チョココロネちゃん
チョココロネちゃんは、そのお名前のとおり、チョココロネが大好きな女の子です。お母さんに作ってもらった、チョココロネの形のリュックサックをせおっています。チョココロネちゃんの夢は、毎日おなかいっぱいチョココロネを食べることでした。
ある晴れた日、おうちの前で遊んでいたチョココロネちゃんは、自分と同じ、チョココロネのリュックサックをせおってとことこ歩く女の子を見かけました。
チョココロネちゃんは、思わずその子を追いかけました。きっとその子は、チョココロネが大好きなのでしょう。お友だちになりたいと思いました。
ところが、チョココロネちゃんが後ろから声をかけても、その子は振り向きもしません。それに、どんなにチョココロネちゃんががんばって走っても、その子に追いつくことはできないのです。
疲れて、道路にしゃがみこんだチョココロネちゃんの目の前で、その子はある家の庭に入っていきました。
チョココロネちゃんはちょっとびっくりしました。慌てて生け垣から庭をのぞくと、その子はチョココロネのリュックサックをふりふり、ドアを開けて玄関に入りました。
チョココロネちゃんは変だと思いました。その家には誰も住んでいないのを、知っていたからです。よその家に上がりこむのはいけないことだと教わっていたけれど、どうしても気になったので、とうとうチョココロネちゃんも空き家の庭に入り、ドアに耳をあてました。
中から、とことこと小さな足音が聞こえます。あの子に違いありません。そっとドアを開けると、お日さまの光がさしこむ廊下のつきあたりを、あの子が曲がっていきました。
チョココロネちゃんは玄関でくつをぬぎ、ろうかをおそるおそる歩きました。ほこりっぽい、へんてこな匂いがしました。魚を飼っている部屋のような、なまぐさい匂いもちょっぴり混じっていました。
廊下の角を曲がると、急な階段がありました。チョココロネちゃんは四つんばいになって、ちょっとずつ階段をのぼりました。
のぼりきった先には、何もない広い部屋がありました。いえ、ただ一つだけ__木の扉が壁についています。扉をちょっとだけ開けたチョココロネちゃんは、どきっとしました。
扉のすき間から、チョココロネちゃんの大好きな、良い匂いがします。チョコクリームの甘い匂いと、やきたてパンの香ばしい、バターのきいた匂いです。
わくわくしながら扉を大きく開けると、そこには夢のような世界でした。
そこでは、木も花も、家も雲も、ポストも飛行機も、何もかもチョココロネでできているのです。巨大なチョココロネから、チョココロネの形の帽子をかぶった人たちがぞろぞろでてきました。みんな、パンの入った紙袋を大事そうに抱えています。えんとつからぽっかりと出るけむりは、クリームみたいにふわふわ、とろとろと空に広がっていきました。
足元の地面は、ふかふか、きつね色のパン生地です。水たまりはチョコクリームやホイップクリームで、なめるとねっとりと甘い味がしました。
チョココロネちゃんはパンの上をかけだして、あの女の子を探しました。だけど、歩いている人たちがみんな同じようなチョココロネのリュックサックや帽子を持っていて、なかなか見分けがつきません。
チョココロネの匂いでいっぱいのパンの道を歩いていると、おなかがすいてきます。チョココロネちゃんが、道端に落ちていたパンを拾って食べようとした時、
「待って!」
と、後ろから優しい声がしました。
振り返ると、あの女の子がすぐ後ろにいて、目を丸くしてチョココロネちゃんを見つめていました。
「だめだよ、落ちてるチョココロネを食べちゃ。おいしくないよ」
チョココロネちゃんはがっかりしました。手の中のチョココロネは、本当においしそうなのに。
「パン屋さんに案内してあげる。こっちだよ」
その子は、チョココロネちゃんの手を引いて、パン屋に案内してくれました。
その子と歩いていると、通りがかった人たちが、
「こんにちは」
「仲がいいね」
と、声をかけてくれます。中には、「チョココロネの国にようこそ」と言う人もいました。
「ここ、やっぱり、チョココロネの国なんだ!」
「……そうだよ。何もかも、チョココロネでできてるの。わたしたちみんな、チョココロネを毎日食べているんだよ」
チョココロネちゃんはあんまりうれしくて、ぴょんぴょんとびはねました。なんて、すてきな国でしょう。まさに、チョココロネちゃんが夢見ていたような国ではありませんか。
パン屋さんも、チョココロネでできていました。パンの中で、一人のおじさんが、チョココロネやジャムパンをたくさん焼いています。
おじさんは、女の子とチョココロネちゃんを見ると、びっくりしたような顔をしました。
「おはよう、ニナ。お友だちかい?」
「そうなの」
ニナと呼ばれた女の子は、パンの入り口を閉じて、すき間もクリームとバターで埋めてしまいました。そして、チョココロネちゃんにくるっと向き直って、まじめな顔でいいました。
「チョココロネちゃん、どうしてこんなところにきちゃったの? ここは、おそろしい巻き貝のおばけの国なのよ!」
おじさんも、うなずいています。
チョココロネちゃんは、ぽかんとして二人を見つめました。
「巻き貝の、おばけ……?」
「チョココロネのふりをして、子どもをおびきよせ、最後には食べちゃうつもりなのよ」
「ニナちゃんも……おじさんも、貝のおばけなの?」
