12.魔眼
「先日の奥出雲での任務、ご苦労であった。被害は最小限に抑えることができた」
遠野カエデを討伐した次の日の朝。怪異対策輝度本部のオペレータールームで西園寺司令がそう語った。
すぐさまユウジさんが言葉を返す。
「あの、質問いいですか?」
「言ってみろ」
少しの沈黙が流れた後、ユウジさんは口を開く。
「カエデを...コトリバコの怪人を、殺す必要があったのでしょうか」
「残念だが、駆除する以外に道はなかった。あのまま放置しておけば被害が拡大し死傷者も増加していただろう」
遠野カエデがガヴェイルネオからコトリバコ怪人態に変貌した際の呪いの放出量は通常の2000倍。僕たちはギアの対呪防御兵装が働いていたからなんともなかったが通常の人間では即死するレベルだそうだ。現にコトリバコ怪人態の進路から50m以内は呪いにより生体反応が皆無だったとのこと。
対呪防御兵装を量産して市民に配布するのは現実的ではない。
結局のところ無理だったんだ。あそこで殺すことが最善の策だったんだ。
「...っ...!...」
ユウジさんは何かを言おうとするも反論できずにいた。説得できるほどの材料を持ち合わせていないのだろう。
数秒の沈黙が数時間ほどに感じられた。沈黙を打破したのは西園寺司令だ。
「加藤ユウジ、お前に3日間の休暇を与える。心の整理をつけてこい」
「いや、俺は大丈夫です!戦えます!」
ユウジさんはすぐさま反対する。
「俺から見れば大丈夫じゃなさそうだが。今のお前で任務をこなせるとは到底思えない」
「...」
ユウジさんは言い返せずにいた。実際、今のユウジさんの状態は異質だ。いつもなら綺麗にまとめ上げているはずのマンバンスタイルをしておらず髪をすべて下ろしている。目の周りは赤く腫れている。あの後夜も泣いたのだろうか。
「...はい」
ユウジさんは出口に向かい一度こちらへ振り向く。
「失礼します」
自動ドアが開きユウジさんはオペレータールームを退室した。
私は立川市の住宅街を歩いている。婚約者、宝条ヒトヨシと同棲しているアパートの一室へ向かっている。今日は例のコトリバコの怪人のデータを整理していたらとっくに22時になっていた。現在の時刻は23時を過ぎている。この時間帯になれば人通りはもはや無いに等しい。だが今は一人の男性が前方から歩いてくる。
「あっ、お疲れ様~」
3mほどの近さになると男は手を挙げてこちらに声をかけてきた。こんな場所でナンパとは驚いた。どこだろうと無視して通り過ぎるのが一番だ。それに私は合気道も嗜んでいる。この程度の男であれば問題なく対処できる。
男の横を通り過ぎる。男は何もしてこない。意外と良識的なんだなと思いそのまま歩く。
しかし数秒したところで突如として両手と両足を掴まれ口を塞がれる。
「!?ッ」
しくじった。私は咄嗟に相手の胴体がある場所に肘打ちを喰らわす。しかしそこには何も存在していなかった。
「ダメやで、頭おかしいやつに背ぇ向けたら」
5mほど後方から男の声が聞こえる。じゃあ後ろにいるのは一体...?
「丁重に扱えよ、死体やとおもんないからな」
こいつはパレイーズ結社の構成員か!?今考えれば腕が5本もあるわけがない。悪霊を使役しているのだ。迂闊だった。叫ぶこともできず視界は暗くなり、私は意識を失った。
「ジャンヌ様、いえ、セリーヌ様。樋口コウスケが怪異対策機動本部の職員を誘拐したそうです」
深夜の森の中、ジャンヌとジルが会話を繰り広げている。
「...いつもだったら「余計なことはするな」と口を出しているところだが今回ばかりは利用させてもらおう。私たちの計画に感づかれないように陽動を引き受けてもらおう」
「承知しました。では樋口コウスケは泳がせておきます」
ジルがジャンヌに背を向けて歩き出したところでジャンヌは思い出したように声をかける。
「ああそれと、「例の彼を勧誘したいから手伝って」って速水くんに伝えておいて」
「おはようございます」
僕がオペレータールームに入ると司令とアオイさんが神妙な顔つきで話していた。
「どうしたんですか?」
僕の問いに司令が答える
「今朝、天海カズハが無断欠勤した件だが。昨日からアパートに帰っていないと宝条から連絡があった。携帯も繋がらないため連絡が取れないそうだ」
「ナオくんは何か知ってる?」
「いえなにも。というか今初めて知りました」
「そうか...病院にも搬送されたという情報は入り込んでいない。最悪の事態を想定しなければ...」
「...拉致ですか?」
パレイーズ結社が非戦闘員である天海カズハさんを拉致したと。となると人質か?
