08 生きる理由
「マルミ」と名乗る猫の「天使」は、その女を連れて、日本の山奥へと向かっていた。ギリギリ人里と呼べそうな地域まで入っていき、このまま人なんて居ない森の中に入りかけた時、1件の空き家を見つけると、「マルミ」は人家に上がり込む「猫」の様に堂々と入り、家の状態を確認して、「女」に言う。
「ここで良いだろう。雨風さえ凌げれば良い。当面はな」
「マルミ」は女の手を取ろうとするも、女にその手を払われる。その表情には、「敵意」「殺意」「憎悪」の調味料が混ぜ込まれて、グツグツと煮え滾っており、周囲に猛烈な臭気を放っていた。それでも、「マルミ」は嫌な顔1つしないで、女が折れて家に上がり込むまで待つ。
「マルミ」は、まだ名前も教えてもらえていない女に対して、畏まって聞く。
「じゃあ、どうする? 飯にするか、それとも寝るか」
「お前を殺す」
「じゃあ、飯だ」
この忌々しい猫はそう言い放つと、森の奥にではなくて、人里へと降りていく。流石に、日本の山奥でひたすらジビエをするつもりは、「マルミ」は勿論、女にだって無かった。暫くして、お菓子や肉を一杯に詰め込んだ籠を持って、「マルミ」は帰ってきた。最初こそ手が出なかったが、やがて根負けして、チョコレートを手に取り、包み紙をとって食べた。
「ムサシ」は、その惨状を見て、胸糞の悪い感覚に陥っていた。港町だった瓦礫の山と、その山に埋もれた死体の山。「オーバー・キッズ」の仕業である。そこにかつてあった「人の営み」の全てを、その巨大な身体で踏み潰したのだ。そこに如何なる動機があろうとも、その理由が「理不尽」「不条理」「不平等」にあろうとも、暴力で訴え出た時点でそいつの運命は決まったも同然である。
また片付けも始まっていない、まだ再建できる見通しさえ立たない地獄の光景の中で、「ムサシ」は自分に烈家から渡されたスマートフォンを取りだして、例の動画を見る。もし生成AIのフェイク動画でなければ、ここで自分の仲間と「オーバー・キッズ」が戦っている。そして、仲間は「オーバー・キッズ」に止めを刺さずに、この場を去っている。
別にその仲間に対して、何かもの申すつもりはない。「裏切り者」なんて言葉を投げつけるほどの破廉恥な性格はしていないつもりである。別に好きにすれば良いとは思うが、それでも限度というものがある。世の中、「感情」だけでは生きてはいけない。そんな事をしていたら「地球」は「人間」諸共、とうの昔に滅びている。「矛盾」と「理不尽」に満ちているのは、何も人間の社会だけではない。
「オーバー・キッズ」とて、人間である。仲間は、元々「猫」であった「天使」だ。人と猫、お互いに相手を必要とする生き物だ。猫は人が居なければ、ここまで繁栄しなかった。人は猫が居なければ生きてはいけない奴らが幾らか居る。だから、同情や共感を抱く余地は最初からあるのは、理解出来る。
だからこそ、許されない。「オーバー・キッズ」を救う仲間は、その正当な罰を受けるべきだ。そうでなければ、一体どうやって自分の「友達」を守ろうと言うのか。まさか、「お互いにわかり合える」等という寝言を言うつもりでは無かろうか。そもそもそれが出来ないからこそ、「オーバー・キッズ」となって、地上を破壊しているのだ。談判敗れて暴力の出る幕へと話を持ち込んだのは、「移民・難民の神」こと「オーバーサイズ」であり、その信徒である「オーバー・キッズ」の方である。
そろそろ陽がくれる。夜になる前には見つけなければならない。仲間との話し合いで折り合いがつかなければ、いや、この際は最初から話し合いを前提とせずに挑まざるを得ない。先方も、そのつもりで、その結末も承知の上で、助けたのに違いない。最終的に自分の意志を曲げないで焼き殺される運命を受け入れていると見るべきだ。
「チョコレートを食べると、色々なことを思い出すの」
「それは良い思い出か」
「いえ、私に良い思い出は無い。チョコレート1個につき、一晩相手をすると言う条件よ。頼れる親類が全員居なくなったあとは、そうでもしないと生きてはいけなかった」
