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挿絵(By みてみん)





『私はキルケ・ゴール。現代の魔女です』


『まず、貴女のお話を聞かせてください』


『とても辛い経験をしましたね。私から癒しの波動を送ります』


『……わかりました。『おまじない』ーー導きの儀式をお教えしましょう』





翌日、深夜1時半。

ケイとアオイは、都道と明治通りの交差点にいた。

深夜を跨いでも、街の騒々しさは変わらない。

星のない空には、看板のライトが輝いている。

どことなく漂う酒と尿臭が、鼻腔を刺激する。





結局もう1日を、『キルケ・ゴール』とのDM応酬で費やしてしまった。

アオイの言った通り、『キルケ・ゴール』は慎重な性格だった。

先方は、まずこちらの情報を詳細に聞いてきたのだ。

幸い、囮アカウント『あおいチャン』の設定はしっかり考えてあった。

仕事掛け持ち、メンクリ通い、親とは疎遠……等々、DM担当のケイは逐一答えた。



『担当が好きで好きで、でももう支えられなくて、つらくて、でも一緒にいたくて、『おまじない』しかもうないって思ったんです』



ケイは存分にアピールをした。

そうしてようやく、『おまじない』の話に持ち込むことができた。



『世界にはポータルがあります。正しい場所に飛び込めば、貴女の魂は思い人へと導かれるでしょう……』



『キルケ・ゴール』は決行方法と日時、そして場所を送ってきた。

場所はなんと、アイカが死んだのと同じマンションだったーーーー。





「指定のマンションが近い」



アオイが眉根を寄せた。

アオイはすでに『あおいチャン』の格好をしていた。

黒髪ツインテールのゴシック地雷ファッションである。

アオイは地図アプリを開いて、目的地の確認をしていた。



「一旦ここで別れよう」

「待って、俺も一緒に行くよ!」



ケイはアオイの前に割って入った。



「呪いとか大丈夫だし!てか俺が見届けなきゃダメでしょ!」

「だが近くでは駄目だ」



アオイはピシャリと言った。



「これから『おまじない』する者が、男連れなのは不自然だろう。というか『あおいチャン』らしくない。そこは、君が一番こだわっていたじゃないか」



ケイは言葉を詰まらせた。

心臓の音が二段飛ばしで跳ね上がる。


アオイが怪訝そうに、ケイを見上げた。

今はカラコンの入った瞳が、心中を見透かすように貫いてくる。

ケイは顔を歪め、胸元を握りしめた。



「…………本当に、大丈夫なのかよ……」



口でも頭でも繰り返してきた不安を吐き出した。



「作戦上必要ってわかってるケド!ガチで飛び降りるって……アンタ、本当に大丈夫なの!?死んだりしない?!」



アイカが死んだマンションから、今度はアオイが飛び降りる。

『キルケ・ゴール』から決行場所の指定が来た時、ケイの中に否が応にも嫌な想像が膨らんだ。

因果応報とはよく言ったもんだ、と含み笑いが漏れた。


今度は鏡ごしにではなく、リアルタイムで飛び降りを直視しなければならない。


嫌だという気持ちが先行して、やっぱり止めた方がいいんじゃないかと何度も思った。

同時に、アオイを信じたい、じゃないと『キルケ・ゴール』に辿り着けない、と考えが錯綜した。


相反する思いが乱反射して、ケイの顔はぐちゃぐちゃになっていた。



「平気だ。心配性だな、君は」



強張るケイの肩を、アオイが叩いた。



「私は死なない。安心しろ。借りる『智』ももう決めた。勝算はある」



アオイは不敵に笑った。

道からケイを退かすようにして、アオイは前へを進んだ。



「『キルケ・ゴール』が現れた時には、それこそ頼むぞ」



ケイは後ろを振り返り、アオイの背を見やった。

その背筋の伸びた後ろ姿は、ケイの心を少しだけ、信じる方向へと傾けた。



「ま、任せとけ!」



ケイは半分震えた声で返した。

アオイは軽く手を上げた。





『囮作戦』本番が、ついに始まった。





アオイについて行けないとはいえ、その行動自体は見張る必要がある。

『キルケ・ゴール』は『おまじない』決行者が死んだ時、初めて姿を現すだろう。

その瞬間を、ケイは逃さず取り押さえなければならない。


ひとまずケイは、明治通りを下って行ったアオイとは別ルートから、件のマンションを目指すことにした。

都道を新宿駅方面へと進み、ビジネスホテルのところで左折をする。


神社の前の道で、チリリ、と頭に痛みが走る。


きたか。

ケイは奥歯を噛み締めた。

またこれ。


呪い。


決着の時が近い。

『キルケ・ゴール』にもアイカにも、この呪いにも。


呪いは、アイカが死んだと聞いた時から始まった。

奇怪な事が起こり、襲われ、体調も悪くなった。

だからこれは、アイカの呪いだった。


だけどアオイとーー500年後悔の中で放浪する『本物の現代魔女』と出会って、少し思うところがある。



俺は、アイカのせいで呪われているのだろうか。



もちろん、アイカはケイの髪を使って『おまじない』をした。

仮に呪いが何かの副産物だとしても、トリガー自体は間違っていないはずだ。

だけどーーーー。



