⑤
アイカが死んだ場所。
と言っても、明治通り付近以上の情報はなかった。
……のだが、予想外な『良いこと』があった。
「痛い痛い痛い痛い!!」
ケイにとっては災難でしかなかった。
明治通りに入るとすぐに、ケイの頭が断続的に痛み出した。
しかもある特定の方向へ進むと、頭痛はさらに酷くなった。
「なるほど。ダウジングだな」
アオイは興味深そうにケイを覗き込んだ。
「よし。より痛みが強くなる方向に行こう」
「ウガガ、イヤダアアアア!」
「痛みの最高点に手掛かりがあるかもしれんな」
「イギダグナイ〜〜〜〜!!!」
行くしかなかった。
ケイの元客・アイカのことで今わかっているのは、死に場所くらいだった。
だからと言って出向くのはどうかと思ったが、ケイを悩ます呪いを解くには、その原因を探らねばならなかった。
アイカは本当に『おまじない』で死んだのか?
死んで俺と一緒になるだなんて、荒唐無稽な話を信じて。
確かめに行くしかなかった。
ケイは歯を食いしばり、脂汗を垂れ流しながら歩いた。
頭痛は、通りを北上するほどに強くなった。
交差点を曲がり、ホテル群の中に入っていくと、耳鳴りまで始まった。
耳鳴りは、甲高い誰かの嗚咽にも聞こえた。
おかしくなりそうだった。
視界が白み、意識は混濁する。
一歩踏み外せば、奈落へと落ちてしまいそうな気がする。
そんな中でも、アオイの黒キャップだけは鮮明に映った。
ケイは黒キャップを目印に、なんとか前へと進んだ。
黒キャップの上には、あの変な白い鳥が乗っていた。
そういえば、とケイは涎を垂らした。
さっきの子たちは、なんでこの鳥にツッコまなかったんだろう。
結構目立つけどなーーーー。
すると急に、頭痛が激しくなった。
「アアアアアアアアア!!」
歩くことができなくなった。
頭蓋骨が砕けるほどの激痛が走った。
巨大な板で殴打されたような衝撃が続いた。
無理だ。
立っていられない。
これ以上は進めない。
だがケイには、それをアオイに伝えるのもままならなかった。
「ウウウウウウウウウ〜〜〜ッッ!!」
ケイはその場にしゃがみ込んだ。
眼前が霞む。
脳みそが外に漏れている。
血に濡れた黒髪が、顔に手に、絡みついている。
もう嫌だ。耐えられない。本当に、これ以上はもうーーーー。
「でかした」
遠い霞の向こうから、アオイの声が聞こえた。
「どうやら、ここが『最高点』だ」
それと共に、ケイの眼下に何かが落ちてきた。
長方形の小さな箱だった。
箱はカタンと音を立てて、ケイに表面を見せた。
そこには見慣れたロゴと一緒に、こう書かれていた。
『キツい頭痛・生理痛に!』
「市販薬だ。効くかわからんが、飲んでおけ」
ケイを箱を引きちぎって開けた。
中の錠剤をいくつも口に放り込むと、バリバリと噛んで飲み込んだ。
苦い味が口の中に残り、頭痛は続いた。
それでもプラシーボ効果なのか、少し楽になってきた気がした。
視界も徐々に、クリアになっていく。
ケイは頭を探り、両手を見下ろした。
脳は漏れていないし、黒髪も絡みついていなかった。
ケイは大きく肩を上下させて、深呼吸をした。
「………何なんだよ、マジで」
ケイは体を起こし、汗まみれの顔を持ち上げた。
そこには、背の高いマンションがあった。
似たようなビルは他にも立っている。
だが、そこだけマンションだけ深く闇に落ちているように見えた。
もしかして……ここで、アイカが……?
そう思うと、また頭と胸に鋭い痛みが走った。
「ふむ、さすがに痕跡はないな」
アオイは地面に座り込んでいた。
ケロイドだらけの右手でアスファルトを擦ると、指を鼻先に当てた。
「仕方がない。再現をしてみるか」
「再現ンン?!」
ケイは思わず大声を上げた。
嫌な妄想が、苛烈な痛みで縮み上がった脳裏を埋め尽くした。
「ま、まさか、アンタが飛び降りるってわけじゃ……」
「ない」
アオイは2文字でケイの妄念を切り捨てると、すくりと立ち上がった。
「『智』を借りる」
『智』を……『借りる』?
