01 天と地から
美津徹には自慢の家族が居る。血統書付きではないものの、見た目は大きく格好良い、雑種の犬である。狼の末裔であり、人間が自分の為に自然界から引っ張り出して、自分達の都合に合わせて品種改良した「騎士」は、徹にとって自慢の家族であった。
「騎士」の名前は、「フジ」。日本一高い山から拝借した、その名の通りデカい「騎士」にはイメージ通りの良い名前であった。「フジ」は自分より後に産まれてきた徹を、弟として守っていた。「フジ」とて、徹が死ぬまで傍に居られるわけではない。それは理解していた。「騎士」として、主君の名誉の為に命を賭ける存在として、「フジ」はその任を真っ当しようとしていた。
「フジ」は、命数を使い果たし、今正に虹の橋を渡ろうとしていた。雑種の大型犬で13歳。徹よりも一回り年上であったが、よく頑張った。良く生きた。また何処かで会おう。頭に置かれた徹の手の感触を味わいながら、「フジ」の意識は底の見えない穴に落ちていく。
その時、何かが「フジ」に呼びかけていた。天からの声だ。意識の隅々まで、響き渡る天の声。「フジ」はその声に耳を傾ける。
「もし、君の愛した世界が、愛した人々が危機に瀕しているとしたら、どうする?」
全力で、守る。
「そうか、まだ生きたいのか」
死んでいる場合じゃ無い。まだ生きる。まだ死ねない。
「その言葉、忘れるなよ」
「フジ」の意識は、底の見えない穴の暗闇から、一瞬で眩い光に満ちた天まで昇っていた。目を覚ました時、「フジ」は自分の身体が今までの身体では無い事に気が付いた。徹以下、両親である夫婦が驚愕した表情で「フジ」を見つめたが、徹が先に口にした言葉が、これであった。
「格好良い、格好良いよ、「フジ」」
美津徹は、その身体の変身を見て言う。「フジ」の身体は人間になっていたのだ。人間で言う所の、13歳から15歳程度の身体である。
「フジ」は、その自分の身体を見つめながら、これまで喋れなかった筈の言葉を、日本語を口にする。
「徹、お前は俺が守る」
烈沙苗には、世界で一番の友達が居た。譲渡会にて引き取った保護猫、今は烈家の一員となっている斑模様が特徴的な三毛猫である。沙苗が産まれるまえから、両親と共に居た人類最高の友達は、沙苗が相手となると、途端に万事に甘くなっていた。
尻尾を掴まれても、掌で叩かれても、体毛を引っ張られても、烈家の最大の友達として、友の面子を潰さない為に我慢していた。猫は自分の名誉の為に命を賭ける「武士」たればこそ、「ムサシ」は我慢し続けていた。「ムサシ」は自分を救ってくれた両親が居なければ、自分は14年間も生きられた筈がないというのは、「ムサシ」にも分かっていた。
やがて沙苗が「ムサシ」より大きくなってから、沙苗は「ムサシ」を「手下」としてではなく、「友達」として見るようになった。もうそろそろ「ムサシ」の身体は労れる側に立つ頃合いであったが、「武士」はそう言う事には拘らない。
その「ムサシ」にも、遂に虹が見え始めていた。14年も生きた。「武士」の生涯としては、「野武士」よりも充実していたと言える。「野武士」の寿命が4年程度と言われている。14年も「武士」として生きていたら、色々と疲れてしまう。烈沙苗には申し訳ないが、「ムサシ」はこの生涯にて、全て出し尽くしていた。
沙苗は泣いてくれている。恩義のある両親も、沙苗と共に自分の死を悼む。これだ、これで良い。「武士」にとって最大の名誉だ。友達に見送られながら虹の橋を渡るのは、「武士」の最期の務めである。さらば、烈家。私はあなた達を忘れない。
意識の中に大きく深い穴があいて、「ムサシ」の魂を穴の底へと誘う。全て、これで良い。最高のフィナーレでは無いか。穴の底へと落ちていく途中にて、その底から声が聞こえてくる。
「おい、お前。そこのお前だ」
なによ、馴れ馴れしい。
「お前の友達、このままだと死ぬぞ。いや、友達だけじゃない。この星の住民、皆死ぬぞ」
それがどうしたのよ。
「お前には、友達を守る力を与えてやる。お前にその意志があれば、与える。しかし、要らないというのであれば、与えない。どうする?」
……もし与えられたら、どうなるのかしら。
「俺と同じくらいの「力」が得られる。もうどれだけ暗い洞窟で凍らされているのか分からない俺の「力」だが」
そうね……受け入れましょう。あの両親は兎も角、沙苗はまだ幼い。まだ不安が残るからね。
「そうか、なら与えてやる」
「ムサシ」の意識は、穴の底へと一気に墜ちていく。墜ちて、墜ちて、暗い洞窟に辿り着く。冷たくて暗い洞窟の中に、凍り漬けにされた「何か」が見えた。
「お前は生きろ」
暗闇の中から目覚めた「ムサシ」は、烈沙苗を見る。両親は、驚いた顔で「ムサシ」を見ている。沙苗は、嬉しそうな表情を浮かべて言う。
「「ムサシ」が、本当にお姉さんになっちゃった」
沙苗はそう言いながら、14歳程度の人間の娘の身体となった「ムサシ」に飛びつく。やっぱり、沙苗はまだ幼い。守ってやらねばならない。
「あなたが立派になるまで付き合ってあげる」
「ムサシ」はそう言うと、沙苗の頭を撫でる。以前は撫でられる側であったが、今は逆だ。
「お前、何の真似だ」
「そっちこそ、同じ事をした癖に」
「お前が介入したら、あいつらの自立と尊厳に泥を塗ることになるだろう。あいつらが決める事だ。あいつらが決めなくちゃいけないんだ」
「まだ幼すぎる。それに、選択肢が少なすぎる。もっと幅広い道を歩ませないと、あいつらが今回の件を乗り越えた場合、将来に禍根を残す羽目になる」
「それが、ズバリこちらの意志なのだが」
「最低だな」
「ハッキリ言うな。まぁいい。今更蒸し返しても仕方が無い。但し、最後に1つ確認したい。もしあいつらが生き延びたら、その時、お前は私の座を狙うのか」
「今更、そんな物に執着などせんよ。俺は俺のやりたい様にやる。文句あるか」
「……好きにしろ。但し、もし直接手を下してきたら、こちらとしても考えがある」




