婚約者?の妹が欲しがりだった件
リノアール侯爵家には三人の子供がいる。
一人目は嫡男のエルンスト。
流れる様な美しい金髪で、目は美しい紫色。
二番目は長女の、エリシア。
銀の髪を後ろで纏めて、藍色の瞳をいつも伏せているような物静かな令嬢。
三番目が、次女のエマニュエル。
ふわふわの金の髪に、桃色の瞳の可愛らしい少女。
件の欲しがりの妹、である。
婚約の打診を受けて、釣書が届けられ、まずは顔合わせという事になって訪れたリノアール侯爵家の王都邸は閑静な貴族街に佇み、広い庭を擁している。
高位貴族だけあって、調度品も一流の美しさで、特に問題を抱えているようには見えない。
いや、実際に財産や地位は問題ないのだ。
多少、侯爵家の中では歴史が浅く、財産も慎ましやかというだけで。
なのに、婚約が決まらない理由は、溺愛されているエマニュエルだという事が本人達だけ気付いていない。
気付いているとしたら、次女に比べて冷遇されている長女のエリシアだろう。
少なくとも高位貴族の令嬢からは漏れなく次女三女に至るまで、こっそり婚約にすらならないように距離を置かれた。
勿論、彼女らは高位貴族らしく、迂遠な言い方で指摘するか、別の理由を用意したのだろう。
流れに流れた婚約話は、伯爵家のレノア家までやってきた。
川上から流れて来た果物のように。
マルセーリュ・レノアは伯爵家の中では大変裕福な家庭に育ってきた。
大商会も抱えている縁で、家には常に人が多くいて、家族も低位貴族の一部の様に乳母や家庭教師に任せきりの子育てはしてこなかったので仲が良い。
幾つか婚約の打診があった中で、マルセーリュが興味を引かれたのはこのリノアール侯爵家だった。
何故、何度も婚約が不成立になっているのか気になって気になって仕方なかったのだ。
お前、そんな理由で婚約の顔合わせに向かうものじゃないよ、と兄のレストールに呆れたように言われた。
色々お噂が絶えない方よ、と姉のマルドリットにも眉を顰められた。
その噂は、とても厄介な妹がいるという噂。
目の前の一家はにこにこと愛想よく笑顔を見せている。
エリシアの笑みだけが少しぎこちないが。
「初めましてお目にかかります。レノア伯爵家のマルセーリュと申します。よろしくお願い致します」
「初めまして、レノア嬢。私はエルンストだ。君の為に庭に席を用意した。一緒にお茶をしながら話をしよう」
「はい、喜んで」
エルンストに手を差し出されたので、マルセーリュはその手に手を置いた。
ここまでは順調ね。
何もおかしなことはないわ。
だが、何という事でしょう。
同行するエルンストの反対側の腕には、既にお邪魔虫のエマニュエルがぴったりとくっついているではないか。
これは、興味深いですわね!
マルセーリュは歓喜し、レノア伯爵は苦笑いをした。
「あの、失礼ですけれど、わたくしの婚約者予定の方はどちらでしょうか?」
「えっ?」
婚約者候補との顔合わせに来て、未来の婚約者として挨拶をして、今まさに庭に向かおうとしているのに、と不思議そうにエルンストは目を見開いた。
「婚約者との顔合わせという事で参りましたが、エルンスト様だけではなくもうお一人いらっしゃるので」
今までの顔合わせの相手にはそんな指摘を受けなかったのだ。
エルンストは、助けを求めるように両親を振り返った。
「あらあら、まあまあ……エマニュエルも将来のお姉様となる方とどうしてもお話がしたいそうですの」
「ええ、だって、大好きなお兄様のお嫁さんになる方なのですもの」
母が母なら、娘も娘である。
普通なら、そういった交流は二度目に行うべきであって。
と、正論を言ってぶち壊したくはなかったマルセーリュは疑問をぶつけた。
「では、もしかして、結婚式も花嫁衣裳をどうしても一緒に着たいと言われたら、教会では三人で神父様の前までこうやって歩くのでしょうか?」
あくまでにこにこと無邪気に問いかければ、リノアール侯爵と夫人は困ったような顔をした。
侯爵は若干顔が引きつり、夫人は本気でお悩みの様子。
エリシアは笑いを堪えるかのように、唇をぴくりと動かした。
「えっ?宜しいのですか?是非、そうしたいですわ!」
嬉しそうに言ったのは、エマニュエルである。
是非したいんですね!?
