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走る意味
ある日、王子アルバートは初めて、足を止めた。
それは誰かに呼び止められたからではない。
道が塞がれたわけでも、疲労が限界に達したわけでもなかった。
ただ、霧の向こうに、何もなかった。
草原は続いているはずだった。
地平線も、風も、朝の冷たさも、確かにそこにあった。
それなのに、彼の中で「次の一歩」が、どこにも向かわなかった。
走ることで消してきたものが、初めて追いついたわけではない。
むしろ逆だった。
走り続けることで避けてきた問いが、ようやく意味を失ったのだ。
――走らなくても、世界は静かだった。
王子は空を見上げた。
そこには使命も、物語も、期待も浮かんでいない。
ただ、雲が流れている。
城ではその日も、
ヒロインが想いを募らせ、
悪役令嬢が歯噛みし、
人々が王子の不在を語っていた。
だがそれらは、もはや王子アルバートの物語ではなかった。
彼は再び走り出す。
止まったことを、誰にも告げぬまま。
今度は、
逃げるためでも、忘れるためでもなく、
追い越すためでもない。
ただ、走るという選択を、
自分のものとして続けるために。