「もうその必要は無い、俺が守るからな」
「あんたに何が守れるのよ」
「確かに、俺は最初の「友達」を守る事は出来なかった。その頃には、俺に「力」は無かった。身体も毛並みもボロボロで、虫や鼠を食べて飢えから逃れていた、「野良猫」だった」
「「猫」にはお似合いの生活じゃない」
「だろうな。それでも、13歳まで生きられた。最初の「友達」が、月に1度だけ食べさせてくれる猫用オヤツのお陰でな」
「それって、「家族」にはならないの? 「友達」ってそこまで尽くす関係でも無いと思うけど」
「そこは「猫」の解釈だからな、それぞれの違う解釈があると理解してくれれば良い」
「都合の良い話ね」
「チョコレートが嫌なら、マシュマロでも食べたらどうだ。そんなにチョコレートばっかり食べるのは、心にも毒だろう」
「良いの、これを食べていると、自分が生きているという実感が持てるのよ。私はまだ死んでいない。そう思えればこそ、どんなに辛い生活でも、生きていける」
「お前は強いな」
「……もう一度、言って」
住民はまだ避難先から戻ってきていないのか、崩壊した港町の外れにあるコンビニは「無事」であった。こう言う時であれば、暴徒と化した貧困層が略奪を行う、と言う状況には陥らないのが、この国の美点とされている、筈なのだが、常に何かしらの商品が並んでいるコンビニの棚に並ぶ食品が、不自然な形で消えている。お菓子か肉を使った惣菜か、どちらかだけが減っている。特にお菓子は棚からゴッソリと消えている。
誰かが盗んだのだろうが、元居た住民だってまだ避難所から戻ってきていないのに、一体誰が盗んでいったのだ。
どうやら、「オーバー・キッズ」と愛の逃避行を試みた仲間は、この近くに居るらしい。何としても見つけ出して、それ相応の対応とやらをしなければならない。「ムサシ」は、陽が墜ちそうになっている空を飛んでいき、目前に広がる雄大な山の景色の中に、自分の仲間の気配を探ろうとする。
「皆、私を苛めるの。誰も私を必要としていないの。私は要らない人間なの」
「大丈夫、俺が守る」
「よく、「強い女」とか言うけど、元々そう言う女は「強い男」に守られている。それでも「強い女」なんて寝言を言えるのは、金と宣伝の為で、本心からでは無い」
「大丈夫、俺が守る」
「もう嫌よ、嫌よ、イヤイヤイヤ、全部イヤ。私なんで産まれてきたの、何で生きているの、全然分からない。こうまでして生きる理由なんて、あるの?」
「ある。俺に会う為だ。俺が守る為だ」
「嘘でも、嬉しい」
「ムサシ」は、陽が暮れて殆ど灯りも見えなくなった山中の上空にて、ようやく見つけ出した仲間の気配を感じる。敵も、「オーバー・キッズ」も居るらしい。可哀想だが、2人揃って焼き殺すしかない。
「事情も、都合も、聞くつもりは無い」
その覚悟は、敵も充分に抱いているだろう。「ムサシ」はそう決断すると、エネルギーを貯め始める。
「いかないで、お願い、守るんでしょう? 守ってよ。一緒に居てよ」
「元々、こうなる定めだと覚悟していた。良いか? 生きる理由なんて言葉、恥ずかしいからもう使うな。理由なんてないんだよ、そんなの、最初から本人の希望も意志も関係無しに、この世に産まれてきた俺達に、そんな理由なんて必要ねぇんだよ。もっと楽に考えろ。泣いても笑っても人生は1度きりで、いつ死ぬかなんて誰にも分からない」
「辞めて、別れ際に残す説教みたいに、話さないで」
「……元気でな」
「待って!……ありがとう」
山間の小さい町の上空にて、太陽の如く煌々と輝くほどのエネルギーを貯め込んだ「ムサシ」の前に、仲間は現れた。その顔には、「憂い」も「後悔」も無い。やりたい事をやり尽くした心情が表れていた。こいつを焼くのは心苦しいが、仕方が無い。これが定めだ。
全身に貯めたエネルギーを、右手に集めて、小さい太陽となって輝く熱量を込めた塊を、仲間に向けて投げる。
「燃えろぉ!」
真っ暗な、月明かりさえささない山間の町の上空て、眩い光が瞬いて、消えた。