またもマルセーリュは嬉しそうな顔をした。
レノア伯爵は、再びの苦笑。
「それはさぞ素敵な結婚式になるでしょうね。三人で結婚式を挙げるなんて、王国広しといえど、初ではないかしら?後で歴史書を調べてみなくてはなりませんわね!」
「いや、三人で挙げるわけでは…」
焦ったのはエルンストもである。
流石に学園に通っているだけあって、少しだけ常識の欠片は残っていたらしい。
そんな事をすれば、何と噂が立つかと戦々恐々である。
「何故、そんな事を仰るの?お兄様……いつもエマニュエルは世界一可愛いと、いつまでも一緒に居たいと仰ってくださるのに……」
大きな目にじわりじわりと、涙が浮かび上がり、エルンストは慌てた様に妹を宥めた。
「それはそうだが、兄妹では結婚は出来ないだろう?」
「何故ですの?わたくしもお兄様と結婚したいですわ!」
さすが、欲しがりさんですわね!
マルセーリュは楽しくて仕方なかった。
多分、彼女は今まで与えられすぎて来ていて、感覚が狂っている。
目の前で誰かが、自分の持っていない物を手に入れる事に我慢がならないのだ。
結婚したいほど兄を愛している訳ではない。
逆を言えば、姉が結婚するとなったら、義兄にぴったりくっつく気だろう。
「いや、それは流石に無理がある……」
「何で、何でですの!今日は冷たい意地悪なお兄様ですわ」
とうとう泣き出した。
桃色の大きな目からぽろりぽろりと大粒な涙が零れ落ちる。
エリシアは逆に笑顔だし、侯爵は苦虫を噛み潰したようだし、夫人は困惑していた。
面白い、ですわ!
そしてマルセーリュは歓喜していた。
レノア伯爵は、相変わらず苦笑(笑)を体現している。
「あ……でもそうしたら、エマニュエル様がエルンスト様と結婚されることになって、わたくしは不要ですわね」
「いやいや、待ってくれ、何故そうなる」
婚約の顔合わせの場で妹とはいえ、別の女性を引きつれている男が何かを言っている。
「え?妹だけでなく、他の家の女性も同時に妻にしたいと仰る?」
「妹は妻にしない。妹は、妹だ!」
当然の言葉をエルンストが言うが、それを聞いたエマニュエルはわあ、と声を上げて泣き出した。
「何故ですのーーレノア嬢だけずるいですわーー!」
目の前で自分の欲しい物が他者の手に渡るのが悔しいらしい。
多分、このどうしようもない二択を迫られてきたのはエリシアだけなのだろう。
初めてその立場に立たされたエルンストは右往左往している。
面白過ぎますわ!!