「俺たちは警察や公安と連携して捜索にあたる。お前たちも手掛かりが見つかればすぐに連絡してくれ!」
「「了解!」」
暗闇の中、俺は一人佇んでいる。
自分は夢の中にいるんだと瞬時に理解できた。
暗闇の空間の中に他の人が現れる。俺の家族だった。父と母と弟だった。
「なんでお前だけ助かっている?」
「なんで僕たちを助けてくれなかったの?」
「アンタが死ねばよかったのに」
わかっている。これは俺の罪悪感が罪悪感が見せる幻。それでも...。
「違う...俺は...」
何も違わない。土砂崩れで潰れた家の中、俺だけが救助されてしまった。俺が頑張れば、みんなを助けることだってできたかもしれないのに。
だから俺は、生き残ってしまった者として、死んでいった者たちの分まで、
苦しんで、
苦しんで、
苦しんでいかないと行かない。
「ごめん。死ぬことはできない。俺はみんなの分まで」
顔をあげれば目の前にみんなの姿はなく、遠野カエデが俺を睨みつけていた。
「私を殺しておいてまだ生き続けるの?」
「俺はぁっ...」
声が上擦る。
俺はカエデを殺したくなかった。
ずっと一緒にいたかった。
ずっと隣にいて欲しかった。
俺は...俺はぁっ......!
「俺はああああああああああああああああああああああああああああ」
気付けば俺は布団から飛び起きていた。いつもの自分の部屋。ふとスマホに目をやると今まさに司令から着信が来ている。
「はい加藤です」
「加藤、有給休暇中に悪いが出動できるか?神奈川埼玉千葉で同時に出現だ」
怪異の三ヵ所同時出現。明らかに人為的なものだ。こちらを誘っているのか?
「大丈夫です、出動できます」
「埼玉のクネクネ67体は黒田、神奈川の姦姦蛇螺は伊吹が対処する。加藤は千葉の八尺様を対処してくれ」
「了解!」
俺は隊服に着替え怪異対策機動本部へと向かった。
「こちら加藤、木更津市に到着しました」
俺は空自のヘリで千葉県木更津市に移動し変身して地面に着陸する。
「そこから東に800m行ったところに八尺様の反応がある」
「了解ッ!一気に距離を詰めますッ!」
俺は全力に走り抜ける。リープロギアを纏った状態であれば800n程度数秒で走り抜けられる。
「距離600…400…待ってください!八尺様の反応消失!」
オペレーターの動揺した声が聞こえる。
「なんだとッ!ユウジ!早急に確認してくれるか」
「了解ッ!」
俺は全速力を維持したまま目的地まで走る。目的地に到着するとすすきの草原が広がっていた。草原の中央には3人ほど人の影が見えた。
「よかった、加藤くんがここに来てくれて」
女の声、それに俺の名前を知っている?
