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挿絵(By みてみん)



アイカは死の直前まで、『誰か』とやり取りをしていた。

その誰かは、アイカが『どこから飛べばいいか』を指示していたーーーー。



『キルケ・ゴール』。

それが、その人物の名前だった。



「ハ、大層な名だな」と、アオイが静かに、だが侮蔑の籠った声で言った。

その声色を聞いて一瞬、じゃあ悪いのは『コイツ』であって、俺じゃないとケイは思った。


すると、また頭に激痛が戻ってきた。

呪い。

頭蓋骨が軋む痛み。

背中に冷たいものが流れ、体温が急激に奪われていくような気がした。


それはまるで、アイカの最後の感覚が流れ込んできているように思えた。


呪いは、ケイを意味不明な現実へと強烈に押し返した。

光明を前にして、ケイは顔を歪めた。



「自殺教唆だ。どうやらあの『おまじない』、裏があるようだぞ」



アオイは黒い鏡越しにケイを覗くと、笑みを浮かべた。



「ケイ!コイツを探れば君の呪いもーーーー」

「わけわがんねえよッッッ!!!」



ケイはアオイの言葉を遮って喚いた。



「『おまじない』とか、呪いとかッッ!ホント、もうわけわかんねえよ!」



耐えられなかった。

もう、たくさんだった。



「何が起きてんだよ、俺が何をしたよ!何でこんなことになってんだよ……ッ」



ケイは拳を地面に叩きつけた。

何度も何度も叩きつけた。

アスファルトが、血と涙で濡れそぼった。

それでもケイは、叩きつけた。


「やめろ!」とアオイが腕を掴んだ。

ケイはそれを大振りで振り切った。

驚いて目を見開いたのは、アオイではなくむしろケイだった。


視界が滲んで、ぐらぐらと揺れた。

それを隠すように、ケイは額を地面に擦りつけた。




アオイその様子を、何も言わずに見ていた。

それからポツリ「私も、そんな風に泣いたな」と呟いた。


アオイはケイの隣に腰を下ろした。

ケイが「は?!」と睨み上げると、アオイは眉を下げて微笑した。



「私も君同様に誤った。まあ要は昔話だ。気晴らし……になるかわからんが、聞いてくれないか」



アオイは掌までケロイドまみれの手に、瞳を下ろした。

やや緊張したような横顔は、ゆっくりと口を開いた。




家族が流行病にかかった。

周りの村人も皆死に、なす術がなかった。


アオイは七日七晩寝ずに看病し、祈り続けた。

しかし家族は悪くなる一方だった。


七日目の夜。

看病の甲斐なく、家族は峠を迎えていた。

病床で、アオイは必死に祈った。

その時、疲労と絶望の朦朧とする目に、ふと炉の炎が映った。

瞬間、アオイは悟った。


『神』は天ではなく、炎の中にいる。


躊躇なく炉に手を突っ込んだ。

激痛。肉の焼ける嫌なに匂い。

絶叫しながらも、『何か』を掴んだ。

えもいわれぬ高揚感が全身を駆け巡った。


アオイは火中から手を引いた。

手は『薬瓶』を握っていた。


何故、そんな所から薬が出てきたかはわからなかった。

それでもこれは、神の恵みだとアオイは思った。

アオイは家族に薬を与えた。

すると家族は『まるでそれまでの苦しみを忘れたかのように』、寝たきりだった体を起こした。




「……ふざけんな。いい話じゃねえか」



ケイは鼻を啜った。



「頑張り話とか、今聞きたくないんですケド」

「その三日後、彼は死んだ。『忘れていた分』一気に苦しみ抜いてな」



ケイは息を飲んだ。

アオイは渦の瞳を細めて、続けた。



「私も泣き喚いた。どうしてこうなった、私のせいか、だから彼は苦しみ死んだのかーーと。だが事態はそれだけでは済まなかった」

「……すまなかった?」



アオイは頭上を指差した。



「私の前にコイツが現れた」



黒キャップの上、あの不思議な白い鳥が首を傾げた。



「この鳥は言った。『大書架の無断利用を確認。ペンエンテスの霊薬。借智料12。損害料15』」

「え……えっと……」

「はは、私も最初はわからなかった。だがコイツはいきなり、私の腹を食い破った」



ケイは「え゛ッ」と鳥の嘴に目を向けた。

ワシのように鋭利さが、街灯を反射して光った。



「鳥はさらに言った。『乙の魂を帳簿化。帳簿残高-27。乙は負債分の智を大書架に返済しなければならない』」

「ど、どゆこと……?」

「あの薬は恵みじゃなかった。『世界大書架』に収められた『神の叡智』。私はそれを無断で掠め盗った……ことになっていた」



アオイは感触を懐かしむように、火傷跡が残る手を軽く握った。



「つまりペナルティだ。盗った分と同等量の『智』を、新しく稼いで返さなければならない」



ああだから、とケイは思った。

アオイは『智』を求めて、こんなところまでついてきているのだ。



「……その、『智』ってのは……道具、みたいなもの……なの?」