マルセーリュは、益々歓喜した。
レノア伯爵は、生温い目で見守っている。
わあわあと泣いているエマニュエルに対し、どうしたものかと距離を置く兄と父と母。
いつもなら真っ先に慰めてくれる彼らに遠巻きにされて、エマニュエルは疲れたのか勝手に泣き止んだ。
ぐすぐすと鼻を鳴らして、小間使いに差し出された手巾を顔に当てている。
「そうなりますと、エマニュエル様はお兄様と結婚なさって、他の殿方とは結婚出来ないのですけれど、それは宜しいのでしょうか?」
「他の殿方?」
「確か、パヴェーリ侯爵令息と婚約の話が出ているとお聞きしましたが、そちらのご縁はお断りになられるのですね」
言われたエマニュエルははた、と動きを止めた。
物と違って、結婚相手は複数選べない事に、今更ながら気づいた様子である。
しかも、パヴェーリ侯爵令息は大変人気の高いご子息で、侯爵家の中でも裕福な部類だ。
同じ家格乍ら、こちらは玉の輿である。
「そんな!断りませんわ!」
婚約の話が出ているだけで、打診がきたわけではない。
先方は選び放題なのだから、何も問題のある家と繋がる必要はないのだ。
「でも、王国では重婚は禁止されています。女性と男性、一人ずつの婚姻なので、伴侶は一人だけですの。ですから、エマニュエル様がお兄様とご結婚されたいのでしたら、わたくしは身を引きますし、生涯にわたりエマニュエルさまはずっとお兄様と一緒にいられるというわけですわ」
「……………」
エマニュエルは兄を見て、それから考え込んでいる。
「私は兄だ。実の妹と結婚はしない」
「………わたくしも、パヴェーリ様と結婚したいです」
一応、常識の欠片がある兄と、損得を計算した妹の答は一致した。
エリシアも生温い目でそれを見守り、侯爵は顔色が悪くなり、夫人はほっとした様子。
多分、向こうはお断りでしょうけども……。
マルセーリュは流石にその言葉は胸に仕舞った。
延々と立ち話をしてしまったので、喉も渇いてきたマルセーリュは笑顔で提案する。
「折角ですからエリシア嬢も一緒にお茶を戴きませんか?三人も四人も同じでございますし」
「そうですね。ご一緒させてくださいまし」
見物に来いよ!行ったるわ!という中身の会話である。
三人も四人も五人も一緒なので別に家族そろってでも良いが、そこまで席は用意していないだろうから仕方ない。
漸く、エルンストが歩き出し、庭へと移動する。
お茶とお菓子を戴きながら、マルセーリュは観察していた。
皿に盛られた菓子と、大皿の上に盛られた菓子。
お代わりしたい菓子を、大皿の上から自分の皿に取り分ける。
けれど、エマニュエルはそれを欲しがったりはしない。
数多く存在していて、皆で分け合う物には興味を示さないのね、なるほど。
ふむふむ、とマルセーリュが頷いていると、遠慮がちにエルンストが尋ねて来た。
「レノア嬢は何色が好みだろうか?」
「そうですわね……布地なら黄色など、華やかでとても好きですね。宝石なら白か淡い色の物を好みますわ」
「わたくしは、桃色が好きですわ!」
おっと!
これはまた、会話泥棒というやつですわね!
マルセーリュは言葉を途切れさせたエルンストから、エマニュエルに視線を移した。
にこにこと無邪気な笑顔を向けているが、計算しているのか阿呆なのかは分からない。
総合的には阿呆の判定勝ちだろうか。
「エマニュエル嬢の瞳の色ですものね。とても可愛らしくてお似合いになると思いますわ。エリシア嬢はどうです?」
「わたくしは……青など落ち着いた色を好みますの」
「ふふ。エリシア嬢の目の色は神秘的で落ち着いた色ですものね」
マルセーリュの誉め言葉に、エリシアは頬を染めて恥ずかしそうに、でもそれを隠すように細やかに微笑んだ。
話題がエリシアに移ったのが気に入らないのか、エマニュエルは声を大きくする。
「お姉様は落ち着き過ぎですわ!もっと華やかな色を纏わないと御歳を召した方みたいですもの」
「華やかな色はお姉様には似合わない、といつも貴女は言うじゃないの」
穏やかにそう切り返されて、エマニュエルは言葉を詰まらせた。
言い訳するように小声で言う。
「だって、わたくしの方が、似合うもの」
「それは、そうだな」
その言葉にエルンストが同意して、ぱっとエマニュエルの顔が笑顔で輝いた。
エリシアが諦めた様に目を伏せる。
「わたくしはエリシア様のお色がとても好きですわ」
はっと顔を上げたエリシアの顔が今にも泣きだしそうで、マルセーリュは優しく微笑む。
「折角ご縁を戴けたのですもの。今度一緒にお出かけ致しませんか?」
「わ、わたくしで宜しいのですか?」
「勿論です。エリシア様だから良いのです」
「わたくしも行きますわ!」
はい、また釣れた!
呼んでないけれど、付いてくるこの鋼の精神はある意味最強ですわね!
