12(終)
結局ケイは、考えた末に救急車を呼んだ。
片や自殺未遂の少女、片や倒れたアオイときては、流石に手に余った。
程なくして狭い路地を、赤いランプが照らした。
白い救急車が入ってきて、このよくわからない状況に収集がついた。
ケイは最初、少女とアオイ2人とも回収してもらおうとした。
少女はやや錯乱していたが、隊員らの手を借りて、救急車に乗り込んだ。
しかしアオイは「私は残せ!」と必死の形相でケイを掴んだ。
どうやら病院送りにされると、色々と都合が悪いようだった。
思えば自分の呪いでさえ、誰も取り合ってくれなかった。
推定500年歳以上の人間を公的機関に晒すのは、もっと厄介かもしれなかった。
ケイは、寸のところでアオイだけ引き取ることにした。
救急隊員は不審そうな目で見たが、アオイがなんとかにこやかに「大丈夫です」と話したので、辛くも誤魔化すことができた。
救急車が去った後、ケイはアオイを背負って自宅に戻った。
「見送りありがとう。この辺りでいいぞ」
数日後。
新宿駅東口。
待ち合わせや勧誘の人でごった返す場所に、ケイとアオイは立っていた。
あの夜の後、アオイはケイの家で療養をとった。
もちろんその間も、1日1回アオイの『智』負債は増えた。
とはいえ多額『借智』、かつ返還延滞をした時よりかはマシか、とケイもどこか慣れてしまった。
ケイの献身的な看護もあり、アオイは体力を取り戻した。
「いやはや、世話になった」
Tシャツにジーンズ、黒キャップの格好に戻ったアオイは、うなじをさすった。
「今回ばかりは無理が祟ったな。次からは気をつけるとしよう」
ケイは苦笑した。
そんなことを言っていても、アオイはきっと何度でも身を削って人を助けるのだろう。
アオイといたのは数日の間だったが、ケイにはそれが容易に予想できた。
目の前の命を、何が何でも取りこぼしたくない。
その気持ちが、今のケイには切ないほど理解できた。
アオイはこれから、東京を離れてどこか地方に行くらしい。
ケイはおずおずと聞いた。
「本当に……もう行くの?もう少しいても、いいんじゃない?」
アオイはうなじから手を下ろした。
「いや、行くよ。今回大分減らしたし、また世界中を巡って『智』を集めるさ」
ケイの心は、小さく波立った。
アオイは自傷的な救出行為をするし、何より500年以上借りては返しの借『智』地獄にいる。
今なら自分も、少しはアオイの役に立てるかもしれない。
そう微かに期待していたのだがーーーーフラれてしまった。
「そんな顔をするな」
アオイはキャップのつばに指をかけ、僅かに下げた。
手は相変わらず、火傷痕ばかりだった。
「これでもまあ、楽しんではいるんだ。新しいことを識ると胸が躍る。そういう意味では、ある意味私の呪われているな」
アオイの頭上には、白い鳥がいる。
フクロウのような瞳に、ワシのような嘴。
鳥は結構目を引く様相だが、この雑踏の中、誰もアオイの頭上に注目する人はいなかった。
この『借智』鳥は、自分とアオイにしか観えていないようだ。
別れの間際になって、初めてそのことに気がついた。
「一応タネ明かしをしておくが」
アオイはケイを指差した。
「君は身近な死への無自覚な自責に病み、超霊媒体質になった。それが君の呪いで、しかもその状態を『智』として『大書架』に収めてしまった。これから色々と苦労するぞ。何かあったら、すぐ私に連絡しろ」
捲し立てられて、ケイは再び苦笑した。
それから少し嬉しくもなって、照れ隠しに金髪を掻いた。
アオイも釣り上げていた眉を下げて、柔らかく笑った。
「ケイは、しばらく東京にいるのだろう?」
そう聞かれて、ケイは頭から手を下ろした。
「……ああ。俺はーーーー『キルケ・ゴール』を探す」
『キルケ・ゴール』。
ケイはアオイが録音した音声を元に、SNSを駆使して『おまじない』の実態を告発していた。
その結果、出回っていた『おまじない』は、飛んでもない嘘として廃れた。
しかし同時に『キルケ・ゴール』も鳴りを潜めた。
今でも実しやかに噂は流れ、人怖系都市伝説として語られているが、実体は見えない。
本当に消えてしまったのかもしれない。
だがケイは、『キルケ・ゴール』は再び暗躍する、と踏んでいた。
あの時対峙した青年の語り口が、ケイに確信めいた予感を抱かせていた。
「もう名前は変えてると思う。だけど俺は、アイツらを探し出す。探し出して、必ず止めてやる」
アオイは頷くと、「まあ何かあったら連絡してくれ」と渦の瞳を細めた。
「あ!連絡と言えばさ……」
ケイはポケットからスマホを取り出し、アオイに見せた。
そこにはSNSアカウントが表示されていた。
可愛いデフォルメお化けのアイコンに、『ケイ@新宿オカルト系ルポライター』という名前が添えられている。
「オカルト系ルポライタァ?」と、アオイは素っ頓狂な声を上げた。
「そ、俺呪われてんじゃん?だからホストは辞めて、それを活かそうと思ってさ」
ケイはスマホを手元に戻し、新しいアカウントを誇らしげに眺めた。
「アングラ情報を集めるんだ。記事書いて、名も売って、『キルケ・ゴール』の尻尾を掴んでやる」
「君は……超霊媒体質だと言っただろうが……」
「自らエサになるようなもんだぞ」と、アオイは嘆息した。
しかしケイが「『囮役』やったアンタが言う?」と返すと、アオイは観念したかのように脱力した。
「まあでも、悪くないとは思う」
「だろ?」
ケイは満面の笑みを浮かべた。
「いつかアンタにも、いい『ネタ』を提供してやるよ」
アオイも可笑しそうに笑った。
「楽しみにしてるよ」
そうして、ケイとアオイは別れた。
ケイは駅の階段を降りるアオイを見送っていたが、ふと焦点をずらした隙に、その背は雑踏に消えてしまった。
まるでアオイなど、最初から存在していなかったかのようだった。
ケイは気が済むまで、アオイの消えた新宿駅東口を眺めていた。
心に整理をつけると、ケイは踵を返した。
それでも現代には魔女がいる。
右手に残る覚悟の感触が、それを教えてくれている。
ま、家にも帰るか。
ケイは一歩足を進めた。
その時、ポケットの中に振動を感じた。
スマホを取り出す。
通知を開くと、メッセージが展開される。
『店の怪現象に困っています。助けてください』の文字。
ケイの心臓は、ドクンと高揚感に震えた。
ケイは一つ、仕掛けをしていた。
『おまじない』の真相を告発したのは、オカルト系ルポライターアカウントだった。
その際同時に、ケイは宣伝もしていた。
『人には言いにくい!悩み、困り事、怪現象、お気軽にご相談を!』
人を人として、積極的に扱いたかった。
アオイのように、誰かのために、頭と体を張りたかった。
そんな思いで出した文言だったが、案外依頼が来るものだ。
もしかしたらただのイタズラかもしれない。
だとしても今のケイを後押しするには、十分だった。
オカルト系ルポライター、兼、トラブルシューターの初出動だ。
「ぃよっし、予定変更!」
ケイは足取り軽く、ともすればスキップなんかをして、新宿の街中へと飛び込んで行った。
これにて完結となります!!
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