[6]二日目:ただのスライムです。
「魔王様、この者は自分にお任せ下さい」
アリシアの背後に立つ勇者カザマ、その背後にはもう一人のカザマが刀を構えている。
このもう一人のカザマこそ、スライムのスエルである。
「拙者と同じ姿……誠に不愉快極まりない」
「ええ、そうでしょう。自分はクソなりに他人をキレさせるのが得意なのですから」
瞬間、カザマが身を回してスエルに斬りかかった。スエルは構えた刀で受け止め、大きく後ずさる。
「スエルが、あの勇者と同じ姿になってる……どうして?」
「……きっと、首を吸収したのよ」
「首って、さっきデュラが落としたやつだよね?」
アリシアが辺りを見回すと、近くに転がっていたはずのカザマの首が無くなっていることに気づく。
「スエルは擬態能力を使って相手と同じ姿、同じ力を手に入れる。スエルにとって情報こそが武器なの。だから最後まで自らの能力を伏せていたのよ」
「そ、そんな理由があったなんて……」
アリシアの見守る先、カザマとスエルは激しく打ち合う。しかし、徐々にスエルは押され力の差が開いていく。
「所詮は紛い物。拙者の剣技を真似ることなど出来ぬ」
「そうですね……ですが、それは貴方にも言えることですよ」
「何……?」
スエルは自らの両足を液状に変化させ、するりとカザマの背後へと回る。カザマは意表を突かれて体勢を崩した。
「互いに怪物同士。本物なんてものは、もはやございませんっ……!」
スエルはドロドロとした足でカザマに絡みつき、刀を構えてカザマの背後に突き立てる。
ズサッ!!!
「なんとっ……!?」
カザマは自らの胸に刀を突き刺し、背後にいるスエル諸共貫いた。
「其方の申す通り、拙者は人に非ず。互いに怪物同士、心行くまでし合おうぞ!」
「いいでしょうっ……!」
スエルも負けじとカザマに刀を突き刺す。異様な光景である。
カザマは血を吹き出し、スエルは水のようなサラサラとした液体を流している。
壮絶な命の削り合いを前に、アリシアは息を呑む。
◆
帝国城・地下
石造りの狭く薄暗い場所に蝋燭の灯りを揺らす三人がいる。
二人の兵士を先頭にジメジメとした地下道を進むバルバは、最凶の竜狩りの剣士に会うため、地下深くにある独房へと向かっている。
グオオオオォォォォ!!!
「い、今の声は……!?」怯える兵士の一人。
「狼狽えるな。ヤツは飢えているんだ、血にな……」
兵士が頑丈な鉄格子に掛けられた鍵を開ける。入り組んだ階段を抜け、やがて独房の前へと辿り着く。
独房は壁のような分厚い扉で区切られている。この先に、最凶の竜狩りの剣士がいるのだ。
独房の扉についた食事を入れる小窓を前にバルバが立つ。
「隊長、お気をつけください。ヤツはそこから手を伸ばして勇者ジャイヤスネーフを殺害したのです」
「ああ、話には聞いている」
小窓のフチには、生々しく血の痕がベットリとついたままだ。バルバは小窓の取手に手をかけ、勢いよく開いた。
ガシィッ!
瞬間、小窓の奥から手が伸びてバルバの腕を掴んだ。
その手は痩せ細ってはいるものの、力強く食い込ませるようにしてバルバの腕を離さない。
「くぅっ……! これほどの力とはっ……!」
「血を……寄越せっ……!」
独房からは掠れた男の声。
兵士は剣を引き抜き、剣先を使って手を突く。
剣でつんつんするシュールな絵面だが、兵士たちも必死な思いなのである。
やがて力を失った手は中へと引っ込み、バルバは一息ついて腕の感触を確かめる。
「ジーク・ムント……、恐ろしい男だ……」
◆
再び魔王城。
スエルとカザマは火花を散らしながら刀で打ち合う。
「如何した、動きに鈍りが見えるぞ」
「ええ、自分でもわかりますとも……!」
スエルは明らかに勢いを落としている。対するカザマは依然として力強く刀を振るっている。
カザマからの攻撃に防戦一方のスエルの足からは、ドロドロと液体が溢れ落ちていく。
「スエル……! もう、限界が近いんだ……!」
「アリシア、あなただけでも逃げて。私がもう一度、スエルと一緒に……」
「ダメだよ! そんなことさせない! デュラも、スエルも絶対に殺させないッ……!」
アリシアはデュラの治療を続ける。その手を震わせ、必死に回復魔術を行使する。
「魔王様……」
「余所見はならぬぞ!」
ガキィッ!
