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09 戦う「ジェラード」

 彼は多くの戦場を見てきた。そして、その全てで勝てた事は一度もない。敵は自分達を殺す為に何でもやってくる。それに対するこちらの防御方法は、皆無である。時として、ようやく自転車を強請るような子供まで無惨に殺されて、彼はこの戦いに疑問を抱き始めていた。

 ここで敵国の兵隊や兵隊自身、それにドローンと戦い、これを壊していく戦いでは、根本的な問題は解決出来ないのでは無いか。もっと上の社会の人間達に訴えなければならない。

 そう思い直した彼は、銃を捨てて、必死に勉強して、「先生」と呼ばれる要職までのし上がった。そして、何であそこの紛争が終わりを見えないのか、よく分かった。

 無関心だからだ。あそこで飢えて、怯えて、それでも必死に生きている人間は、役所の書類にだってただ一言「難民」と言う形で表現されて、書類が右から左へと回されて、忘れ去られるのがオチである。「難民」を苛め続ける軍隊は、簡潔に「鎮圧部隊」とだけ書かれて、この「鎮圧部隊」がどんな方法で人々を鎮圧しているのかまでは書かない。興味が無いからだ。

 彼は頭を抱えた。何たる「無関心」、何たる「無責任」、そして何たる「他人行儀」。お前達がどうにかしなければならないのに、実質何もしていない。こいつらの政治的無関心のツケを、「移民・難民」となってここへ来る「立場上弱い人々」の血と肉でもって購っている。その構図は、同じく傍観者であるとはいえ、彼の良心を痛め続けていた。

 そんな充足しない毎日の中で、唯一の楽しいは、愛犬との時間である。「ジェラード」。子供の頃から好きなスィーツから名前を取った。メスである「ジェラード」は、キッチリ避妊手術を受けて、お手とおかわりが出来る様に訓練されており、「飼い犬」の中でも優等生である。

 良い娘を残してくれたと、鬼籍に入った嫁には感謝しなくてはなるまい。彼女は、お腹にいた赤ちゃんを残す為に頑張った。ただそれだけの為に、命を張ってくれた。「婿に来てくれた恩返し」だそうだが、馬鹿馬鹿しい。それで死んだら、もともこも無い。

 「ジェラード」もまた、嫁のところに行こうとしていた。別に病気ではなく、老衰である。白内障で目は真っ白、鼻も利かなくなり、耳も遠くなった。もう以前の様に遊べなくなった。

 彼は、肩を落として、年老いて今正に虹の橋を渡ろうとしている「ジェラード」に言う。

「17年間、一緒に居てくれて、有り難うな。お前は良くやったよ」

 「ジェラード」が、小さく吠えた。それが、最後に吠えた瞬間であった。


 「ジェラード」は、暗くて深い穴の中に墜ちていった。17年間も生かしてもらえたのだから、今更未練なんて無い。せめて飼い主が、ジェントル・マイクロトスが長生きして欲しいと、その一念だけである。

 その時、天から光と共に声が届く。

「お前は幸せなまま、生涯を終えたな。でも、今後の展開次第では、お前の大好きな「家族」に、とんでもない厄災が降りかかることになる。それを食い止めたくは無いか」

 何だそれ。戦争でも始まるってか。

「そうだな、戦争と言っても良いかもしれない。人間社会の中で苛め抜かれてきた「移民・難民」の神様と、俺達が「天使の力」を与えてやった「犬」や「猫」を相手にした、世界中に瓦礫の山が出来上がるまで続けられる戦争だ」

 ……行く。戦う。ジェントル・マイクロトスに、飼い主に、これまでの恩義を返したい。それに、子鉄にはもっと報われて欲しい。あんなに真面目に、あんなに必死になって働いてきたのに、返ってくる給料は安すぎる。

