[9]三日目:復活した魔王です。
「うぅん……」
アリシアが目を覚ます。
頭には包帯が巻かれ、ベッドの上から寝ぼけ眼で周囲の様子を探っている。
ここは魔王城・医務室。魔物の治療を行う場所である。
「デュラちゃん……」
アリシアが視線を横に動かすと、隣のベッドでデュラが眠っている。
互いにお揃いの包帯姿。アリシアはデュラの寝息を立てている様子に安堵の表情を見せる。
「目覚めたようだな、アリシア」
「ま、魔王様っ……!」
「よい、そのまま寝ていろ」
入口からアーデルトが入ってきた。
咄嗟に起き上がろうとするアリシアを制止し、ベッド横の椅子に腰かけた。
「まずは貴女に、感謝をしなければならない。よくやったな、アリシア」
「これ以上ないお褒めの言葉……ありがたき幸せにございます……」
「うむ。して、様子はどうだ。まだ痛むか」
「いえ……この程度の傷、魔王様の御心の苦しみに比べたら……」
「よせ、我は君を失いたくない」
「えっ……?」
アーデルトはアリシアの手を取り、両手で包む。
「君は命を懸けて我を、この城を守ったんだ。その勇気を称えたい」
「しかし、わたしは何もっ……! デュラちゃ……デュラがいなければわたしは……」
「……そうだな。これは貴女達のおかげだ」
アリシアは複雑そうな表情を見せる。
アーデルトは全身を漆黒の鎧で包んでいるせいで表情を読み取れない。
「あの、魔王様……ひとつお聞きしたいことがあるのですが……」
「うむ、申してみよ」
「魔王様は勇者との戦いで、その……崩御なされたはずでは……」
「あぁ、あれか。確かに我はヤツと相打ちになった。しかし、死んではおらぬぞ」
「えっ……そうだったのですか?」
「なんだ、気づいておらぬのか? ならば仕方ない……」
アーデルトはおもむろに、自らの頭を覆うヘルムを持ち上げた。
「えっ……えぇっ!?」
アリシアが二度見した先、そこには首のない甲冑。
そもそも、アーデルトの鎧の中には何もなかった。
「どどど、どういうことですかっ!? もしかして魔王様も首なし……?!」
「いや、そうではない」
瞬間、鎧の首元からひょっこりと影が飛び出した。
「ぎゃ……ぎゃおちゃんっ……!」
「その名で呼ぶな。我は魔王、アーデルト・ドラコニアスだ」
アリシアの目の前には小さな黒いドラゴン、もとい魔王アーデルトの正体が現れた。
そう、アリシアが”ぎゃおちゃん”と呼んでいたドラゴンこそがアーデルトだったのである。
「魔王様がぎゃおちゃんで……ぎゃおちゃんが魔王様で……」
「落ち着け、我だってこの姿は不本意なんだ」
アーデルトは鎧から這い出して、鎧の膝の上に移動する。
「我は見ての通り竜だ、この鎧は魔術で動かしているにすぎん。そして、あの時対峙した勇者は竜狩りの剣士。我とは相性がめっぽう悪かった」
「で、ですがっ……!」
「詳しく話すと長くなるからなぁ……とにかく、我はこの姿になることで死を免れた。しかし、代償として魔力のほとんどを失い、まともな自我すら無くしてしまっていたんだ」
(ど、どうしよう……! 知らなかったとはいえ、魔王様になんてことを……!)
アリシアの脳裏に浮かぶぎゃおちゃんとの思い出。いっぱいなでなでしたり、一緒の布団で寝たり、一緒にお風呂に入ったり……。
「あの魔女のおかげでとりあえずはここまで取り戻せた。それでもまだ完全には復活出来ていない」
アーデルトは翼をぱたぱたとさせながら不服そうな顔を見せる。
(ぎゃおちゃん、やっぱり可愛いなぁ……でも、どうして魔王様はわたしを魔王にさせたんだろう?)