「誰だッ!」
「はじめまして、私はパレイーズ結社の幹部にして過激派の統領「セリーヌ」いや、「ジャンヌ・ダルク」と名乗ったほうがいいかな?以後お見知りおきを。」
「ジャンヌ・ダルクだとぉッ!」
司令が驚くのも無理はない。歴史上の人物であり、火刑に処され死んだはずの人間が今こうして目の前にいるのだ。蘇ったのか。それとも自分をジャンヌと思い込んでいる精神異常者か。
「左にいる黒髪の彼が「アンドレ」こと「ジル・ド・レ」、そして右にいる日本人の彼が「速水カイト」。よろしくね」
ジルと呼ばれる男は黒髪の西洋風の顔つき、速水カイトと呼ばれる男は日本人の顔つきをしておりサングラスを掛けている。
「ウチの職員を誘拐したのはアンタらか?」
「その節はすまないと思っている。こちらの構成員が独断で行動したとはいえ、責任は上に立つ私にある」
なんだ?過激派のわりには意外とまともだ。
「だが、それは私たちが歩みを止める理由にはならない」
「...さっきまでの期待を返して欲しいね」
「それは君が勝手に期待しただけだろ?」
それは確かに。
「パレイーズ結社の過激派はそれぞれの思惑を持って活動している。世界の征服や混沌の加速など様々な理由を持っている。私が掲げる目標は「全人類の意識の剥奪」だ」
ずいぶん大きく出たな。全人類の意識の剥奪。そんなことが可能なのか?
「そうそう、危うく忘れるところだった」
ジャンヌは俺の目を見つめてこう呼びかけてくる。
「加藤ユウジ、パレイーズ結社に入らないか?」
「断る、ディストピアに興味はねぇよ」
それに、カエデを殺した時点で俺は正義の味方になるって決めたんだ。
「あらら、フラれちゃった、しょうがない。用は済んだ、じゃあ後はよろしくね速水くん。帰ろっかジル」
「承知いたしました」
ジャンヌとジルは俺に背中を向けて歩き出す。
「あとはお任せを」
「そう簡単に逃すと思ってんのかッ!」
俺が駆け寄ろうとするも速水カイトが俺の前に立ち塞がる
「お前の相手は俺だ、加藤ユウジ」
「あっ、そうそう、一つ言い忘れてた」
ジャンヌが歩むのをやめこちらに振り返る。
「遠野カエデが生きられない世界なんて本当に必要か?」
「必要に決まっ...」
言い切れなかった。理性では言いきれても感情では言い切ることができなかった。
「速水くん、殺してもいいけど加藤くんがパレイーズに入りたいっていったら素直に入れてあげてね」
「御意!」
「行かせるかよッ!」
「俺の存在を忘れてもらっては困る。ジャンヌ様はああ言っていたが俺は手加減できない」
速水カイトはサングラスに指を掛ける。
「ほざいてろ、一般人がリープロギアに勝てるわけないだろ」
速水カイトはサングラスを外す。目を瞑っている。邪視、いや魔眼か?
「その減らず口はどこまで叩けるかッ!」
速水カイトが右目を開く。俺は速水カイトに接近しようとするも身体が動かない。なんだ?何が起こっている?
「お前は何も理解できぬまま死んでいく」
速水カイトが左目を開く。
「心臓握潰」
速水カイトがそう呟いた瞬間、俺の心臓は握りしめられたかのように締め付けられる。
「ガハッ!?」
俺はその場にうずくまってしまう。気付けば身体動くようになっていたのですすきの原に身を隠し移動する。
「おかしい...確実に心臓は握り潰したはずなんだが...」
速水カイトの発言が気にかかる。心臓を握りつぶしたと言っているが実体では握られていない。能力。確実にとも言っていた。威力が減衰された?リープロギアは対呪防御機構が備わっている。能力は呪いか。つまり左目の魔眼が呪いの発動か。
「残念だったなぁ!威力がショボかったんじゃねえの?」
俺は煽りつつもすすきの中を移動する。
「そうか。なら威力をあげるとしよう」
「こっちも聞きたいんだけどよぉ~。身動きが取れなくなったのと心臓を締め付けてきたのは別の能力だよな?」
