[3]一日目:魔王命令です。
魔王城内・謁見の間
魔王に扮するアリシアは小さなドラゴンのぎゃおちゃんを抱え、暗殺者のデュラとともに玉座を前に立つ。
「これが今回の戦利品よ」
デュラの前にはテーブルが置かれ、その上には勇者の生首が横一列にずらっと並ぶ。
左からドラジャン、ノービス、サイレンスの順だ。
「うへぇ……凄い絵面だね……」
「こいつらの記憶を辿って、勇者どもの目的を探りましょう」
「え、そんなことできるの?」
「あなた、私が隠密部隊所属ってこと忘れたの? 諜報活動だって得意なんだけど」
(いや、色々と便利すぎるよデュラちゃん……!)
デュラはサイレンスの頭に手を置き、魔力を込め出す。すると生首の目と口から白い光を放ちだした。
「わたし、たちの、目的、は……」
「うわっ! 喋ったよ怖っ!」
「いいから黙って聞いて」
サイレンスはたどたどしく喋り出した。依然として目と口からは光が出ている。
「七日間の、魔王攻略作戦、今は一日目……」
「七日間って、一週間ってこと?」
「アリシア、ちょっと黙って」
デュラはもう片方の手でノービスの頭に手を置く。すると同様に生首の目と口から光を放った。
「一日、三人、魔王城に、転移……」
「つまり、七日の間は勇者が絶えず侵攻してくる。一日に最大で三人、魔王城に直接転移されてくるってわけね……」
「す、凄い! 流石デュラちゃん理解が早いね!」
デュラは頭から手を離す。途端に生首の光は消えてゆっくりと目と口が閉じていく。
「今回は一人と二人に分かれてやって来たから対処が出来た。でも、三人同時にやってきたら対処は難しいわ」
「た、確かに……いくらデュラちゃんでも難しいことはあるもんね……!」
「それに、勇者どもはまだ手を隠しているはずよ。私たちも呑気に構えている場合じゃないかもしれないわね」
「でも、城にはわたしたちしかいないしどうすればいいのかな……」
アリシアとデュラは腕を組みながら苦悩する。
「ぎゃお!」
「ぎゃおちゃん? どうしたの?」
アリシアの腕に抱かれているドラゴンが吠えた。その視線の先には勇者の生首、尻尾を忙しなく動かして興味を示している。
「その子、この首が気に入ったみたいね。いい趣味をしているわ、話が合いそう」
「違いますぅ! ぎゃおちゃんはそんなヘンな趣味してないですぅ!」
「ぎゃおっ!」
ドラゴンはアリシアの腕から飛び上がり、テーブルの上に移動した。そのまま、ぱたぱたと翼を動かしながら生首に両手を乗せた。
「ほら、やっぱり好きなのよ首が」
「えぇー!? 嘘でしょぎゃおちゃんっ……!」
ドラゴンは目を瞑り、集中しているようだ。アリシアとデュラはドラゴンを物珍しそうに見ている。
すると、ドラゴンの全身が赤黒い光で包まれた。
「なに、何が起きているの……?」
「わかんない! わかんないけど、凄く眩しい!」
アリシアとデュラはドラゴンから放たれる閃光を手で遮りながら見守る。光が強くなり、部屋全体を赤く照らしている。
「ぎゃ───すっ!!!」
ドラゴンの咆哮とともに、宙には巨大な赤黒い魔法陣が現れた。
「これはまさか、召喚魔術……!?」
「え!? なんでそんなものを、ぎゃおちゃんが!?」
魔法陣は地面に向けてゆっくりと下降する。魔法陣の中からは少しずつ何かが姿を現していく。アリシアとデュラは固唾を飲んでその行末を見守る。
やがて魔法陣が地面へ到達し、その中心にはひとつの物体が現れている。
「これって、もしかして……」
「えぇ、間違いないわ……」
「「スライムだ……」」
魔法陣が消え、地面にはぷるぷると震えるゼリー状で半透明の軟体生物がいる。
これはスライム。この世界ではとても一般的な魔物で、勇者からすれば”ザコ”以外の何者でもない。
「ぎゃお……」
ドラゴンも微妙な顔をしている。
「で、でも新しい魔族を召喚しちゃうなんて凄いよ!」
「現実を見なさい、こんなヤツに勇者撃退が出来るとは思えないわ」
