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挿絵(By みてみん)




ケイに羽交い締めされたまま、好青年は微笑んだ。



「ははは、驚いた。なんですか?急に」



あまりにも、普通の反応だった。

ケイは躊躇した。

人違いが横切った。

しかしすぐに、ケイは「誤魔化すな!」と切り返した。



「俺以上のタイミングでココに来るのは、てめーしかいないんだよ!『キルケ・ゴール』!!」



好青年は一瞬眉を上げたが、ゆっくり目を細めた。



「そう、お兄さん、知ってるんだ」



ケイはぞっとした。

仮にもここは自己現場だった。

すぐそこで、人が落下した場所だった。


ケイはそれを事前に知っていた。

それでも、アオイの墜落には肝を冷やした。

今でも生きた心地がしない。アオイが生きているかもわからない。


にもかからわず、この青年ーー『キルケ・ゴール』は妙に爽やかだった。

ちょっと天体観測しにきたような雰囲気だった。



「……ああ、思い出した。僕もお兄さんのこと知ってるよ」



『キルケ・ゴール』は明るく言った。



「確か、お兄さんと結ばれたいって子がいたよ。写真とかすごい見せられて。アレ、うざかったなあ」



アイカのことだった。



「てめ……ッ!」



目の前カッと赤くなった。

衝動的に『キルケ・ゴール』を突き飛ばしそうになった。



「……くッ」



だが、寸のところで止めた。

今コイツを手放したら、逃げられてしまうかもしれなかった。

ケイは代わりに、『キルケ・ゴール』を押さえ込む腕に力を込めた。



「よくもまあ……ぬけぬけ自白できたもんだなあ!」



『キルケ・ゴール』はまた笑った。



「まあ『キルケ・ゴール』は特に何もしてないからねえ……」

「は!?『おまじない』の体で自殺教唆しただろ!」

「あはは、難しい言葉を知っているね?違うよ、ただ『おまじない』を教えただけだよ」



『キルケ・ゴール』は首を傾げた。

押さえつけられ、正体を暴かれ、圧倒的に不利なはずなのに、いやに涼しい顔をしていた。



「ポータルに飛び込めば、まあ天使だか魂だかになって好きな人と一緒になれる……そう言っただけだよ。それで結果的に自死を選んだのは、彼女たちじゃないかな?」

「なッ……」



ケイは言葉を失った。

詭弁だ。

だが反論できなかった。


確かに『キルケ・ゴール』は、「死ね」とも「自死しろ」とも言っていない。

所定の場所から、「ポータルに飛び込め」と指示しただけだった。


……じゃあみんな、飛び降り以外の方法を探せばよかったのか?


いや、違うだろ!と、ケイは納得しかけた自分を叱咤した。



「なんで……どうしてッ!こんなエグいことやってんだよ!!」



ケイは反論の代わりに問うた。



「呪いとか呪術とか!まじでそんな事してんのか?!」



すると『キルケ・ゴール』は、本当に可笑しそうに声をあげた。



「ないない。普通に嘘だって。あれ、『おまじない』信じてた?お兄さん、スピってるね」

「は?……は?!じゃ、じゃあなんで……!」

「相場操縦って言えばいいのかな。ほら、新宿って地価高いでしょ?」



そうば、そうじゅう……?

話が予想外のベクトルへ飛び、ケイはすぐに反応できなかった。

『キルケ・ゴール』は構わず続けた。



「それに困っている人が一定数いる。だから『キルケ・ゴール』は土地の価格を下げるの。どうやってやるかわかる?」



ケイは混乱した。

頭の方向感覚を失い、思考が交錯した。

記憶がぐるぐると回る中、いつかのアオイの言葉がこめかみを刺激した。


ーーーー②『キルケ・ゴール』は、特定箇所での死亡にこだわっている。


ケイはハッと目を見開いた。



「意図的に……事故物件を作る……?」



『キルケ・ゴール』はにっこりと微笑んだ。

それは明らかに肯定を意味していた。

ケイは喉を震わせた。



「ひ、人死にを出して……わざと、値段を下げてる、のか……?」

「それを望む人がいるからね。クライアントによっては今回みたいにダメ押しもする。まあ『キルケ・ゴール』が瑕疵をロンダリングして、転売する時もあるかな」

「かひを、ロンダリング……?」

「はは、土地の洗濯。事故を有耶無耶にて、『綺麗な物件』として売り出すんだよ」



事故を有耶無耶にする……って何だ?


ケイは自問した。


それはつまり、『おまじない』に騙された子たちのーーーーアイカの死を、消す、のか?

土地の洗濯、だって?

自殺を引き起こしているのは、そもそもお前じゃないか!!