ーーーーと考えているうちに、ケイは指定マンションを通り過ぎてしまった。

咄嗟に引き返そうとしたが、かえって怪しいので別の小道に入り込んだ。

するとラッキーなことに、小道に並ぶ建物と建物の間に、いい感じの隙間を発見した。

おそらく不法侵入だろうが、ケイは構わず身を捩じ込んで行った。


隙間からは生垣越しに、アオイが飛び降りる予定のマンションが見えた。

ケイは生垣に身を隠しつつ、チラチラと頭を出して、マンションの様子を伺った。



嫌に静かだった。



街の喧騒が遠ざかり、代わりに自身の鼓動音が大きくなった。

じっとしているにも関わらず、背中に汗が伝った。

呪いも引き続き、ケイの頭を痛めつけている。


ケイはたまらなくなって、ポケットからスマホを取り出した。

震える指で画面に触れる。

一瞬ノイズ。

後、『01:50』と表示される。

アオイが飛び降りは、午前2時予定である。



「あと10分……」



独語の途中で、スマホの光が消える。

ケイは闇の中に戻る。

暗がりはまた、懸念を引っ張り出す。


アオイは本当に死なないのだろうか。

囮作戦は上手く行くのか?

『キルケ・ゴール』は本当に現れるのか?

というか、アオイはちゃんと『あおいチャン』を演じられているのだろうか?!



「うう……」



不安は尽きない。

ケイは唸りと共に、スマホを握りしめた。

たった10分。

早く過ぎてくれ、と思う傍ら、まだ来ないでくれ、とも願っていた。


無意識に、息を止めていた。

自覚した時には唾が気道に入って、大きくむせ返った。

ケイは両手で口を抑えた。




その時だった。




マンションの一室から、黒い塊が落下した。



「あ」



ドンッッ!!と鈍い音が響く。

塊は地面に激突し、足元まで振動したような気がした。

ケイは膝を震わせた。

塊は間違いなく、『あおいチャン』の格好をした、アオイだった。




マジで落ちた!!!




ケイは思わずしゃがみ込んだ。




マジで落ちた、マジで落ちた、マジで落ちた!!!




軽くパニックを起こし、ケイは両手の隙間から過剰に息を吸った。

到底、冷静でいられる光景ではなかった。

額から汗が吹き出して、だらだらと地面に染みを作っていく。


いや待て落ち着け!とケイは自らを叱咤した。

アオイは魔女だぞ、きっと大丈夫に決まってる、案外もう起き上がってるかもしれない!

ケイは一縷の望みをかけて、生垣から顔を出した。




アオイは、地面に横たわったまま、ピクリとも動いていなかった。




目頭が急激に熱くなって、吐き気が込み上げてくる。

嫌でもアイカの最期と、姿が重なった。


ケイは今すぐ飛び出して、アオイを揺り起こしたかった。

よかった生きている、そう確かめたい抗いがたい衝動に駆られた。


しかし今飛び出すのは、最悪の選択だ。

先に出て行って、『キルケ・ゴール』が逃げてしまったら、これまでの全てが水の泡となる。

これまでの準備もやりとりも、アオイの自己犠牲的な飛び降りも、全部無駄になる。

ケイは『キルケ・ゴール』の登場を待たねばならなかった。


『キルケ・ゴール』は本当に現れるのか?


ズギッと、頭痛はさらに強度を増した。

アオイを助けなくていいのか、とケイを責め立てた。

ケイは手の甲に爪を立てて、昂る気持ちを押さえ込んだ。

口の中が苦い。

熱い鼻息が、耳障りなほどに荒い。




「……ああ、もうッ、無理ッッ!!」




ケイはこれ以上抑えることができなかった。

生垣を乗り越えて、アオイの元へを駆け寄ろうとした。



しかし生垣に足をかけた瞬間、ケイは動きを止めた。



横たわったアオイの側に、誰かが立っているのが目に飛び込んできた。



瞬間、血流は騰した。



「お前かアアアアアアア!!!!」



ケイは雄叫びに似た声を発した。

生垣を越え、人影に突進した。

『キルケ・ゴール』が筋肉ダルマだったら……と怯んでいたことは、最早忘れていた。

ケイは人影にタックルした。



「てめーが『キルケ・ゴール』だなッッ!!」



それで倒せはしなかったが、思ったより『キルケ・ゴール』は思ったより細かった。

ケイが羽交い締めできる程度には、小さかった。


ケイに押さえつけられ、『キルケ・ゴール』はマッシュボブの頭を揺らした。

しかし妙な落ち着きを払って、ケイを振り仰いだ。

縁無しメガネが怪しく光り、不気味な笑みをニタリと浮かべた。


『キルケ・ゴール』は青年だった。


顔立ちが幼い。

文学部の大学生的な印象で、仕立てのいいストライプシャツを着ていた。



「なんだ、ホストか」



声は少年のように高かった。

『キルケ・ゴール』は歌舞伎町には似合わないほどの、好青年だった。







SNSにて更新ポストなどをしてます

X

https://x.com/_ohsko_


ブルースカイ

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xは日常垢を兼ねてるので、純粋に更新だけ追うにはブルスカがお勧めです)


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