「ハハッ、お前は随分飼い主を慕っているんだな。宜しい、生きたまえ。君の敬愛する「家族」の為に」


 息も絶え絶えの「ジェラード」を見つめて、その最期を見届けようとしていたジェントルを前にして、「ジェラード」の身体は光って変身する。17歳程度の娘の身体へと、目の前にて変身していた。もしアニメーションでこれをセル画で再現しようとしたら、動画が何枚必要なのか分からないくらいの、見事な変身であった。

 ジェントル・マイクロトスは、腰を抜かして、この新しく生まれ変わった「家族」を前にして、なかなか現実を受け入れられなかったが、次の一言でだいぶ引き戻されていた。

「お母さんがお産で亡くなってから、様々なご苦労、ご心労があったと思われますが、これからはどうか万事私にお任せ下さい」

 最初は何かの悪質な悪戯だと思っていたが、そんな事は無いらしい。いや、そんな軽い調子でこの状況を受け入れるのは、ジェントルにも出来なかった。仕方が無く、嫁が生前に揃えていたブランド物のドレスを着せると、普通の17歳の女の子の魅力が表に出て来て、ジェントルを悩ませる。

「あら、私、そんなに魅力的なのかしら。御免なさい、そこはよく考えていなくて」

 「ジェラード」はそう言うと、ジェントルのマンションの部屋にあるテレビのリモコンに手を伸ばすと、慣れた調子で電源をつけて、速報のニュースを見せる。

 肉塊。デカい肉塊が、人々の住む街を踏み砕いて歩いている。徹底的に、納得のいくまで、踏み潰しているようだ。リポーターがその事態の異常さについて、8割がた混乱しているようなリポートで視聴者に対して「不安」と「恐怖」を煽っていた。

「これって、ここの、家の近くじゃないか」

「大丈夫です、私が倒します」

 とだけ言うと、「ジェラード」はマンションのベランダまで出てくると、空へと飛んでいき、あの巨大な「アレ」に飛んでいった。馬鹿な、あんな巨大な肉塊に何を如何立ち向かえてどうにかなると思えるのか。そう思っていたら、報道ヘリからの撮影動画に、「ジェラード」らしき影が映り込む。

 その影が突然、光り出していた。最初はハッキリしない光だったが、急速にその輝きは力を増していき、遂には第2の太陽の如く熱量とエネルギーを帯びるのが目に見えていた。その光が眼を焼く程に強くなった時、「ジェラード」の叫びが聞こえてくる。

「ぅてぇ!」

 熱量は熱線となって、巨大な肉塊に突き刺さり、あっと言う間に身体の奥まで突き進み、そして反対側に貫いていき、その膨大なエネルギーと熱量で巨大な「肉塊」を溶かしつくしてしまった。

 誰もが茫然自失、全ての光景が信じられず、受け入れられなかった。取り敢えず、今日この時点から、それ以前の世界では想像できなかった未来が待っているに違いない。そして、その未来というのは、かなり厳しい未来になると言う事も理解していた。ここから先、「ジェラード」の様な存在が、人々を救っていくのか、はたまたこちらが滅ぼされるのか。この間まで「家族」として大事にしてきた「犬」が、こんな形で復活するのは、あまり嬉しくは無かった。

 そう言う意味では、ジェントル・マイクロトスのメンタリティは、凡人のそれそのものであった。戻ってきた「ジェラード」は、ジェントルに言う。

「これからは、たくさん攻めてくるわよ、あの怪物。私の力で、全部燃やし尽くしてやるから、安心しなさい」

 まだ混乱して、二の句が継げないジェントルに、「ジェラード」は付け加える。

「大事な「家族」だから、絶対に守り抜く」

 そう宣言する「ジェラード」は、まだ嫁入り前の妻が、この「ジェラード」がゴールデンレトリバーだった頃を思い起こさせていた。入籍も済ませて、あとは結婚式だけと言う場面になった時、式場に「ジェラード」を連れてくるか否か、議論になった時、ジェントルは宣言していた。

「「家族」ですから、一緒に出しましょう」

 ……あれを、覚えていてくれたのか。「ジェラード」は、命を賭けている。なら自分も、命を賭けよう。この「家族」の為に。



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