前編
私、アリーナ・ヘーゼルは、小さい頃からお菓子作りが大好きだった。
甘いものが好きというのもあるけれどそれだけではない。お菓子に関しては、食べることも好きではあるが作ることの方が好きなのだ。だから私は自分が食べたくて作っているというよりかは誰かに食べてほしくて作っているという方が大きい。自分が作ったお菓子で誰かを笑顔にしたい、そんな思いは常にあって。叶うなら、いつの日か、国中のいろんな人たちに素敵なお菓子を贈りたいと考えているほどであった。
ただ、そんな私も、年頃になれば普通に婚約することとなる。
婚約したのは三つ年上のオーディという青年。
清潔感があり整った容姿をしている女性人気も高いと噂の人物。
……けれど彼は私のお菓子作りに否定的な考えを持っていて。
作ったクッキーをあげようとした時には「はぁ? 手作り? あり得ないね、そんな贈り物。そんなくっだらねえもんが俺に相応しいって思ってんの? 馬鹿? もしかして馬鹿?」なんて言ってきたし、その後も私の趣味についてことあるごとに否定してきた。
大切な人に笑顔になってほしい。
そんな私の気持ちは彼にとってはどうでもいいもののようで。
彼は友人らに「婚約者さぁ、手作りお菓子とか持ってきやがった。どうかしてやがるよな」「例の女さ、マジでウゼェ。お前が作ったもんとか誰が食いたいんだよ、って感じだって! ぎゃはは! キモすぎ!」などと悪口を言いふらしていたようだった。
そして、そんなある日のこと。
「なあ、アリーナ」
「はい」
「お前との婚約だけど破棄することにしたから」
重大なことをさらりと告げられる。
「婚約破棄……ですか」
「そーそー」
「本気で仰っているのですか? からかっているのではなく?」
「からかってるわけないだろが。本気だよ本気。俺、お前みたいなお菓子作りが趣味ですみたいな女ぜーってぇ無理だから」
オーディとは気が合わないと思っていた。だからこうなったことへの驚きはそれほどない。むしろ向こうから関係を切ってくれる方がありがたいくらい。
「お前みたいなのはさ。手作りお菓子うれすぃ~、とか言うような、馬鹿男と結ばれる方が絶対いいって。な? その方がお前もやりがいあるだろ? 俺、そんな花畑頭じゃねーからさ。そんなくっだらねぇやり方には騙されねえんだよ」
「確かに、価値観が異なっている気はします」
「だろ? 俺ら、ぜーってぇ仲良くなれねぇって。俺はさ、お菓子作りがうんたらとかいう貧乏くさい女より、もっと華やかでもっと高級感のある女の方が好きなんだ。そもそもそういう女の方が俺に合ってるしな」
残念ながら、永遠に分かり合えない人間というのは存在する。
話し合えばいい。
すり合わせしていけばいい。
確かにそうではあるのだけれど。
あくまでそれは理想論。
話し合ってもどうにもならない、すり合わせもできない、そういう相手だってこの世には存在するのだ。
「じゃあなアリーナ。せいぜい貧乏くさい男に拾ってもらうんだな、ばいばい」
……こうして私たちの関係は終わった。
◆
オーディに婚約破棄された後、自由な時間が増えたこともあり、より一層熱心にお菓子作りに取り組むようになった。
婚約破棄のことを思い出すと暗い気持ちになってしまう。
彼と離れることが辛いというわけではないけれど。
理不尽な別れを突きつけられたという意味では胸の内に心なしかもやもやが残っているのだ。
ただ、集中してお菓子を作っている時だけは、そういったことすべてから解放される。
目の前にあるものと向き合う、完成した時の喜びを想像しながら手を動かす、そういったことは私に勇気を与えてくれていた。




