共闘
ヒロイン・リディアと悪役令嬢ディアナが言葉を交わしたのは、初めてだった。
場所は城の回廊。
王子アルバートが毎朝、必ず通り抜けるはずだった場所。
「……あなたも、追いつけなかったのね」
リディアの声は静かだった。
泣きも怒りも含まれていない。
それが、ディアナには異様に思えた。
「当然でしょう」
ディアナは吐き捨てる。
「追いつけるなら、私はもう勝っている」
二人は互いを見なかった。
見る必要がなかった。
恐怖の輪郭が、同じだったからだ。
王子アルバートは、止まらない。
感情では縛れない。
策略では絡め取れない。
物語そのものが、彼に追いつけない。
「……なら」
リディアが言った。
「走れなくすればいい」
ディアナは一瞬、彼女を見た。
その目に、ためらいはなかった。
「足を折る、という意味ではないわね」
「ええ」
リディアは頷く。
「それでは彼は、止まっても“走る理由”を失わない」
ディアナは理解した。
必要なのは障害ではない。
選択肢の消失だ。
二人は役割を分けた。
ディアナは城を動かした。
鐘の時刻をずらし、
門の開閉を変え、
道を「通れなくする」のではなく
「進めるように見せて、進めない」構造に変えた。
走る者にとって、
壁は意味を持たない。
だが「道そのものが続いていない」なら――話は別だ。
リディアは王子の前に立つことを選んだ。
呼び止めるためではない。
説得するためでもない。
彼の進行方向に、
物語そのものとして立つためだ。
その朝、王子アルバートは走り出した。
いつも通り、
誰の声も聞かず、
誰の存在も意識せず。
だが、草原は続かなかった。
道は滑らかに、
自然に、
「ここまでです」と告げるように終わっていた。
王子は減速しない。
それでも、一歩先がない。
初めて、
世界が彼の前で立ち止まった。
その瞬間、リディアが視界に入る。
彼女は泣いていなかった。
縋ってもいなかった。
ただ、そこに立っている。
「王子様」
名前を呼んだだけだった。
それだけで、
王子アルバートの足は、止まった。
背後で、ディアナは息を詰める。
――止まった。
――本当に。
だが二人は知っている。
これは勝利ではない。
王子は“止められた”のではない。
走れない状況を、初めて選ばされただけだ。
この先、
彼が再び走り出すのか。
それとも、
立ち止まるという行為を、自分のものにするのか。
答えは、
まだ、誰にもわからない。