マルセーリュは再び喜色を浮かべた。
エリシアは守りたくなるような可愛らしさがあるが、エマニュエルは可愛い皮を被った珍獣である。
「そうですわね。エマニュエル様も二回目はご一緒しましょうね」
「何故一回目は駄目ですの!?」
「エルンスト様をお任せしたいからですわ」
えっ?と三人が固まった。
マルセーリュは滔々と説明を始める。
別に最初から決めていた訳ではなく、ただの後付けの理由だ。
「まだ婚約はしておりませんが、一緒にお出かけという形ですもの。最初はエルンスト様との逢瀬になりますでしょう?勿論、エマニュエル嬢も一緒に行きたい!と仰ると思いまして。でしたらいっそこの四人でお出かけして、わたくしとエリシア嬢、エルンスト様とエマニュエル嬢に分かれるのが良いと思いますの」
「そういう事なら分かりました!」
やっぱり女性と過ごすよりは、見目麗しい男性と過ごす方が楽しいのでしょう。
周囲の注目も浴びられますものね!
狙い通りに事が運んでマルセーリュはにこにこである。
思ったよりも良い結果だったというように、エマニュエルも笑顔だ。
エリシアもほっとしたように微笑んでいる。
納得していない顔をしているのはエルンストだけなので、無視しておく事にした。
「では一週間後にまたお会い致しましょう」
「顔合わせはどうだった?」
家族に聞かれて、満足そうにマルセーリュは答えた。
「大変、面白うございました!!でも、掘り出し物もございましたの。やはりですね、商売は足ですのよお父様。蚤の市に行けば、人の目に留まらない上質な宝物が潜んでいるのと同じですわ」
「エリシア嬢か、ふむ」
「お父様もお気づきになられていたのですね?お兄様に大変お勧めですの。一週間後にわたくしがエルンスト様との逢瀬を取り付けました。勿論、エマニュエル様の乱入も折り込み済みですので、最初からわたくしとエリシア様は別行動する事になっておりまして」
「そこに俺が乱入しろって言う事か」
マルセーリュは大きく頷いた。
こっそり顔合わせをさせるのである。
「どうします?暴漢を用意致します?」
「運命的な出会いを演出するな。暴漢はいらない」
面白いことが大好きなマルセーリュはむくれるが、あの繊細なエリシアを脅かすのは可哀想かと思い直す。
それに、運命的な出会いをしなくても、兄もエリシアも充分に魅力的だ。
本人達の相性が悪くなければ、それでいい。
結果から言うと、逢瀬は大成功を収めた。
兄のレストールはエリシアの控えめに恥じらう様に篭絡されたのである。
エリシアも、兄の男らしさに胸が高鳴ったらしい。
エルンストとエマニュエルの逢瀬がどうだったかは、知らないけれど。
ただし二人の婚約には問題がある。
エリシアとレストールの縁を何とか纏めたいとマルセーリュは父に訴えた。
もし、エリシアの婚約の話が出ればエマニュエルが、邪魔に入るのは火を見るよりも明らかだ。
エマニュエルとの縁を断ったところで、エリシアと婚姻はさせないと邪魔される可能性も高い。
だから、どうしてもレノア伯爵家と縁を結びたい幾つかの貴族家に相談した。
エリシアを養女に迎えて欲しいと。
結果、ラルナス侯爵家が名乗りをあげてくれたのだ。
マルセーリュとエルンストが結婚するのであれば、レストールとエリシアは結婚出来ない。
法律で禁じられている訳ではないが、同じ家同士の結婚というのは利が少ないためだ。
持参金が不要になるという事と、レノア家の希望という事で早速エリシアの身柄はラルナス侯爵家に移された。
マルセーリュがひたすら急かした結果である。
二度目のお出かけは、エリシアとエマニュエルとマルセーリュの三人で行く事になった。
それぞれに護衛騎士と侯爵家の侍女はいるが、エマニュエルには護衛と世話を兼ねる侍女が一人。
小物の店や衣装の店に向かう事にした。
エマニュエルは相変わらずで、これいいわね、などとエリシアが手に取れば、横から山賊の様に強奪していく。
全部が全部買う訳ではないが、とにかく強奪するのだ。
マルセーリュからも奪って行った。
さすがですわね!!