「そういう体もなす。弓、鏡、薬などだな。だが、生き様や思想なども『智』。自伝や哲学書と同じだ」



ケイは頭の中に、幼い頃行った図書館が浮かんだ。

確かに図書館には神話や歴史、小難しい思想本がズラリと並んでいた。



「あの、もし『智』を返せなかったら……どうなるんだ……?」



ケイはおずおずと聞いた。

図書館を思い浮かべはしたものの、『帳簿残高』『負債』『返却』という鳥の言葉からは同時に、借金やホストクラブにおける立替を想起させた。

経験上、それらは高額であればあるほど、首が回らなくなる。


負債は、返せなくなる時がくる。



「『智』を返せずに帳簿残高が-100になった場合ーーーー」


アオイは淡々と言った。


「ーーーー私の命は回収される」

「命が回収される?!」

「つまり死ぬということだ」



返せねば、死ぬ。



「なに、それ……」



ケイはアオイの話を完全に理解しているわけではなかった。

だが身近なものに置き換えるほど、強く感じた。

高額負債を押し付けられて、返せなければ命で償う。


それは、地獄だった。



アオイは眉を下げた。



「『借智』はよくできた仕組みでな。新しい『智』を手に入れるのに、また『智』を借りる羽目になるんだ。まあ今回みたいな感じでな。それで以来500余年、私は借りては返しの繰り返しだ」

「まって、ごひゃくねん?!」

「はは。変な話、『借智』をくり返すうちは命が続くんだ」



「最早『智』の回収機械だよ」とアオイは自嘲した。


ケイは遡及的に理解した。

自動的に入る職業病的スイッチも、女の子といると起きる霊障も、アオイに対しては反応がなかった。


アオイは、人の範疇から超越してしまっていた。


しかし同時に、奇妙な親近感も抱いた。

予期せぬ死に苦しむアオイ。

搾取され続けるアオイ。

それはケイの姿であり、またケイの客ーーアイカたちの姿だった。



アオイはそれを、途方もない時間続けていた。

彼女はーーーー永遠の借『智』地獄の中にいた。



「……そんなになるまで、なんでアンタ生きてるんだよ」



ケイは体を起こして聞いた。

しかしアオイは笑うだけで、何も答えなかった。


ケイは「わかるよ。だから君も生きろって言うんだろ?」と項垂れた。



「俺には、無理だよ……」



ケイは両膝を抱え、間に泣き顔を埋めた。



「もう死にてえよ……」



アオイは沈黙した後、「そうか」と小さく言った。


「無理には止めんよ。私はただ『呪われた君の生き様』を大書架に返すだけだ。せいぜい『智』1か2くらいだろう。ハァ、大損だな」

「は?!」



ケイは反射的に顔を上げ、怒気の矢を飛ばした。



「俺の価値ってそんなモンなの?!?」



アオイはそれを軽くいなすと、にんまり笑みを浮かべた。

してやられた、とケイは赤面した。

「死にたい」と溢しつつも、ケイの中には今も、誰かに「すごい」と褒めてほしい渇望が残っていた。


「いいか、ケイ」と、アオイはケイに顔を近づけた。

永久に旋回する渦の瞳に、ケイの顔が浮かんだ。




「君の価値は君が『後悔を抱えて今後どう生きるか』でしかない」




『後悔』。

言葉は波紋となって、ケイの中に響いた。

俺は、後悔、していたのだろうか?

何に?誰に?

アイカが死を選んだ原因に、自分が関わっている事実に?


目を背けていた後悔が、重石となって頭を砕き、身を引き裂いていく。


夜は、互いに消費し合う世界だった。

自分もホストとして、何度も道具のように扱われてきた。

だから自分も、客を人とは思えなくなっていた。

だからといって今、この『後悔』から目を逸らすべきではなかった。


人を人として扱わなかった事実を、直視するべきだった。




「ううう〜〜〜!クソッ!クソクソクソッ!」



ケイは立ち上がった。

体液塗れの顔を、けして安くはない服の袖で乱暴に拭った。



「クソかっこ悪い!!このままで死ねるかッッ!」



ケイは眉をきつく寄せ、拳を握った。



「この『キルケ・ゴール』をとっ捕まえてやる……ッッ!!」



アオイはケイの様子を、やや意外そうに見上げていた。

その表情のまま、アオイは訊いた。



「それは呪いを解くため……彼女のためか?」



アイカのため。

ケイにはわからなかった。

しかしそれで動くには、烏滸がましいとは思った。


ケイは今だ混線する頭の中から、それらしい言葉を掴み上げて、口にした。



「ケジメのためだ」



アオイは笑った。



「いいぞ。よく言った」



アオイも、ケイと並んで立ち上がった。



「私も、命を粗末にする輩を放ってはおけない」







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(Xは日常垢を兼ねてるので、純粋に更新だけ追うにはブルスカがお勧めです)


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