[7]三日目:最強の魔女です。
魔界はいつになく曇天である。
勇者との戦いで物理的に開放感溢れた謁見の間には、魔王に扮するアリシアが玉座にもたれ掛かっている。
「はいはいはい! 暗い暗い! ドンクラァイ!」
アリシアの前には、高めの男声で陽気に踊る一人の骸骨がいる。この骸骨は、スケルトン族のコッツである。古典的な民族衣装を着た、踊り子のような見た目をしている。
「魔王ちゃんってば落ち込みすぎよぉ〜! もっと前向きにイキましょ! ま・え・む・きぃ〜!」
コッツは忙しなくダンスを続ける。そんなコッツをアリシアは横目で見るなり舌打ち……はしていないがひどく機嫌を悪そうにしている。
(スエルの魔力を使って召喚したのがよりにもよってこの骸骨……。こっちはそんな気分じゃないのに、すごくうるさいっ……!)
アリシアは玉座を盾にコッツから逃れようとするも、コッツは華麗な動きでアリシアの視線に入ってくる。
「魔王様……、すぐに次の作戦を考えましょう」
「デュラちゃんっ……!?」
謁見の間にやって来たのは、全身に包帯を巻いたデュラだった。アリシアは踊り狂うコッツを他所に、急いでデュラのもとへ駆け寄った。
「動いちゃダメだよ! まだ歩けるはずもないのにっ!」
「いいえ、寝ている暇なんてないの。こうしている間にも勇者は攻めてくる。私があなたを守るから……」
デュラは体勢を崩し、アリシアが受け止める。
(こんな状態のデュラちゃんに戦わせるなんて出来ないよっ……! わたし、どうしたら……)
アリシアの視線の先には、変わらず踊り続けるコッツ。そして、自らの手。
「わたしが、何とかしなきゃ……!」
「ふーん、随分と広々してるんだね。模様替えでもするつもり?」
突然、玉座の方から女の声がした。
アリシアが視線を向けると、そこには玉座に足を組んで座るDr.ヘックスの姿があった。
「だ、誰?」
「あたしはヘックス、最強の魔女だよ。あなたたちにも凄い魔術師がいるんでしょ? だからこうして直接、会いに来てあげたんだ」
するとデュラは、懐からナイフを取り出してDr.ヘックスに向けて投擲した。
キィンッ!
しかし、ナイフはDr.ヘックスに届くことなく、手前で何かに当たるようにして弾かれた。
「何っ……!?」
「無駄。あたしに投げものは効かないよ」
Dr.ヘックスは懐から魔術書を取り出し、パラパラとページをめくりだす。トンッと指を置いてページを止めると、おもむろにページを破った。
「お仕置き、必要だよね?」
Dr.ヘックスの手から放られたページはひらひらと宙を舞い、焼け焦げるようにして消えていった。
「があぁっ……!!!」
瞬間、デュラが風を巻き上げて勢いよく後方へ吹き飛んでいった。突然の出来事にアリシアは呆然とし、横目でデュラを見やった。
「デュラ……ちゃん……?」
デュラは壁にめり込み、瓦礫に埋もれている。
アリシアが最初に見た勇者、ドラジャンを彷彿とさせる光景に息を呑んだ。
「ところで、魔王ってどいつ? あたしも一応は作戦に参加してるし、ついでに倒そうと思うんだけど……」
Dr.ヘックスは玉座から立ち上がり、呆然とするアリシアの目の前まで歩いてきた。
「まさかあなたが魔王、じゃないよね?」
アリシアを睨むDr.ヘックスを前に、アリシアの体は震え、ただじっと立ち尽くす。
アリシアを、確かな恐怖が支配した。
「ミラクルサンバっ! 元気でろでろっ!」
Dr.ヘックスの背後でやかましい声が響く。次第にチャカポコと小気味いい音が鳴り出した。
「何、あいつ……」
Dr.ヘックスが懐疑的な視線を向ける先には、音に合わせて不思議な踊りを見せるコッツの姿があった。
「ちょっと、うるさいんだけど」
Dr.ヘックスがコッツに近づき、手に持った魔術書で殴りつけようとしたその瞬間である。
バリィッ!
