⑦
「……つっても、どうやって捕まえればいいんだ……?」
ケイは拳を緩めた。
固く握ってみたはいいものの、その矛先をどう向ければいいか見当がつかなかった。
ケイは眉尻を下げ、アオイにヘルプの目を向けた。
アオイは嘆息で、その視線を返した。
「なんだ君は。締まらん奴だな」
「だって『キルケ・ゴール』って明らかに偽名じゃん!なんか『智』?でわかったりしないの?!名探偵の頭脳を借りるとかさあ!」
「……悪くないアイディアだが、まあそう急くな」
アオイは地面に置いていた、黒い鏡を拾い上げた。
「幸いコイツの『借智』時間がまだ残っている。見ろ。手がかりは他にもありそうだ」
鏡にはアイカの死に様が、レリーフとなって浮かんでいる。
腰が引けた。
確かに『キルケ・ゴール』を捕まえる、とは決心した。
だがその鏡は、ケイにとってあまり見返したいものではなかった。
「…………」
アオイは顔を顰めた。
ケイの胸ぐらをぐいと掴むと、鏡の前へと引き寄せた。
ケイは反射的に目を瞑ろうとした。
しかし寸のところで瞼を止め、薄目でなんとか鏡を見た。
そこには変わらず、アイカのあの姿があった。
また、頭痛で胃液が迫り上がってくる。
「抑えろ抑えろ」
アオイはケイから手を放した。
「注目すべきはアイカではない。こっちだ」
アオイは鏡の端の方を指差した。
ケイは最初、それは何だかわからなかった。
「え?」と気抜けた声で反応すると、アオイの指は、よく見ろ、と言わんばかりに該当箇所を突いた。
ケイはもう一度、鏡にできたレリーフを観察する。
その図像には、どことなく意味があるように思えた。
「これ……もしかしたら人影なんじゃ……?」
ケイが恐る恐る答え合わせを求めた。
アオイはあっさり「だろうな」と答えた。
「鏡はアイカの死亡直後を映している。警察にしては早すぎる」
「じゃ、じゃあ……野次馬?」
「で、なくもないが、墜死体に躊躇なく近づける者はそう多くないだろう」
アオイはケイを見上げて言った。
「ーーーー思うに、最初からここで『人が死ぬ』と知っていた者じゃないか?」
ケイの脳天を、衝撃が劈いた。
「『キルケ・ゴール』……!』
その瞬間、ケイの眼下がボウッと光を放った。
アオイの手の中で、黒い鏡が燃え始めたのだ。
炎は瞬く間に、鏡を焼き尽くしてしまった。
「ああッ」とケイと手を伸ばした時には、すでにそこは虚空となっていた。
『借地時間は終了しました』
無機質な音声が、ケイの耳元で鳴った。
それは白い鳥の声だった。
ケイはジトリと睨むも、鳥は丸い目玉をくるくると回し、首を傾げるだけだった。
「そいつに人の文句など効かんぞ」とアオイは煤を払うように、手をはたいた。
「まあこれで、いくつか推論が立つ。整理してみよう」
アオイは1本、火傷指を立ててみせた。
「①『キルケ・ゴール』はSNSの『おまじない』を用いて、扱いやすい者を選定している」
「扱いやすいってアンタ……」
「まあ、その辺りは君の方が詳しいかもしれないな」
ケイは苦笑した。
それからすぐに真面目な顔をして、考えを巡らせた。
思うに、何かに縋りたくて、でも誰にも頼れない居場所がない子が選定されている。
例えばーーーーそう、アイカのように。
ケイの脳裏に、横たわるアイカの姿が想起される。
思い出したくないが、簡単には忘れられない。
アイカの手には、確かに毛が付着していた。
ーーーー好きな人の髪を小指に巻いて、飛び降りる。
ーーーーそうすれば、ずっと一緒にいられる。
それが『おまじない』の言い分だった。
『おまじない』を信じた子が、どれくらいいるかはわからない。
噂が拡散されている分、被害者はアイカだけではないように思えた。
「②」と、アオイは次の指を立てる。
「『キルケ・ゴール』は、特定の場所での死亡にこだわっている。明確な指示を出すまでにな」
「……場所?」
ケイは腕を組み、首を傾げた。
すると目端に体液で汚れた袖が入って、「ハッ!」と跳ね上がった。
「もしかして……それが呪いを起こすトリガーだったり?!」
「土地の呪術的作用はある。が、アイカのケースを見るに、この場所が『呪術的に特別か』は正直わからない」
ケイは「うぐ」と喉を鳴らした。
確かにこの場所は、人死にが出ている分嫌な感じはするが、それ以上の云われはない気もした。
正直わからない、というのが素直な意見だろう。
アオイは仕切り直して3本目の指を立てた。
「③『キルケ・ゴール』は被害者死亡直後、確認に来ている可能性が高い」
ケイは先ほどの影を思い出す。
鏡が燃え消える直前目にした、謎の人影。
あれが『キルケ・ゴール』本人とは断定できない。
しかし間違いなく、死の淵にいるアイカを見下ろす者がいた。
ピキリ、とこめかみに痛みが走った。
厚かましさを自覚しながらも、ケイの中に怒りが湧いた。
「なんでッ!なんのために……ッ!!」
「わからんな」とアオイは手を引っ込めた。
「そもそも『キルケ・ゴール』の目的自体、不明確だ。『おまじない』伝授という倒錯的慈善活動?呪詛拡散?……馬鹿馬鹿しい」
「で、でも俺は実際」