「なんだ、そんなに我が変か?」
「い、いえ! 滅相もございません! その、魔王様はどうしてわたしに魔王になれなんて仰ったのか不思議で……」
「え、そんなこと言った?」
アリシアはポカーンとする。
対するアーデルトも首を傾げている。
「……言いましたっ! 絶対にそう言いましたっ!」
「あー、何か言ったような気もする……。しかし、あの時は上手く言葉が出なくてな、そう解釈させてしまったようだ」
「えー!?」
「はっはっは、このままアリシアが玉座に着いても構わんのだぞ」
「そ、そんな! お戯れがすぎますっ! 恐れ多いです───っ!」
◆
帝国城・地下、ジークの独房。
バルバはジークの囚われている独房の扉を前に立ち、腕を組んで渋い顔をする。
「どうしたものか……、やはり簡単にはいかないか……」
「何してるの?」
「ど、Dr.ヘックス!? 何故ここに!?」
頭を捻り唸るバルバのもとにDr.ヘックスが姿を現した。彼女はアーデルトとの戦いでボロボロになっており、穿いている黒タイツは所々が破けている。
「確か、魔王城に自ら赴いていたはずでは? それにその傷、一体何が……」
「ちょっと邪魔、どいてよ」
Dr.ヘックスは独房の前で佇むバルバを足蹴りし、無理やり退かせる。
「ま、待て! そいつに近づくのは危険だ!」
「うるさい。あたしはこいつに用があるの」
Dr.ヘックスはバルバからの忠告を無視して独房の小窓に手を掛ける。
「あなた、最凶の竜狩りの剣士なんでしょ? だったら、魔王を討伐しなさいよ」
「そ、そうは言うが私でも中々了承してくれんのだ……!」
「バルバは黙ってて、別に聞いてないから」
焦りを見せるバルバはDr.ヘックスの前に割って入り、小窓に置く彼女の手に重ねて手を置く。
対するDr.ヘックスはバルバを他所に小窓を開いた。
ガシィッ!
「ぬおっ……! また私かっ……!」
バルバは独房から伸びる手に腕を掴まれ、苦悶の表情を見せる。
「血を……寄越せ……」
「ふーん、随分と元気そうだね。そんなに血が欲しいならこれ、あなたにあげる」
Dr.ヘックスは懐から小瓶を取り出す。中身は赤い液体が詰まっている。
「そ、それは……?」
「魔王の血、竜血よ」
ガタッ!
瞬間、バルバの腕を掴む手が離れ、求めるようにして手を伸ばした。手は忙しなく動き、中から飛び出さんとする勢いだ。
「これがそんなに欲しいんだ? じゃあ、わかるよね? あたしたちに協力して」
「待て! どうしてそんな物を持っているんだ!?」
「わざわざ手に入れてきたんだよ。散々コケにされてムカついたけど、これぐらいの成果は得られた」
「寄越せ……! 血を、寄越せ……!」
「いっぱい欲しいなら自分で取りに行けば? あたしが案内してあげるから」
ピタッとジークの手が止まる。
「ふーん、案外素直なんだね。かわいいところもあるじゃん」
Dr.ヘックスが独房の鍵に手をかける。
「お、おいっ……! まずいぞっ……! ヤツを出したらっ……!」
「いいから見てなさいよ。こいつはあたしが従えるの」
Dr.ヘックスは魔力を込めて独房の鍵を破壊する。重々しい扉に手をかざし、魔力で開き始める。
長年開かれることの無かった扉が、地下全体を震わせながら金属の擦れる音を立てて開かれていく。
「ようやくご対面だね、最凶の竜狩りの剣士……」
扉の先。
そこにはボロボロの囚人服を着た、全身が痩せ細り鎖で繋がれた一人の男。
彼こそがジーク・ムントである。
腰まで伸びた白色の長髪で顔が隠れ、隙間からはギョロッと赤い目を覗かせている。
「まずはその汚らしい格好を何とかしよっか。あなたの力を取り戻すの」
◆
魔王城・謁見の間、だった場所。
度重なる戦闘で、もはや部屋の形を留めていない。
瓦礫が積み上がる廃墟と化した中心に佇む玉座、漆黒の鎧を纏うアーデルトが鎮座している。
(我の力はまだ完全ではない、再びの侵攻を抑えるにも限界はあるな……)
「ところで、我に用があるのだろう?」
アーデルトが扉の方へ呼びかけると、扉の陰から一人の影が姿を現した。
「魔王様……お話が、ございます」
その影は、デュラだった。
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