確かアオイは世界中から『ネタ』ーー『智』を集めていると言っていた。
それはなんとなく、それこそフリーライターの仕事として、ケイでも想像がついた。
だが、『智を借りる』ってなんだ?
アオイは左腕を水平に掲げた。
すると、それまで頭上にいた鳥が飛び降りてきた。
白い鳥はそのままばさりと翼を広げた。
「んなッ……」
ケイは目を丸くした。
フクロウにもワシにも似た、真っ白な鳥。
その翼の内側は、同じように白くはーーーーなかった。
右翼の羽一枚一枚には、びっしりと模様が羅列していた。
それらは文字に見えたが、ケイには読めなかった。
左翼は、また異様だった。
上部は白く、だが下部の羽は、そこだけ墨を浸したように真っ黒だった。
どちらの翼にせよ、現実のものとは思えなかった。
「うーん、どれにしようか」
アオイは指で右翼の、模様の羽々を撫でた。
慣れた手つきだった。
まるで商品棚から、似合いのアイシャドウを探すような仕草だった。
アオイは無数の内から1本の羽を選ぶと、翼から引き抜いた。
鳥が突出した嘴を開けた。
『ブラックミラー。借智料7。賃借しますか?』
「妥当。賃借する」
『賃借しました。帳簿残高-52です』
その瞬間、左翼の羽がいくつか白から黒に塗り変わった。
鳥は翼をはためかせ、アオイの頭上へと戻った。
アオイは抜いた羽を掲げると、厳かな口調でこう言った。
「書架よ。叡智の炎よ。この手に貸与を許し給え」
突如、地面が燃え上がった。
ケイは悲鳴を上げ、反射的に飛び退いたが、アオイはその場に留まっていた。
むしろ青白い光は、アオイを中心としていた。
光は地面を蛇行した。
その線は円環となり、車輪のような形を成した。
アオイの頬がにわかに紅潮した。
「汝に勝る神はなし」
羽が発火した。
炎はアオイの手中で形を変え、黒く丸い鏡となった。
「な、にが……」
ケイは、目の前の超常現象を受け入れるのに困難していた。
頭は「手品?トリック?!」と繰り返した。
肌は「そんなモンじゃない」とわかっていた。
鳥肌が立つ。
鼓動が高鳴り、胸がざわめく。
なにか、神々しさすら感じる。
結果、ケイの口から出たのは次の言葉だった。
「…………ま、魔法……?」
アオイは首を振った。
「魔法?違う違う、『借智』だ」
「しゃくち……?」
「『大書架』から『叡智』を借りたんだ。もちろんタダではないがな」
意味がわからなかった。
アオイは続けた。
「これはジョン・ディーの鏡だ。実物は大英博物館にあるが、まあ『智』は物質ではないということだ」
またしても完全に意味がわからなかった。
アオイもケイが理解できていないとようやく気がつき、黒い鏡を手に肩をすくめた。
「つまりこれは『過去を映す鏡』だ。この場所を映せば……」
「アイカの自殺を再現できるってコト!?」
ようやく合点がいって、ケイは無邪気に声を弾ませてしまった。
そして言ったそばから、戦慄をした。
待て。
俺は……アイカの死に様を、見なくちゃいけないのか?
アイカが死んだというこの場所で。
『レンタルした』という、その超次元的な力で。
「その通りだ」
アオイは冷然に頷いた。
待ってくれ!
