012 苗床は何処だ
神は1週間で世界を造ったとされている。だからこそ、「生ける神」こと「オーバーサイズ」が1週間で月面に都市を建造したのは、驚くに値しない、筈であったが、既に「地球」が丸い事と、空の上には宇宙が無限に広がっている事を理解している人間にとっては、大きな脅威であった。
まだ衛星軌道にて実験と演習を繰り返しているだけで、「地球」以外の星には定住は勿論、訪問でさえ難しい自分達を差し置いて、たったの1週間で月面に都市を建設している「オーバーサイズ」と、その信徒である「オーバー・ビリーバー」に対して、「神」や「悪魔」はそこまで驚きはしなかったが、その被造物である人間は恐れ戦いた。
「月」に都市を建造できるのであれば、「火星」にも造れるだろう。惑星間移動は勿論、そう遠くない未来には恒星間移動だってする筈だ。そうなったら、もはや現状の自分達の力ではどうする事も出来ない。その内に、太陽系の外にまで進出するに違いない。
特に大きな衝撃を受けていたのが、「世界唯一の大国」という地位をギリギリ守っているアメリカ合衆国であった。如何に近年、その衰退が指摘されている現状ではあったとしても、「ビッグセブン」が時間稼ぎの囮役であり、本命は「宇宙開発」である事実は見抜けるだけの「知恵」は残されていた。そして、それが自分達にとってどれだけの脅威になるのかも、正しく理解出来ていた。
でも、現状、こちらが打てる手はほぼ皆無だ。あるとすれば、「猫」や「犬」が変身した「天使」達に対して、祈る事だけだ。もしこの「天使達」が人間に飼われていた「猫」や「犬」であれば、その薫陶も正しく受け継がれている筈で、すぐにこちらと同じ解答に辿り着く。そうなった時、こちらに何かしらの協力なり、要請なり、メッセージなりを送ってくる。
その時こそ、次のステージに立つタイミングだ。今度はSNSのコミュニティアプリではなくて、こちらと対面した形での、所謂「対等の交渉」とやらが出来ると、期待していたのだが。
「……おい、あれからどれだけ経った?」
「月面都市が確認できてから、2週間です」
「なのに、こちらの呼びかけには応じない。あの恩知らずの「犬」や「猫」は、今もご主人の手を囓りっぱなしだ。こんな事があっても良いのか」
「閣下、確かに不安になったり不満を感じるのはご理解できますが、それをそのまま周りにぶつけても、意味はありません」
「そんな言い訳は聞きたくない、言い訳、言い訳だ、そんなの。こうしている今も、あの邪神に率いられたサイコパスどもが、宇宙から我々を侵略しようとしている、この状況で、こちらがここまで譲歩して、「対等の交渉」をしてやろうと言うのに、あいつらはそれに応じないっ! 何故だ、こんなの有り得ないっ」
分かっていない。全然分かっていない。「対等の交渉」なんて、何を今更と言う感じである。「オーバーサイズ」に率いられた「オーバー・ビリーバー」の行動は、既に「交渉」と言う段階を踏み越えている。後はもう実行あるのみだ。でも、その段階を踏み越えたのは、「オーバー・キッズ」が世界中で暴れたあの日よりも以前である。
既に今日の状況を招く種は地に蒔かれて、それに気が付かないままに愚かにも自ら水を撒いたのだ。気が付けば、周辺は種から出た芽で暴力的に制圧されており、刈り取ろうにも間に合わない段階になっていた。最悪、この土地を諦めなければならない段階にまで追い詰められている今、「対等の交渉」なんて意味は無い。「生きるか死ぬか」の事態に立っているのに、虚勢を張っても、それこそ「猫」も「犬」も相手にしない。
「猫」も「犬」も、生き物であり動物である以上、自分より弱い奴には従わない。飼い主に対しても、それ相応の「力」と「知恵」を求めるのは、他の動物と変わらない。今まだ「天使」達が人間に従っているのは、恐らく「選別」された結果だ。全ての「犬」や「猫」が「天使」になっていたら、それこそ「ハルマゲドン」の始まりである。
「閣下、何かしなければならない、何とかしたい、と言う気持ちになるのは大事でありますが、今の我々にはもうどうする事も出来ません」
「じゃあ何だ、これからは奴等から餌を貰う立場になれというのか」
「良いではありませんか。今、この危機を乗り越えられるのであれば、そうするべきです」
「……何だと?」
「もう既に、我々は交渉する機会を逸して、話し合うのは勿論、テーブルを挟んでの議論も出来ないのです。「オーバーサイズ」がここへ来たのは、恐らく偶然ではありません。この星ならば、自分を受け入れる下地があると見込んだ上で、ここへ来たのです」
「そうだとして、どうしろというんだ。もうこれ以上、どうしろって言うんだ」
「何もしない、と言うのが一番の手です。月に1週間で都市を建設した「オーバーサイズ」の力は、我々の手に負える代物ではありません。「神」や「悪魔」が何を考えているのかは分かりませんが、今はただ、「守り」の一手で、この嵐が収まるのを待つしかありません」
肩を落とす大統領。補佐官は、その哀れな上司であり上官の姿を眺めながら、政府主導で作られたSNSでの「呼びかけ」を中止するように命じた。移民・難民の問題は、別に今に始まった訳ではない。今、特に議論が過熱している事情の1つに過ぎない。であればこそ、今後も様々な「神」が次々と召喚されるに違いない。人間が抱えている問題は、「移民・難民」だけではない。
それから暫くして、補佐官は「休憩」と偽って、白い館の暗い地下室に匿っている「レイザ」に言う。
「もう暫くは、ここに居てくれ」
「……そうかい。そんなに難しい問題なのかい」
「簡単な問題の筈なんだが、色々な感情や人間関係の問題が複雑に絡まっているんでね」
「そうか、何でも簡単にはいかねぇもんだな」
「「犬」にとっては、簡単な問題だったか」
「まぁ、俺達は「家族」が居ないと生きてはいけないからな。これも生きる上で必要な事だと思えば、大抵は我慢できる範囲だ」
「そうか、苦労をかけるな」
「お互い様だ」
「レイザ」は、不敵な微笑みを浮かべて言う。それを見て補佐官は、この血統書付きだった闘犬の「飼い犬」が、どんな日常を過ごしてきたのか、思いを馳せてしまう事があった。闘犬としての往来の性格がそうさせるのか、あるいは単なるこいつの性格なのか。今の所は、まぁどちらでも良い。
これから暫くは辛い時が続くだろうが、まだ辛抱して頂くしか無い。「レイザ」は闘犬なればこそ耐えられるのだろう。あの閣下も、少しは見習って欲しいものだ。




