[1]一日目:わたしが魔王です。
帝国領ヴァルツヘルム。ここは人類が暮らす国である。
国の中心に位置するひと際大きな城、帝国城。
城空には暗雲が立ち込めている。
帝国城内・作戦司令室本部。
鎧を纏う数多の精鋭たちが円卓に着いている。
「ご報告しますっ! 勇者ドラジャンの魔力反応が消失しました……!」
「なにッ!?」
兵士からの報告を受けたのは、此度の魔王攻略作戦の指揮を取る帝国騎士団親衛攻略隊の隊長バルバである。
筋骨隆々な大柄の男。白と金を基調とした鎧を纏い、淡い赤髪を逆立て立派な髭を蓄えた豪快な見た目だ。
バルバは考え込むようにして円卓に着いている。
「勇者ドラジャンは優秀な竜狩りの剣士であった……やはり魔王、一筋縄ではいかんか……」
「随分と弱気だね、そんなに自信が無いんだ?」
「貴女は、Dr.ヘックス……!」
バルバの前に姿を現した女性・Dr.ヘックス。彼女は大きなトンガリ帽を被ったまさに魔女という見た目だ。
「あたしの魔術で魔族を閉じ込めておけるのも今日を含めて七日間だけ……。それまでに、こんな調子であなたたちが魔王を攻略するなんてできるのかな?」
「うむぅ……しかし、我々も作戦を実行した以上は撤退などあり得ない。どれだけの犠牲を払ってでも魔王を討伐しなければならん」
「言っておくけど、あたしに使える魔力には限度があるの。さっきのも合わせて、転移は一日に三人が限界かな」
「わかっている……。次の勇者を招集せよ! 二度目の侵攻を開始する!」
バルバは円卓から立ち上がり、大きく手をかざして指揮を飛ばす。
「でしたら、僕たちにお任せください……」
「お前は、勇者ノービス!」
司令室の壁際、柱の陰から覗く一人の男。
彼は勇者ノービス。丸い眼鏡をかけた辛気臭い雰囲気の男だ。
「ドラジャンは僕の家族も同然の男でした、だから仇を取りに行きたいんですよ。彼女とともにね……」
「えぇ、ノービスさんの言う通りよ。ドラジャンのためにも、私たちが魔王を攻略するわ」
「勇者サイレンスも一緒とは! これは期待できるな……!」
ノービスの背後から現れた女、勇者サイレンス。
低い位置のツインテールをした僧侶のような見た目だ。
「ふーん、まぁせいぜい頑張ったらいいんじゃない? あなたたちを送ったら、あたしは魔力回復したいし寝る」
Dr.ヘックスは気怠げにしながら、ノービスとサイレンスを連れて司令室から出て行った。
バルバは再び席に着き、真剣な面持ちをする。
(魔王……必ず討伐してみせよう。この世界に新たな平和をもたらすために……!)
◆
一方、こちらは魔王城。
「わたしたちだけで勇者を撃退するなんてできるのかな……?」
「できるか、じゃなくてやるの。魔王城が勇者どもに占拠されたら終わり。魔界の終焉を意味するわ」
魔王の鎧を纏うアリシアと暗殺者のデュラ。謁見の間で彼女たちは勇者撃退に向けて作戦を立てている。
「でも、勇者がどうやってここに来たのかわからないんだよ?」
「それなら安心して。勇者の目的は魔王討伐、勇者は魔王のいるところに必ずやってくるはずよ」
デュラはアリシアを見る。
「も、もしかして、それってわたしのこと……?」
「この状況であなた以外に誰がいるの? あなたは魔王として勇者と対峙してもらうから」
「ま、待ってよ! わたしメイドだよ!? ただのメイドが勇者と戦えなんて……!」
アリシアはガチャガチャと鎧を鳴らしながら慌てている。そんなアリシアに向けてデュラはため息をついた。
「だから私がいるの。あなたは魔王として玉座に座っているだけでいいわ、私が勇者と戦う」
「そ、そんなっ……!」
「丁度、使えそうなものもあるし。多分なんとかなるはずよ」
デュラは瓦礫に埋まる勇者の亡骸を見る。そのまま亡骸のもとへ行き、自身の懐からナイフを取り出した。
「でゅ、デュラちゃん? 何をするつもりなの……?」
「何って……勇者撃退の準備だけど」
「いやいや! それならなんでナイフをその人の首に当ててるのさ!」
デュラは右手に持ったナイフの刃先を亡骸の首元に当てている。すでに刃先からは血が滴っており、ポタポタと地面に痕を残す。
「見たくないなら見なくていいわ。これは首なし一族の儀式みたいなものだから」
「そ、そうさせてもらいますからねっ……!」
アリシアは両手で目元を覆い、これから行うであろうデュラの儀式から目を背ける。
シャキッ……!