身動きが取れなくなる能力。食らったときは冷静に分析できなかったがすすきの原も動いていなかった。だが、草原の中に隠れていた部分は動かすことができたことから右目の能力は空間固定。
「能力は一人につき一つとは誰も決めてはいないからな。正確には右目と左目で別々の能力ってだけだがな」
「魔眼保持ってだけでもSRってのに両目で別の魔眼とかSSRじゃないっすかぁ。じゃあ、死んでもらおっかなッ!」
俺は落ちているテニスボールほどの石を速水カイトの頭部に目掛けて投げつける。速水カイトは飛翔してきた石を能力で瞬時に止める。俺はすすき原に隠れつつ移動する。
なるほど、視界に入っただけで止めることができるのか。ならこれはどうだ。
俺は片手で砂利を掴み投げつける。速水カイトは砂利も固定する。
視界に入った砂利を全て止めやがった...いや、違う。よく見ると小石の影に隠れていた砂は止まっていない。見えている部分しか止められないってことか。やはり能力は目にうつったものを固定する、空間固定って言ったところか。
固定化され浮いていた砂利が重力に従い落下する。
固定化できる時間は約5秒間か。
俺はすすきの間から連続で石を3回投げつける。速水カイトは3連続で石を固定化する。
固定化は連続で行使可能か。厄介だな。極力すすきからは出ないように出ないようにしよう。で、問題は心臓を握り潰す能力だが。
俺は石を投げつつも移動を繰り返している。
「さっきから隠れては石を投げを繰り返しているがよくそれで倒すとほざけたな」
煽ってすすきの原から身体を出させる作戦のようだがそうもいかないんだなこれが。
「そっちこそ心臓を握り潰す魔眼を使ってこないが、もしかして見えてないと発動しないんすかぁ?」
「勘違いしないでもらいたいが、見えていなくとも使うことはできる。無駄撃ちしたくないだけだ」
煽り耐性無。それに無駄撃ちねぇ、少なくとも対象に狙いを定める必要があるってことか、加えて回数制限もあるみたいだ。よし、大体方針は決まった、あとは...。
俺は速水カイトに投石をしつつも周囲を確認する。
アレは使えそうだな。
俺はすすき原に隠れつつも近くの森に移動する。
「勝てないとわかって逃げる選択肢を選んだかッ!」
「いいや違うねッ!お前を倒すための策なんだよッ!」
俺は拳のラッシュで一本のクスノキを殴り倒す。俺は倒したクスノキを速水カイトの方へ投げる。速水カイトは魔眼で飛翔してきたクスノキを魔眼で固定化しようとする。俺はクスノキの葉の中から石を投げつける。速水カイトは咄嗟に魔眼の能力を使用し石を目前で止めることに成功する。しかし石の影に隠れていたクスノキは固定することができず直撃し速水カイトは吹き飛ばされる。
あいつをクスノキの中に取り込むことができたら勝ち確だったんだけどな。
俺はクスノキから出て吹き飛んだ速水カイトの元へ駆け寄る。
倒すなら今がチャンスッ!
速水カイトへの距離が2mになったところで俺はあの言葉を思い出す。
「遠野カエデが生きられない世界なんて本当に必要か?」
気付けば、俺の動きが止まっていた。速水カイトの能力ではない。俺の無意識が俺の身体を止めてしまった。
「終わりだ」
「しまっ」
「心臓握潰ッ!」
俺の心臓が強く握られる。
「グゥぅッぅぅぅぅッ」
俺はその場に倒れ込む。
「やはり何かしらの呪いの耐性を持っているな。運が良かったな、加藤ユウジ。今日は殺さないでおいてやる。明日の15時、千葉か埼玉のどこかで八尺様反応が出たら俺の合図だ。パレイーズ結社に入りたくなったら俺のところに来い。じゃあな」
速水カイトはそう言ってその場を立ち去る。
「待ちやが...れってんだ...」
しかし俺の言葉は届かない。俺は立ち上がろうとするも膝をついてしまう。
「クソッ!」
僕とアオイさん、そして西園寺司令は本部のオペレーター室で話し合っていた。自動ドアが開きユウジさんが入ってくる。
「帰投しました」
「ナオくん!体調は大丈夫?」
「大丈夫っすよ、ちょっと心臓を握られただけですよ」
それ本当に大丈夫なんですかね...?