「そうだな、君は呪われている。だがそれは偶発的産物なのかもしれない。少なくとも『キルケ・ゴール』にとってはそうだ。ないとは言い切れないが、奴は君を確認しには来ていない」
確かに、とケイは妙な納得をしてしまった。
『こう』なってからというもの、ケイから離れる者はいても、逆に近づいてくる者は皆無だった。
もちろん遠くから観察されていたのなら、話は別だがーーーー。
「だが、アイカの元には間近に来ている」
アオイはきっぱりと言った。
「だから『キルケ・ゴール』にとって、『ここ』で『ちゃんと死んだか』が重要なのだろう」
「うう、なんなんだそれは〜〜〜」
ケイは金髪をわしゃわしゃ掻き回した。
「結局なんなの!何が起きてるの?!」
「『キルケ・ゴール』はSNSの『おまじない』を使って人を集め、特定の場所で自殺させている。遂行確認までしている。君の呪いはその副作用かもしれない」
「えッ俺オマケ?!てか、まとめありがとね?!?」
ケイは両腕を広げ、アオイに振り向いた。
アオイは「落ち着け」と再びため息を吐いた。
「できることはある。逆に、だ。『おまじない』を信じた者として『キルケ・ゴール』と連絡を取る。そして奴の指示に従い、実際飛び降りる。そうすればーーーー」
「『キルケ・ゴール』が現れる!?」
アオイは眼光を鋭くして頷いた。
「おそらくな」
ケイは「おお!」と両手を叩いた。
『キルケ・ゴール』という謎の人物。
一体何者なのか、どこにいるのかもわからない。
これじゃあ手も足も出ない、と思っていた。
なんてことはない。
実際に飛び降りれば、そこに奴は現れるのだ。
「……いやちょっと待って?!」
ケイは顔色を一気に青くした。
ワンテンポ遅れて、この作戦の大穴に気がついたのだった。
「ガチで飛び降りるの?!え?DMで呼び寄せて……捕まえるじゃダメなの?!」
「駄目だろうな」
アオイは冷淡に言った。
「『キルケ・ゴール』は慎重な性格だ。だからちゃんと死んだかを確かめにくる。つまり本当に飛び降りなければ、奴は現れない」
「でもーーーー」
「大丈夫だ。この役は私がやる。『借智』をすれば死ぬことはない」
本気で言ってんの?と、ケイは思った。
だが言葉にはできなかった。
アオイと目が合う。
謎めいた渦の瞳が、ケイを見上げる。
正直これまで、アオイが何を考えているのかよくわからなかった。
しかし今は、その過去を聞いたのもあって、思いが実直に伝わってきた。
本気だ。
『智』はこういう時にこそ、使うものだ。
眩暈がした。
額から汗が垂れ、目に入って瞬いた。
口の中が気持ち悪い。
どう返答すべきかわからず、ケイの唇は半開きになっていた。
目の前の人がまた、身を投げようとしている。
自分は再度、しかもより積極的に、加担せねばならないーーーー。
頭が痛い。
アオイはフ、とケイから目を話した。
ケイにはそれが、見放されたように感じた。
「私一人でもやる」と突き放されたように思えた。
白い鳥が羽ばたく。
鳥はアオイの腕に降りると、ばさりと両翼を広げた。
翼内側の、左右で異なる紋様が曝け出される。
アオイは右翼へと手を伸ばした。
火傷痕が残る指を、羽一枚一枚の上に滑らせていく。
「いや、やっぱ待って」
ケイはようやく言葉を発した。
「アンタじゃダメだ」
アオイはケイをチラと見ると、小さく笑みを浮かべた。
「心配するな。今回割ともう借りているが、それでもまだ余裕がーーーー」
「そうじゃなくて!!」
ケイは声を張り上げた。
勢いで余計なことまで飛び出そうになり、口を一文字に結んだ。
ケイは勢いよく腕を振り上げると、アオイに向かって指を差した。
「……ッアンタの、その服装ッ!男にヘラって『おまじない』に頼るタイプ見えないッ!」
アオイは眉を上げる。
アオイはTシャツにジーンズ、黒キャップに派手髪という格好をしていた。
あくまでもケイの観測内での話だが、そのようなスタイルの子は、精神的に健康なことが多かった。
「病み系の子の特徴は、俺の方が詳しい、だろ?だから……俺が、手を入れる」
ケイはバン、と自身の胸を叩いた。
「アンタをコーディネートする!その方が『キルケ・ゴール』も引っ張りやすくなるだろ?だから……『智』を使うのはちょっと待ってくれ」
アオイは大きな目で、じっとケイの顔を見た。
相変わらず、全てを見透かすような瞳だった。
アオイ一人にやらせるわけにはいかない。
関わると決めたなら、もっと腰を据えて踏み込まねばならない。
そうイキり立って口にしたももの、アオイの僅かな沈黙は、ケイの自信を急速に萎ませた。
やっぱ変だったかな……と、ケイは目を伏せかけた。
すると、「わかった」という声が聞こえた。
ケイは顔ごとぐんとあげる。
アオイは、目を細めて笑っていた。
「君に任せるよ」
鳥も、すでに黒キャップの上に戻っていた。
「ま……」
ケイは歓喜と興奮で拳を上げた。
「任せとけってんだッッ!!」
アオイはまた、今度は声をあげて笑った。
こうして、ケイとアオイは『キルケ・ゴール』を捕まえる『囮作戦』を開始した。
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