不意を突いたカザマの刀が、スエルの刀を粉々に砕いた。
その勢いのまま、カザマはスエルの胸に刀を突き刺す。
「三の太刀・火廻!」
スエルに突き刺さる刀からは炎が爆発するように立ち上がり、スエルの胸元に穴を空けた。
「ぐうっ……!」
スエルの体からはゼリー状の破片を散らす。それはぺたぺたと軽快な音を立てて地面に落ち、香ばしいニオイを漂わせた。
「もはや是迄。その身、既に限界であろう」
「敵に心配をされるとは……、不愉快極まりないですね……」
スエルは膝から崩れ落ち、カザマの前に項垂れた。
「其方との戦、誠に愉快であった」
「それは、聞き捨てならない言葉です……。自分は、クソである自分は、如何なる時も相手を不愉快にさせなければならないのです……」
スエルはカザマの刀、その刃を握る。
ふるふると手を震わせながら力を込め、透明な液体を垂れ流す。
「戯言を。誉ある死を与えんとする心意気を無下にするつもりか」
「最初からいらないのですよ、そんなものは……。自分が欲しいのは、貴方の体なのですからっ……!」
「何……?」
ドクンッ!
「ぐぅっ!?」
突然、カザマが胸を押さえて苦しみ出す。
「お伝えしたはずですよ……その刃を受けるのは自分だと……」
「貴様ッ…..! 謀ったなァ……!」
カザマは途端に胸元を掻きむしり、必死に何かに抗っている。
「えっ……何が起きているの……?」アリシアは困惑する。
「魔王様どうか、自分からの願いを聞き入れてはもらえませんでしょうか……」
アリシアはスエルからの言葉を待つ。
スエルはすでに、身体の半分が溶けてしまっている。
「どうか、自分に残された魔力で新たな魔物の召喚を……。貴女方とともに戦えたこと、誇りに思います……」
「スエルっ……!」
「ぐあああぁぁぁ──────ッ!!!」
カザマが叫び声を上げた瞬間、その胸元が破裂して大きな穴が空いた。
穴の中心には、ドクドクと鼓動する心臓が残されている。
「確か、真ノ人。でしたね……」
スエルは最後の力を振り絞り、折れた刀を投げ飛ばし心臓を突いた。途端に心臓は砂となり、カザマはその場に倒れ込んだ。
「スエル……!」
アリシアはスエルのもとに駆け寄る。デュラも起き上がり、足を引きずりながら隣につく。
スエルはカザマの姿から、ただのスライムへと戻っている。
「ああ、さっきのは転換魔術ですよ……自分の一部を埋め込んで、自分と同じ傷を負わせるだけの単純な魔術です……」
「そんなことどうでもいいよ! スエルは……スエルはっ……!」
アリシアは嗚咽を漏らす。
デュラはアリシアの肩に手を置いて憂いを見せる。
「ぎゃお……」
ドラゴンが瓦礫の中から姿を現し、スエルのもとにやって来た。スエルに手を乗せ、その魔力を吸収する。
「ぎゃおちゃんっ……!」
「アリシア、スエルの願いを叶えましょう。私たちは必ず勇者を倒す。そして、必ず魔界に平和をもたらすの」
「はい……貴女方なら、必ず成し遂げられます……」
「ぎゃお──────ッ!!!」
ドラゴンの咆哮がこだまする。
赤黒い光とともに。
◆
「何これ? あたしの擬似空間に誰かが勝手にアクセスしてる?」
帝国城・Dr.ヘックスの寝室。
Dr.ヘックスはベッドに寝転がりながら、魔術書を開き見ている。
「ふーん、あたし以外に召喚魔術が使えるやつなんていたんだ」
Dr.ヘックスはベッドから飛び上がり、シワのついた服を正す。
「生意気。せっかくだし、あたしが直々にコテンパンのケチョンケチョンにしちゃおっかな」
Dr.ヘックスは不敵な笑みを見せた。
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