「終わったわ」
デュラの声を受け、アリシアは恐る恐る手を開く。
何事も無かったように平然としているデュラの足元には、首のない亡骸が横たわっている。
「ちょっと! それもちゃんと片付けないとダメでしょ!」
アリシアは再び両手で顔を覆う。
「全く面倒ね……これくらい別に気にすることないでしょう……?」
「ダメなものはダメ! ダメなの───ッ!!!」
◆
帝国城・儀式の間。
石造りをした円形の薄暗い部屋。
Dr.ヘックスの前に勇者ノービスとサイレンスがいる。
「それじゃ、あたしの魔術であなたたちを魔王城に転移するから」
「はい、よろしくお願いしますね……」
ノービスは不適な笑みを見せる。そんなノービスに対して、Dr.ヘックスは少し嫌そうな顔をしながら手に持った杖を大きく掲げる。
三人の足元には青白い大きな魔法陣が現れた。
「召喚術式展開、アクセスコード3370、魔力変換開始、クラッチプロトコル起動……」
Dr.ヘックスは小声で呪文のようなものを唱えている。すると勇者二人の全身が青白く発光し始める。
「ノービスさん……」
「心配するなサイレンス、彼女は最強の魔女だ。我々勇者たちを支える、人類最後の大魔術師……!」
「うるさいよ、喋ってると舌噛むから」
Dr.ヘックスの杖が強く発光する。
甲高い金属音を上げながら部屋全体も震え始める。
「それじゃ頑張ってね。超躍魔術・転移召喚……!」
Dr.ヘックスが魔術を唱えた瞬間、光の残像を残して勇者二人は姿を消した。
部屋には一人、Dr.ヘックスだけが残されている。
ぐぎゅるるるる……。
「はぁ……お腹すいた……」
◆
魔王城・謁見の間。
「こ、こんな感じでどうかな……?」
「いいと思う。そのままじっと座ってて」
アリシアは魔王の玉座に座りポーズを決めている。足を組みながら膝を立てて頭を支え、支配者らしい威厳に溢れている。
「ぎゃお!」
「ぎゃおちゃん? どうかした?」
アリシアの膝に座るドラゴンが何かを訴えるようにして吠えた。
「ねぇ、思ったんだけど。そのドラゴンは何者なの?」
「ぎゃおちゃんはね、魔王様のペットなんだよ! ……たぶん!」
「多分……?」
デュラはアリシアに懐疑的な視線を送る。一方でドラゴンは小さな翼をぱたぱたとさせながら暴れている。
「……ッ!」
突如、デュラは右手に持ったナイフを扉に向けて放った。水平に真っ直ぐ扉に突き刺さるナイフの隣、何かが動くようにしてモヤが現れる。
「ほう、僕に気づくなんて優秀な魔族だね……」
モヤは人の形を作り、ノービスが姿を現した。
ノービスは光が反射する丸眼鏡をクイッと持ち上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「勇者……こんなにも早く……」
「ククク……だけど甘いね。勇者は僕一人だけじゃないんだよ……?」
「ぎゃおっ!」
玉座に座るアリシアの背後、モヤの中からサイレンスが姿を現した。
サイレンスは逆手に持った短剣を構え、アリシアの首元に狙いを定め振り抜く準備を終えている。
「ア……魔王様っ!」
「その首、もらったッ……!」
ガキィンッ!
「なにっ……!?」
短剣が投擲されたナイフで弾かれ、サイレンスは大きく体勢を崩した。
「くっ……! 貴様、ナイフをもう一本持っていたのかっ……!」ノービスが焦りを見せる。
「甘いね、ナイフは一本だけじゃないわ」
サイレンスは体勢を立て直し、素早く移動してノービスと合流する。
「面白い、これでこそ魔王攻略だ……!」
「残念だけど、魔王様の手を煩わせる必要はないの。あんたたちの相手はこの私よ」
デュラの目に蒼い炎が灯る。ナイフを逆手で構え、ノービスとサイレンスの前に立ち塞がった。
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