除夜-I 願掛け
ずっと。
愛が、欲しかった。
生きていてもいいんだよっていう 愛 が。
それを、くれたのは……あなた、でした。
凍えるような闇の向こうで、ゴォーンという鐘の音が聞こえた。
志野原愛美〔しのはら いつみ〕はハッとして、神社の境内の石段を急いで上ろうとするけれど、元々が体力のない彼女はすでに息切れを起こしていてしばらく休憩しなくてはならなかった。
確か、一緒に上っていたハズのクラスメートたちは今はもうどこにもいない。
中学三年の年末、というこの季節にそれぞれの志望校合格を願おうと企画された「年越し願掛けツアー」はほぼクラスの全員が参加をしている。
「ハァ、ハァ」
まだ、年は明けていないはずだと愛美は無理やり足を動かす。
「ひっ、ひゃぁ!」
足を踏み外して、体が傾く。
そこをガシリと支えて助けてくれたのは、よく知る顔だった。
「真ちゃん」
「危ねぇーよ、おまえ」
と、嫌そうに顔を顰めた幼馴染の彼に、「ごめんなさい」と謝る。
「あれ? でも、どうしているの?」
クラスの違う春日真〔かすが しん〕がこの企画を知っているワケはない。愛美も言わなかったのだから、彼が知る機会はなかったハズだ。
「あー、そこで見かけて……心配だったから後ろについてた。案の定、だったな」
深い息を真が吐くと、冷えた空気が白く濁った。
「志野は丈夫じゃないんだから」
「そうだよね。わかってるんだけど……真ちゃん、また彼女に振られちゃうよ?」
助かったけれど、申し訳ない気持ちになる。
愛美はけっして彼と彼女の邪魔をしたいワケではないのだ。もちろん、彼を好きなのは確かだし、そばにいたいから同じ高校に行きたいと願を掛けに来たのだが。
真には、誰よりも幸せになって欲しい。
それが、正直な気持ちだ。
「今日、約束してたじゃない?」
「あー、うん。でも、しょうがないよ……これで振られるんなら」
「そうかなあ?」
愛美からすれば、ないがしろにされた彼女が不憫でならない。愛美には過保護なくらいなのに、彼は付き合う彼女に対しては不思議なほど淡泊だった。
「そうなんだよ。俺からすれば、志野に怪我されるほうがたまんないよ。おまえには前科がありすぎる」
睨まれて、愛美は肩身が狭くなる。
そのどれもが愛美のせい、ばかりとは言えないのが彼の悩みの種なのだ。きっと。
だからこそ、防げることは防ぎたいと思うのだろう。
「真ちゃんは優しいね」
言うと、彼は「そうでもねぇよ」と唇をへの字に曲げた。
彼の姉である春日唯子〔かすが ゆいこ〕は有名な美少女で、彼も姉の天使の容姿ほどではないにしろ綺麗な顔立ちをしている。
今は幼さもある可愛い顔をしているけれど、数年後には凛々しくなるにちがいない。
「あのね、願掛けに来たの。真ちゃんと一緒の高校に行けますように、って」
「ふぅん、志野ならもっと上に行けるのにな」
「ううん、無理だよ」
首を振って否定する。
どうして? と首を傾げる彼に笑って愛美は石段を上りはじめた。一段一段慎重に、上っているうちに年が明けたのか太鼓の音が響いた。
「 あけましておめでとう。今年もよろしくね 」
明けてから最初に挨拶ができたのが彼で嬉しいと思う。
ささやかな喜び。でも、かけがいのない 幸せ ――。
だって、わたしは。
あなたがいないと、生きていけないの。
呼吸の仕方だって忘れてしまうくらい……トクベツ。
だから、ずっと。
あなたのそばで、生きさせて。