「そんな……そんなふざけた話があるかよ!」



ケイは叫んだ。

身の内で嫌悪と混乱と悲嘆が渦巻き、胃壁を焼いた。



「人は……人の命は!道具なんかじゃないッッ!」



ツンと、鼻の奥が悲鳴を上げた。

目の縁が溢れ出た激情分、重みを増した。



「お兄さん、ロマンチストだね」



『キルケ・ゴール』はそれを蔑むように、またニタリと笑った。



「でも僕は命を尊んでるよ。ホストよりもずっとね。みんな、人を何かに換算するだけでしょ?金とか、感情とか。全く、消費社会の権化だよ」



『キルケ・ゴール』は首を振った。

ケイは唸る以上の返答ができなかった。


人を何かに換算するだけ。

それは紛れもなく、ケイがしてきたことだった。

ケイがされてきたことでもあった。

みんなそうしてるじゃん、お互い様だろ、と流してきたことだった。



過去は、否定できない。



頭痛が酷い。

ケイは耐えかね、『キルケ・ゴール』を抑える腕を緩めた。

しかし『キルケ・ゴール』は逃げ出そうとはしなかった。

むしろ恍惚とした声色で、朗々と語った。



「『キルケ・ゴール』は違う。命の価値を増幅させている。システムによって、死によって!消費の円環を脱し、社会の喜びへと繋げているんだ!」



じゃあ、コイツが正しいのか。

ケイは思った。

だから俺は、結局のところ『呪われている』のか。


肩の力が抜けた。

ケイは『キルケ・ゴール』から、完全に手を離してしまいそうになった。

その時だった。





「まあ、でも死んでいないんだな。これが」





声が、前方から聞こえた。



「しかし……はは、随分痛いな。ただ耐えられるだけじゃないか……」



地面に横たわっていた、黒い塊が動いた。

ケイと『キルケ・ゴール』は、同時にそちらへと目線を向けた。

『キルケ・ゴール』が「えっ……?」と、小さくどよめいた。

高揚していた顔が、潮が引いていくように青ざめた。


ケイ自身、まるで奇蹟を目撃している心地だった。



アオイはよろめきながら、体を起こした。



高層マンションからの落下にもかかわらず、アオイは生きて、再び立ち上がった。

同時にウィッグがずるりと落ちて、本来の人外じみた髪色が表出した。


アオイは手に、金の棒を持っていた。



「ちなみにこれは独鈷杵だ。金剛力士が如く強固な体になるーーーーのだが、痛覚は残るようだな、勉強なるな……」



アオイの頭上では、あの白い鳥が羽ばたいた。

『キルケ・ゴール』は体を硬直させ、ケイは歓喜に震えていた。


アオイは不敵な笑みを浮かべて、黒キャップを被り直した。



「どうだ小僧。世の中、案外スピってるだろう?」



『借智時間を終了します』と、鳥が定形文を述べた。

金の棒は炎に包まれ、アオイの手中から消えた。



「ど、どういうトリックだッ!!」



『キルケ・ゴール』が怒号を上げた。

表情は不均等に歪み、目の前のことを受け入れられないようだった。



「僕は飛び降りるを見た!確認した!なのに……どうして、まだ生きているんだッッ!!」



アオイは「さっき説明しただろう」と服の埃を払った。



「だが強いて言えば、私はいつだって人が生きるために『智』を使う。それだけだ」



その言葉は、ケイの中に深く浸透した。

ひび割れていた心を、温かく湿らせた。



ーーーー君の価値は君が『後悔を抱えて今後どう生きるか』でしかない。



アオイはケイにそう言った。

ケイは今更ながら、その本当の意味を理解した。

アオイも、過去を否定できなかった。

己の後悔を消し去れなかった。



だからこそアオイはーーーー。



ケイの腕に、力が戻った。



「アオイ!」



ケイは『キルケ・ゴール』の体をしっかりと取り押さえた。



「コイツは俺が抑えてる!今のうち警察に連絡してくれ!!」



警察と聞いて、『キルケ・ゴール』はにわかに暴れ出した。

ケイはさらに力を込め、『キルケ・ゴール』の華奢な体を制した。

造作もないことだった。


アオイはケイに向かって頷くと、スマホを取り出した。




アオイの表情が急速に固くなった。




「ど、どうした?」とケイが聞くと、アオイは頬を強張らせたまま、顔を上げた。



「…………まずい」



アオイをスマホ画面をケイに突きつけた。



「今、飛び降りようとしている者いる……!」



そこには『やばいって!ガチおまじないやってる子がいる!』というDMと共に、飛び降りライブ配信がシェアされていた。








SNSにて更新ポストなどをしてます

X

https://x.com/_ohsko_


ブルースカイ

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xは日常垢を兼ねてるので、純粋に更新だけ追うにはブルスカがお勧めです)


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