ニナはうなずきました。おじさんは、「ぼくは、人間の国から連れてこられて、子どもたちをおびきよせるおいしいお菓子パンを、作らされているんだ」と言いました。
「あたしは、人間の世界におじさんの作ったチョココロネをたくさん持っていって、子どもたちに食べさせる役目だったの。でも、何にも知らない子どもをだまして、巻き貝のおばけの国につれてくるなんて、どうしてもできなくて帰ってきたの」
チョココロネちゃんが最初にニナを見つけた時、ちょうど巻き貝の国に帰るところだったのでしょうか。
おじさんは、チョココロネちゃんに言いました。
「君を、この世界から逃がしてあげよう」
チョココロネちゃんが、パン生地のごく細いすきまから外をのぞくと、おそろしい光景が広がっていました。
今まですてきなチョココロネだと思っていたのは、全部もぞもぞと動く巻き貝だったのです。巨大なチョココロネは、もっとも食いしんぼうでいじわるな巻き貝の王様でした。子どもをたくさん食べたせいで、太っているのです。チョココロネちゃんがさっき食べようとしていた道ばたのチョココロネは、巻き貝のからでした。なまぐさい匂いが、パンの中にも入ってきます。
ニナが、チョココロネそっくりの帽子をかぶせてくれました。
「これで、巻き貝のみんなと同じに見えるでしょ。今のうちに、人間の国に帰りましょ。案内してあげる」
おじさんも、やきたての、本物のパンをたくさん、チョココロネちゃんのリュックサックにつめてくれました。
二人は、パン屋の裏からこっそり外に出て、きゅっとかたく手をつないで歩きました。来た道を戻っているようです。チョココロネちゃんは、あの木の扉のところに帰るのだろうと思いました。
なまぐさい巻き貝のおばけの国を歩くのは、とてもおそろしいことでした。いたるところに転がっている、チョココロネのような形の巻き貝を、チョココロネちゃんはなるべく見ないようにうつむいて歩きます。それでも、あちこちからじっと見られているような気がしました。
後ろから声をかけられて、チョココロネちゃんはびくっとします。
「おやおや、どこへ行くんだい?」
チョココロネちゃんの手をしっかり握り、ニナが答えました。
「人間の国へ、子どもを捕まえに行くんです」
ぐちゃぐちゃぐちゃっと、後ろにいる巻き貝の笑い声が聞こえました。
「ニナ、お前はいつも、失敗してばかりじゃないか。まさか、逃げる気じゃないのかな?」
「いいえ!」
と、チョココロネちゃんは大きな声で返事をしました。そして、巻き貝がちょっとびっくりして口を閉じた一瞬のすきをついて、二人はかけ出しました。走って走って、後ろは絶対に振り向きません。
ところが、さっき通った扉の前まで来た時に、二人は大小さまざまな巻き貝に取り囲まれてしまいました。
ちっちゃな巻き貝がたくさん、チョココロネちゃんの足からよじのぼってこようとします。大きな巻き貝は、のっぺりとした顔をチョココロネちゃんに向けて、逃げ道をふさいでしまいました。中くらいの巻き貝が、鋭い歯をむき出します。
「チョココロネちゃん……」
ニナが、泣き出しそうな顔で、チョココロネちゃんに言いました。
「ごめんね。チョココロネちゃんだけは、助けたかったのに」
「こっちこそ、ごめんなさい……」
チョココロネちゃんは、ぶるぶる震えるニナを抱きしめました。そうでもしないと、自分が泣いてしまいそうだったからです。
「あたしが、ニナの後をつけたせいだ」
その時、チョココロネちゃんは、おじさんにたくさんもらったリュックサックの中のチョココロネを思い出しました。
こんな時は、さすがのチョココロネちゃんも、大好物のパンを食べる気にはなれません。でも、いいことを思いつきました。
チョココロネちゃんは、リュックサックをおろして、大きな声で巻き貝たちに言います。
「あんたたち、あたしたちを食べようとしたら、魔法でチョココロネに変えて、むしゃむしゃ食べちゃうわよ!」
ニナや、子どもの巻き貝が、びっくりしてチョココロネちゃんを見つめます。
「うそじゃないわ! ほら、このリュックサックは、お母さんが作ってくれた魔法のリュックサックなんだから! 見て__」
チョココロネちゃんは、足元にたくさんいる巻き貝をすくいとり、リュックサックのポケットに流し入れました。そして、その代わりに、おじさんが作ってくれたチョココロネを取り出します。
それを見た巻き貝たちが、後ずさりしました。チョココロネちゃんは、大きな口を開けて、取り出したチョココロネにかぶりつきます。
「うーん、おいしい!」
巻き貝たちは、もう聞いていませんでした。みんな悲鳴をあげて、われ先にとチョココロネちゃんから逃げ出します。扉の周りから誰もいなくなった後、ニナとチョココロネちゃんは、いきようようと扉を通って元の人間の国に帰ったのでした。
巻き貝のニナは、今ではチョココロネちゃんと一緒に暮らしています。チョココロネのお部屋で、お父さんに買ってもらった水槽の中でのんびり泳いだり、女の子の姿になってチョココロネちゃんと遊んだりしているのです。
チョココロネちゃんは、あれ以来、あまりチョココロネを食べたがらなくなりました。時々お母さんが、チョココロネちゃんのためにおいしいパンを買ってくると、必ずくんくんとにおいをかいで、おそるおそるかじるのです。きっと、巻き貝が化けているのではないかしらと思っているからでしょうね。
「チョココロネ」という言葉を一生分打った気がします。