「えっ?」
ガラスの割れたような音が響いた。
それと同時に、Dr.ヘックスの周囲からは透明な破片が飛び、光となって消えていった。
すると、Dr.ヘックスはコッツから距離を取って身構えた。
「まさか、ジャミング? あたしの魔術が、あんなヘンな踊り程度で邪魔されたって言うの?」
Dr.ヘックスはぶつぶつと呟く。それを他所に、コッツは相変わらずヘンな踊りを続けている。
「ドリームサンバっ! 気合いにょきにょきっ!」
「あなた生意気だよ、あたしの邪魔をするなら容赦しないから」
Dr.ヘックスは魔術書を開き、再びパラパラとページをめくりだした。
「ん〜その通り! アタシは、生・イ・キなのっ!」
「さっきからうざいんだけどっ!」
破られたページが宙を舞い、焼失する。
「……」
しかし、何事も起きることなくコッツは依然として踊り続けている。
「何で!? 何でよ!? どうしてあたしの魔術が効かないのっ!?」
Dr.ヘックスは地団駄を踏み怒り出した。
(今のうちにデュラちゃんをっ……!)
アリシアは隙を見てデュラのもとに駆け寄る。瓦礫の中から抱き起こし、様子を探る。
(まだ息はある、気を失っているだけみたい)
そのままデュラを抱え、柱の陰へと移動させる。
「あっーもうっ! イライラする! もう知らないから! 全部、まとめて吹き飛ばせばいいよね!」
Dr.ヘックスは魔術書を取り出し、そのまま勢いよく左右へ真っ二つに裂いた。
数多のページが宙を舞い、次々と焼失していく。
「これであなたもおしまい! この城も、魔王も全部! 一緒に消し飛ばしてあげる!」
Dr.ヘックスが高らかに笑い声を上げる上空、巨大な黒い球体が姿を現している。
その球体からは光が降り注ぎ、城に向けて落下していくことを示しているかのようだ。
「……待って、どうして魔力が落ちてくるのよ。あたしはあの球体に、魔力を注いでいるんだけど?」
Dr.ヘックスは怪訝な顔をする。
(そう言えばあの骸骨、いつからここにいたの? あたしが黒甲冑を睨んでいる時にはいたから、それより前? だとしたらいつ? あたしがここに来てから?)
「……まさかあいつ、ずっとここにいたの……?」
「あら〜? どうしちゃったのかしら! そんなにアタシを見てダ・イ・タ・ンっ! なんだからっ!」
コッツは踊りをやめない。コッツは常に踊り続けている。
「あの変な踊りはジャミングが目的じゃない……まさか、魔力を吸い取るフィールドを維持するため!? そのせいで魔術そのものが形を成せなくなっているんだ! だとしたらっ……!」
Dr.ヘックスは近くに落ちている石を拾い上げ、コッツに向けて投げ始める。
「このっ……! その踊りをやめなさいよっ……!」
「嫌よ〜! アタシの踊りはビーハッピーだものぉ〜!」
コッツは踊りながら石を回避する。こうしている間にも、上空に作られた黒い球体からは続々と魔力が溢れ出して落ちてくる。
「あたしとしたことがっ……! 自分の才能に過信して武器を持ってこないなんてっ……!」
Dr.ヘックスには近接攻撃をする手段がない、唯一の武器だった魔術書も破り捨ててしまったのだ。
「さぁて、そろそろ! ドラゴンちゃんっ! 出番よぉ!」
「ぎゃおっ!」
突如、コッツのドレスの中からドラゴンが飛び出した。
ドラゴンは地面に手をついて大きく息を吸う。
「何っ……!? 何なのよっ……!」
「ぎゃおちゃんっ……!?」
「ぎゃお──────ッ!!!」
咆哮とともに、ドラゴンは赤い閃光に包まれた。
その場にいる全員が、眩さに目を細める。
「誠に大義であった。賞賛を送ろう、コッツ」
「ありがたきお言葉っ……アタシには勿体なく存じますぅ……」
「あれって、もしかして……!」
真紅のマントを翻し、漆黒の鎧を纏う存在が一人。
光の中よりその姿を現した。
「さて、魔王の御前である。平伏せよ、人間」
閲覧ありがとうございます。
ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。
※無断転載を禁じます。