ケイはアオイに手を伸ばした。
しかしそれよりも早く、アオイは鏡をマンションの暗がりに向けた。
黒く滑らかな鏡の表面が、沸々と泡立つ。
泡は波うち、きめ細かい凸凹のヒダとなった。
それはまるで手の上の小さな海のようだったが、やがて動きを止めた。
「面白い!こうなるのか」と、アオイはやや興奮した調子で言った。
「見てみろ。過去がレリーフになったぞ!」
アオイは鏡をケイに見せた。
ケイは顔を背を間も無く、鏡上の浮き彫りを目に入れた。
「……ウ、ぶ」
瞬間ケイは崩れ落ち、嘔吐した。
アスファルトの上に、ドロドロの内容物が流れ落ちた。
鏡の表面に形作られたもの。
それは紛れもなく、ケイの元客・アイカの変わり果てた姿だった。
綺麗にヘアメイクされた頭が砕け散っていた。
飾られた体はうつ伏せに、液体の中に浮かんでいた。
こんなの嘘だ、幻想だ、とケイは頭を振った。
仮に真実だとしても、俺には関係がないと信じたかった。
それでも見逃すことは、到底できなかった。
アイカの小指には、短い糸のようなものが巻かれていた。
レリーフに色はなかった。
しかしケイにはそれが何か、容易に見当がついた。
ーーーー好きな人の髪を手に入れて
ーーーー小指に巻いたら、夜空にダイブ♡
「なんなんだよッ!」
ケイは胃液と共に吐き出した。
「なん……ッなんなん、なんなんだよッ!これッッ!!」
「呪いの原因だ」
アオイの声は冷静だった。
「君と共にいたいという、切なる願いだ」
「推奨はできないがな」と、アオイは渦の瞳を伏せた。
その憐憫を伴う視線は、ケイをより一層情けない気持ちにさせた。
「うるせえよッ!アンタも俺のせいだって言うのかよ!!」
ケイは犬のように叫んだ。
このまま四つん這いになってでも、逃げ出したかった。
「優しくしてくれた?営業に決まってんだろ!みんなやってる、なんでわかんないんだよ!」
でももう、そんな余力もなかった。
見ないでいたことを、ケイはすでに直視してしまった。
「立替も夜もお前が始めたんだろ……続かなきゃ会わない……そんなん、自己責任だろ……」
ケイは嗚咽した。
ボロボロになった顔のいたるところから、体液が流れ出ていた。
「お前だって、俺のこと都合よく使ってたじゃん……毎日メンケアさせんなよ、当たり散らしてくんなよ……客なんて人じゃねえんだよ、そう思わんとやってけねえよ……」
アオイは、何も応えなかった。
体内の全てを吐き出そうとするケイを、ただ黙って見下ろしていた。
アオイはそのまま、しばらく鏡を指でなぞっていた。
そしてあるところで手を止めると、暗闇の中で目を閃いた。
「おい、これを見ろ」
アオイは素早くケイの元にしゃがみ込んだ。
ケイに向けて、再び鏡のレリーフを見せた。
ケイはボロボロと涙をこぼしながら、力無く首を振った。
あんなものは、二度と目に入れたくなかった。
「目を逸らすな」
アオイは強い口調で叱咤した。
もう一度、鏡をケイに突きつけた。
「ちゃんと見ろ。光明はある」
ケイは引きちぎれんばかりに首を振った。
硬く目を瞑って呻きながら、唯一の逃げ場へと転げ込んだ。
しかし、そこには何もなかった。
それどころか瞼を介してでも、アイカの姿が目に浮かんだ。
よく褒めた髪型と服装で、血の中に倒れるアイカの最期。
胸が突き刺されたように痛い。
逃げる場所は、もうどこにもなかった。
ケイは薄目を開けた。
急に開けた視界が、夜なのに不思議と眩しかった。
漂白されたその先には、アオイのケロイド指があった。
指は鏡のある一部分を指していた。
それはアイカ本人ではなく、その横に転がる四角い物体だった。
「……スマホ……?」
ケイは素直に呟いた。
見覚えがあった。モコモコケースに包まれた、アイカのスマホだった。
ケイは重い瞼を持ち上げる。
よく目を凝らすと、スマホの画面が見てとれた。
スマホには、メッセージのやり取り画面が映し出されていた。
メッセージは、アイカに飛び降りる場所を指示していた。
誰かが、死ぬ直前のアイカと連絡をとっているーーーー!
ケイは急いでスマホ画面上部に注目した。
差し出し人の名前を確認した。
そこにはこう表示されていた。
「『キルケ・ゴール』……?」
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X
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ブルースカイ
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(Xは日常垢を兼ねてるので、純粋に更新だけ追うにはブルスカがお勧めです)
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