ぶれないエマニュエルに、マルセーリュは感動すら覚えた。
でも、将来が心配である。
ここらで一つ痛い目を見せておかないといけない、と前回の逢瀬でエリシアを含めて話し合ったのだ。
そもそもエマニュエルの個体値が低いのもあるが、周囲の影響もかなりある。
甘やかしまくる夫人と、それを許す侯爵に、兄がいては難しい。
なので、一計を案じる事にした。
「まあ、これは……素敵な髪飾りですわね」
「え、ええ……本当に可愛らしいわ」
大袈裟に大きな髪飾りを手に取り褒める。
エリシアも、ぎこちないなりに同意した。
エマニュエルの目が熟練の狩人のように光る。
両手にちょうど載る大きさの桃色の髪飾りだ。
髪飾り自体は可愛いし、罪はない。
予想した通り、強奪犯が現れてマルセーリュの手からその髪飾りを奪っていく。
エマニュエルはそれを自分の頭に当てた。
「わたくしに一番似合いますわね!」
「え、ええ、似合う、と思うわ、一番……」
ぎこちなく、エリシアが同意するがエマニュエルはそのたどたどしさに気づきもしないようだ。
マルセーリュは安心して微笑んだ。
頭に当てたまま、鏡を覗き込んでご機嫌な様子でエマニュエルは言う。
「披露の時に着けようかしら?」
「それは、大変目立つでしょうね」
マルセーリュがエマニュエルの好きそうな言葉を付けたしたので、ふんすとエマニュエルはやる気を漲らせた。
けれど、困った様にエリシアがそれを窘める。
「でもお母様とお父様は、駄目だと言うのではないかしら」
「こんなに可愛らしいのに残念ですわね。王子殿下の目にも入るでしょうに」
「わたくし、これを買います!」
目立つ、王子殿下の目に入るのは本当だ。
ただし、悪い方の意味で、という事を省略しただけ。
あとは、侯爵夫妻が止められるかどうか、である。
そして勿論、止めきれなかったのである。
侯爵は怒り狂って止めたし、エマニュエルは大号泣したらしい。
けれど、娘に甘い夫人が、こっそりと披露の前に髪に飾らせて、侯爵が気づいた時には既に遅く。
初心者達の白い衣装に合わせる装飾品は、白か透明と決まっている。
男性達も黒と白の燕尾服のみで、やはり襞襟も色付きではない。
そんな中、巨大な桃色の髪飾りを頭に載せた令嬢は浮きに浮きまくった。
あれは誰だ、ああ、あれが例の……と高位貴族達の失笑を買い、その他の貴族にも伝わっていく。
本人は当然、皆の注目を浴びてご機嫌に胸を反らしている。
が、その手を引いている侯爵は倒れるのではないかと思う程顔色が悪い。
蒼と白を通り越して土気色である。
更に事件は起こった。
披露の後に行われる、初心者達の為の初のお茶会は、社交界披露から一か月後に定められている。
王家主催の園遊会だ。
此処には適齢期の貴族子女が集まる。
そこで、高らかにエルンストが宣言したのだ。
「マルセーリュ・レノア伯爵令嬢!私は君との婚約を解消する!」
思い思いに歓談していた少年少女たちが何ごとかとエルンストに注目した。
大人達は別席を設けられているので、此処には使用人と護衛くらいしか大人はいない。
「君は、妹に恥を掻かせた!披露の時にあの様な恥ずべき姿を晒させた罪は重い!エリシア!お前もだ!」
マルセーリュは美味しい食事を慌てて咀嚼した。
流石王室の料理人!見事な腕前ですわ!
