[8]三日目:魔王の御前です。
光の中から現れたのは勇者によって討たれたはずの魔王、アーデルト・ドラコニアスである。
その身を包む漆黒の鎧には、赤黒い雷光が迸る。
「魔王……? ようやく姿を現したってわけ?」
「語るな。我は貴様に平伏せよと言った」
アーデルトは右手をかざし、Dr.ヘックスに向ける。
「ぐうっ……!?」
Dr.ヘックスを重圧が襲う。全身にのし掛かる重さは、自らの意思に関係なく彼女を地面へと跪かせる。
「貴様、最強の魔女と言ったな」
「そ、それが何? あたしにビビってるのっ……?」
「奇遇だな、我も最強の魔竜である」
「……は?」
アーデルトの背後、円形の巨大な赤黒い魔法陣が現れる。魔法陣の中心、ゆっくりと絞り出すようにしてドラゴンの頭が姿を見せる。
「何よっ……あれっ……!?」
「これは我が力の一部にすぎない。しかし、貴様を葬るには十分だ」
魔法陣からは巨大なドラゴンの首が伸びている。顔が漆黒の鱗で覆われ、琥珀色の眼光で睨みを利かせている。
ドラゴンは大きく口を開き、力を込めるようにして顎を震わせる。口先に魔力が集まり出し、黒い球体が膨らむように形を成していく。
「あれは、さっきあたしが作ってた魔力球っ……!? あたしの真似しないでよっ……!」
「せめてもの手向けだ。自らの魔術で消え去るといい」
「ふざけないでっ……! あんたなんかにやられてたまるかってのっ……!」
Dr.ヘックスは地面に手をつけると、ドラゴンに集まる魔力の一部がDr.ヘックスにも流れていく。
(骸骨はもうヘンな踊りをしてこない。つまりあの踊りは敵味方関係なく魔力を吸収する技のようだね。魔王も魔術が得意なようだし、邪魔はしたくないってことかな)
「でも、それはあたしにも好都合ってワケ……!」
Dr.ヘックスの足元に青白い円形の魔法陣が現れる。
アーデルトは「むっ」となり、警戒する。
「あなたがあたしの擬似空間にアクセスしてた生意気なやつなのはわかった。お互いに召喚魔術が得意なようだし、せっかくだから楽しもうじゃないの!」
「そうか、貴様の召喚魔術で勇者を城へ侵攻させていたということか……」
「今更気づいても遅いよ。……エニグマ!」
Dr.ヘックスの足元にある魔法陣が光を強める。
「リンク・エンゲージ! アセンブルっ!」
「《融合開始》」
Dr.ヘックスの声とともに、ノイズの走る声が響いた。
瞬間、魔法陣から巨大な機械の手が伸びると、そのままDr.ヘックスを握るようにして包み、瞬時に閃光を放った。
「この姿こそ、ヘックス・ソーサレス。あたしの本気ってワケ」
閃光の中から現れたのは、全身が銀色の鎧で覆われた戦士。脚の構造が逆関節状になっている。
青白い雷光を迸らせる手を正面に掲げると、光が集まって大杖のような形を作った。
「さぁ、どっちが最強の魔術師か決めようよ。もちろん、あたしの方が強いに決まってるけどっ!」
ヘックスは上空へ勢いよく跳躍した。その背には光の翼が現れていて、風を切って自由に上空を舞う。
「小賢しい! 撃ち落としてくれる!」
アーデルトはドラゴンが溜めた黒い球体を上空に向けて放つ。黒い球体は複数の弾となり、高速で移動するヘックスを追跡する。
「魔術の形態変化も完璧ってワケ? でも、あたしには効かないから」
ヘックスは高速飛行をしながら手に持った光の杖を振るい、次々と弾を撃ち落とす。バレルロール、バレルターンと駆使して軌道に爆発だけを残していく。
「遅いね、もっと疾く動けないの?」
ヘックスはアーデルトの真上に到達すると、きりもみ回転をしながら急降下し、杖を振るって魔法陣から伸びるドラゴンの首を両断する。そのまま地面に着地し、アーデルトに向けて追撃する。
キィィィンッ!!!