「うぐぅっ……」
デュラの意見はごもっともである。新しい仲間が増えたとはいえ、役に立たなければ意味がないのだ。
「自分、不器用ですから……」
「うぇっ!? 喋ったあぁ!?」
スライムが渋めな男の声を出した。そのまま、ぷるぷると震えている。
「意思疎通は出来るようね、案外使えるかもしれないわ」
(評価基準そこなんだ……)
「それじゃあ早速だけど、名前を教えてくれるかしら?」
デュラはスライムの前に立つ。
「自分は名乗るほどの者ではありません……なにせ、自分は不器用ですから……」
「いやめんどくさい! こいつ面倒だよデュラちゃん!」
「わかってるわ、私も同じ気持ちよ」
デュラは懐からナイフを取り出し、刃先をスライムに向ける。
「いいから答えなさい。でなければ、ここで消える?」
「……」
スライムは沈黙する。
アリシアは固唾を飲んで回答を待つ。
「魔王様はいらっしゃいますか……?」
「「え?」」
「そちらの方が魔王様でないことはわかります。自分が仕えるのは本物の魔王様だけです。一介の魔族に仕えるつもりはございません」
スライムはぷるぷるの先をアリシアに向ける。
対するアリシアは自分を指されたと思わず、後ろを振り返っている。
「そう、それならいいわ。消えて」
デュラはナイフを振りかぶり、スライムに向けて振り下ろすつもりでいる。
「待ちなさいデュラ!」
刃先がスライムに当たる寸前、デュラの手が止まる。
「魔王はわたしです! 訳あって本物の魔王様は不在ですが、わたしは魔王様から直々に命令を受けてここにいます!」
「アリシア……」
「これは魔王命令です! 魔王城、魔界を守るためわたしたちと共に戦いなさい!」
再びの沈黙。
スライムはぷるぷると揺れている。
「……承知しました。不器用な自分ではございますが、貴女様方の力になりましょう」
「おぉ……!」
スライムはぷるぷると全身を震わせながら応えた。
「じゃあ、改めてお名前を聞いても?」
「自分はスエロミニア・ラル・イベラルタ・ムックフィートと申します、以後お見知り置きを」
「名前なっが!!!」
スライムのスエルが仲間になった!
◆
一方、帝国城・作戦司令室本部では。
「ご報告ですっ……!」
「何ッ……!?」
兵士から耳打ちをされたバルバは驚愕の表情を見せる。
その様子に気づいたDr.ヘックスは、椅子の背もたれで仰け反りながらバルバを見た。
「どうしたの?」
「勇者ジャイヤスネーフが死んだ……」
「え、あたしまだ魔王城に送ってないけど……」
「違う、ジークだ。ヤツがやったんだ……!」
バルバは真剣な面持ちで円卓に両肘を付ける。
「ジーク? それって最凶の竜狩りの剣士ってやつだっけ、そいつって仲間なんじゃないの?」
「ヤツは今、この城の地下に囚われている。ジーク・ムント、血に飢えた狂戦士。目に入るもの全てがヤツの獲物なんだ」
「えぇ……そんなやつ、あたし会いたくないんだけど……」
「魔王攻略のためジャイヤスネーフにはここへ連れてくるよう指示をしていたのだが、まさかヤツの手にかかるとは……」
(単純にやられた方が弱かったってだけなんじゃないの……? でも、バルバもここまでビビってるみたいだし本当に怖い男らしいね)
「……仕方がない、次の侵攻は他の勇者に任せよう。その間に、私が直接ジークのもとへ出向く」
「し、しかし隊長!」兵士が声を上げる。
「案ずるな。いずれヤツとは遅かれ早かれ対面しなければならなかったのだ、今がその時だ」
「ふーん、それならあたしはここで待ってよ。そんなに怖いヤツなら尚更、あたし死にたくないし」
「よし、では次の勇者を招集せよ!」
最凶の竜狩りの剣士は今も尚、帝国城の地下に囚われている。
血に飢えた狂戦士として、獣の如き雄叫びを上げながら。
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