「じゃあ、放さない」

「げぇぇ! 放せよ!!」

「イヤだね」

 つーん、と言い放つ要はさらに美晴の急所を突いてきた。

「手、放すついでに――もう一つ、忘れてあげてもいいよ」

「はぁぁ?」

 なに? ちょっとやそっとじゃ頷かないぞと警戒する。

「美晴の言ったこと」

 ニッと笑った要はどうする? と寝転んだまま下から固まった彼女をうかがって身を起こす。

「わかったよ」

 呻くように美晴は答え、項垂れた。

 あの告白をことあるごとに蒸し返されては心臓に悪い。忘れてくれるんだったら、兄妹にも戻れるだろう。不出来な妹、ではあるけれど。

 我ながら卑屈だな、と向かい合う相手に彼女は油断していた。

「そうこなくっちゃ!」

 要は手首を放したと思ったら、次にその腕で妹を抱きしめるように包みこんだ。

 セーラーの襟際、ベリーショートのうなじに生温かい吐息がかかって、ゾクリとする。

(ぎぃやぁぁぁぁあ! 近いちかい!!)

 美晴は暴れ、兄を突き飛ばすとものすごい勢いで逃げ出した。

「いてぇ、普通足蹴にするかぁ?」

 背中に聞こえた要の声はいつもと少しも変わらないように聞こえたから、回転の悪い頭がさらに混乱する。

(あ、足蹴? し、してねぇしてねぇっしてねぇよっ……たぶん!)

 5メートルほどの距離を取って振り返り、立ち上がる彼がまるで何事もなかったとばかりにこちらを見て口角を上げた。

「 ! 」

 その。

 優美な微笑みが、今までと同じなのにどこか男っぽい気がして、美晴は頬が発火するほどに狼狽えた。



 現実では、たとえ――天邪鬼な彼女が「 か、要のばぁーか 」と可愛くない憎まれ口を叩き、ベェーだと舌を出していたとしても。


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