アーデルトは咄嗟に魔力で赤黒い大剣を生み出し、ヘックスの攻撃を受け止めた。その衝撃で床にヒビが生じ崩壊する。
「うわぁっ!」
「あら〜!」
アーデルトとヘックスの戦いを隠れてい見ていたアリシアとコッツが床の崩壊に巻き込まれ、下階へと落下していく。
「デュラちゃんっ……!」
アリシアは自由落下するデュラを見つけ、咄嗟に瓦礫をつたって抱きとめた。
しかし、デュラを抱きとめたことでアリシアは受け身を取ることが出来ず、勢いのままに地面へと激突する。
「うあぁっ……!」
アリシアはゴロゴロと転がりつつ、しっかりとデュラを抱きしめ守っている。やがて壁にぶつかり、顔を覆う甲冑が破損した。
アリシアの顔は血に塗れ、ツノが折れてしまっている。
「うぅっ……よかった、デュラちゃんは無事だっ……」
アリシアに抱かれるデュラは落下による怪我はない。アリシアは安堵の表情を浮かべた瞬間、その場で意識を失った。
上空では、依然としてアーデルトとヘックスの戦いが繰り広げられている。
「魔王も大したことないね、このままだと本当にあたしが勝っちゃうよ?」
「小娘が。勘違いも甚だしいな」
「小娘って……あたしはちゃんとした大人だけど!?」
ヘックスの攻撃が力を増し、アーデルトは大剣で全ての攻撃をいなす。衝突のたびに赤と青の光が混ざり、紫の光を放つ。
「あたしの攻撃に手も足も出てないじゃん! その程度でよく偉そうな口が叩けるね! 形だけの魔王とはいえ、態度だけは立派なのかな?」
ヘックスは足蹴りでアーデルトを吹き飛ばし、光の杖を構える。
「つまらないからもう終わりにしよっか! あたしの魔術の方が優れているの、しっかりと味合わせてあげる!」
ヘックスの杖の先には光が集い、強力な一撃の準備を整えている。
アーデルトはただじっとして、ヘックスの様子を探っている。
「貴様はさっきまでの戦いで何を見ていた?」
「え……?」
「魔術を使えるのがそんなに楽しいか? まぁ、魔術しか取り柄のない貴様にとっては嬉しくて仕方がないだろうな」
「な、何? 命乞いなら聞いてあげても良かったけど。そういうの、往生際が悪いって言うんだよ」
ヘックスの杖の先に集う光は強さを増す。
「まだわからないか? 貴様が相手にしているのは最強の魔竜だ」
瞬間、ヘックスから銀の鎧が消失し、Dr.ヘックスの姿に戻った。
「なん、でっ……!?」
鎧を失ったDr.ヘックスは浮力を失い、真っ逆さまに落下していく。その真下、赤黒い魔法陣から再びドラゴンが首を伸ばし大きく口を開ける。
「竜血、それは魔力の源流。全ての魔力はそのひとつに帰結するのだ」
「ま、まさかあなた……!」
「魔力無くして魔術は無い。その魔力も、全てはこの我から生まれたもの。我こそが魔力の支配者だ」
「ふざけんな───ッ!!!」
口を大きく開けたドラゴンは落下してきたDr.ヘックスを飲み込む。
途端に首筋から光を放ち、ドラゴンの首が勢いよく破裂した。
「……逃げたか。腐っても最強の魔女というのは本当のようだ」
◆
ドンガラガッシャーンッ!
「うわあああっ!? 何ごとっ!?」
帝国城・食糧庫。狭い空間に蓄えられた食料をひっくり返す物音に、料理長のユウリが飛び跳ねた。
「むかつく……! あいつ、魔力なら誰のでもお構いなしに吸収するとでも言うの? そんなのズルじゃんっ……!」
散らかった食料に埋まるDr.ヘックスは、爪を噛みながらぶつぶつと呟いている。
「へ、ヘッちゃん!? 何でここにいるの!?」
「だとしたら、あたしとは相性が悪すぎる……。あんなやつを魔術以外で討伐なんて無理、出来っこないでしょ……」
「ちょ、ちょっとヘッちゃん! 聞いてる!?」
「うるさい! あたしは機嫌が悪いの!」
ぐぎゅるるるる……。
「あっーもうっ! お腹空いた! ごはん作って!」
「えぇ……、それは流石に自分勝手すぎるよぅ……」
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