勿論、味わう事と、料理人への賛辞は忘れない。
もぐもぐと咀嚼するマルセーリュを見守っていた人々は、落ち着いた様子で果実水を口に含む姿も見守った。
「ええと、まず何からご説明すれば良いのやら……まず、恥ずべき姿をしたのはエマニュエル嬢であって、わたくしが無理矢理させたわけではございませんが……何故一緒にお暮しになっている家族である貴方が止めなかったのです。エリシア嬢だって、既にリノアール侯爵家にお住まいではございませんでしたでしょう」
穏やかな語り口だが、皆の納得のいく説明である。
顔を赤くしたエルンストが更に言う。
「だが、あの珍妙な髪飾りを勧めたのは君達だろう!」
「いいえ?わたくしは手にとって、可愛らしいと言っただけです。それを横から奪って行ったのがエマニュエル嬢で、お勧めなどはしておりません」
エマニュエルを知る人は、ああ、と納得の嘆息を漏らした。
言ったエルンストだって、目に浮かんだのである。
強奪する山賊の姿が。
「だって、目立つと仰ったではないですか!王子様の目に留まるって!!」
山賊本人が現れて、喚き散らした。
淑女としてあるまじき行動である。
少なくとも披露を控えた状態なら子供、として目溢しもされるが、もう大人の仲間入りを果たしているのだ。
「ええ、だって目立ちますものね。ちなみにエリシア様は止めておいででしたよ?お父様とお母様は反対なさるって。……あら、じゃあ止めなかったのですね」
どちらに罪があるかは明らかだった。
マルセーリュが言ったのはどちらとも取れる言葉で、勧めてはいない。
エリシアに至っては注意を与えている。
止めなかったのは家族内の問題であり、他家の令嬢に罪を擦り付ける事が論外なのだ。
「止めた!止めたが、いつの間にか着けていたんだ……」
「その責任をこちらに転嫁されても困りますわ。それにお言葉ですけれど、わたくしはリノアール侯爵令息である貴方と婚約はしておりません。最近婚約をしたのは、私の兄のレストールと、貴方のもう一人の妹だったエリシア嬢ですわ」
「………は?」
エマニュエルの話から一転して、知らない婚約の話をされてエルンストは呆然とした。
父が婚約したと言ったのは、自分だと思い込んでいたのだ。
「それも他家の話ですわね。今はもうリノアール侯爵令嬢ではなく、ラルナス侯爵令嬢ですもの。良いご縁を戴いて、我が家は安泰でございます」
「マルセーリュ嬢、最近婚約したのは、私と君もだろう。忘れて貰っては困るのだが」
アレイスター・パヴェーリ侯爵令息の言葉に、会場はしん、と水を打ったように静まり返った。
エルンストは愕然としたまま言葉を失い、エマニュエルが叫ぶ。
「パヴェーリ様はわたくしとの婚約の話が出ていたのに奪ったのですかーーー!!」
「いや?色々な家門との婚約の話はあったが、私と我が侯爵家が望んだのはマルセーリュ・レノア伯爵令嬢のみだよ。以前から打診はしていたのだが、この度漸く良い返事を貰えてね。だから、エルンスト、君も根も葉もないことは言わないでくれ。君の妹にも注意を与えておくよう願うよ」
婚約者らしく、アレイスターがマルセーリュの手を取れば、エマニュエルは家でするように大号泣を始めた。
慌ててエルンストが宥めようとするが、会場に響き渡るのはエマニュエルの声だけである。
「ずるいですわーー!ずるいですわーー!!!」
最後までぶれないなんて、お見事です!
変な意味で感心しながら、マルセーリュは満足げに頷いた。
そんな変わった婚約者を見ながら、アレイスターも満足げに頷いたのである。
ドアマット未満ですが、姉妹格差の冷遇姉を救い出したのはスパダリではなく令嬢でした…あ、エリシア目線のタイトルみたくなってしまった。
2号の感想が流暢な「モンストゥー」(怪物の意)でした。
でも、実はエマニュエルこの後マルセーリュの紹介で幸せになれる予定です。
兄達は15歳、マルちゃんとエリシアは14歳、山賊は12歳なので、矯正可能……。
救われないのは実は兄のエルンストの方ですね。嫁が!来ない!
相変わらずひよこは茄子食べてます。鮭はご飯進み過ぎるので禁止です。
皆さんも暑さには気を付けてください。