そんなことを思っているとユウジさんは司令の目の前まで歩いていく。
「帰ったか、ユウジ」
「はい」
「ユウジ、まだ戦えそうか?」
この問いは、コトリバコの怪人。遠野カエデを殺し精神を病んでいたユウジさんに対して「戦う理由はあるか?」問うている。
「大丈夫です、俺はもう戦えます」
加藤ユウジの胸の内には、まだ戦う理由が残っていた。
「そうか...よし、感傷に浸っている暇は無いな。ユウジ、今回の魔眼使いの件洗いざらい話してくれないか?情報共有が必要だ」
「了解です」
「なるほどな。速水カイト、なかなかに強敵だな。八尺様を召喚してこないのなら俺が出向いていたんだがな」
たしかに。司令のスピードなら空間固定を使われる前に屠ることが可能だろう。
「問題は八尺様だけじゃ無い。左目の心臓握潰とかいう能力もなんとかしなきゃだよね」
「リープロギアの対呪防御機構のおかげで即死を免れていますが、今は減衰されて心臓を掴まれる程度で済んでいますが、いつ握り潰しにグレードアップするかわかりません」
「指定場所によって難易度が変わってくるな。遮蔽物のない場所だと一瞬で固定化されて終わりだ」
僕たち4人は思考を続ける。数秒の沈黙が流れる。
「あっそうだ。ナオくん確か妖刀-参式-に適合できてたよね?」
「えっ、そうなんですか?」
そうか、ユウジさんは奥出雲に1週間滞在していたから僕が参式に適合出来ていたことを知らないのか。
「まあ適合はできましたけど...」
「速水カイトの魔眼に対抗できるんじゃない?」
「いやいや、魔眼の能力に効くかどうかもわかりませんし。それに固定化は一瞬なんですよ?」
抜刀前に固定化されて為す術もなく終わる気がする。
「スバルさんが言ってたよ。白アルベドフェイズは魂や縁、概念の分解ができるって」
「それなら魔眼の能力も分解可能できそうですねえ!」
「待ってください。見えないものをどうやって斬れっていうんですか!」
望遠鏡を覗き込んだりダブルエクストリームダッシュしてもらうしかないのか...。
「タイミング合わせて適当に斬ったらいいんじゃない?」
そんな適当な...。
「よしナオキ。お前はユウジと一緒に速水カイトの対応をしてもらう。明日の15時に八尺様の反応が出る。それまでに万全の状態にしておけよ!」
「了解!」
「はぁ…了解」
僕はしぶしぶ了解した。
俺はトレーニングルームにてサンドバックと向かい合っている。
「遠野カエデが生きられない世界なんて本当に必要か?」
ジャンヌの言葉がまだ脳裏にチラついてやがる。
俺は苛立ちを拳に込めてサンドバックに叩き込む。
それに、ヤツの目的。「全人類の意識の剥奪」
意識を剥奪すれば人間はどうなるのか。寝たきりとなり植物人間状態となるのだろうか。それとも、普通に生活できるのだろうか。それは生きていると言えるのだろうか?
なんにせよ、阻止しなければならないだろう。
だというのに、心の奥底では、それを望んでいる自分がいる。
突如としてトレーニングルームにサイレンが鳴り響き、女性の声でアナウンスが流れる。
「埼玉県寄居町にて数体の八尺様の出現反応が確認されました。装者のみなさまは速やかに現場に急行してください。繰り返します~」
「来たか」
俺はすぐさまトレーニングルームを抜け出した。
埼玉県寄居町の山の中を走っていると数十mほど先にサングラスをかけた男性が立っているのが見えた。速水カイトだ。
「緑のリープロギア...黒田ナオキか!そこで止まれ!」
僕は数メートル離れた地点で止まる。
「加藤ユウジはどうした?」
「ユウジさんはここには来ませんよ。今回の相手は僕です」
今は。
「つまり加藤ユウジは結社に入るつもりはないと?」
「そういうことになりますね」
「そうか...念のため聞くがお前は結社に入るつもりはないか?」
「お断りします。僕は体制側のほうが気に入ってるので」
速水カイトはサングラスに指をかける。
「わかった。それじゃあ俺の魔眼で殺してやるよッ!」
「来るかッ!」
速水カイトは右目の能力を使用する。その瞬間、僕はリープロギアの思考加速機能を用いて超速で思考する。
リープロギアで思考加速の機能を使えていなかったら確実に詰んでいた。だが、加速するのはあくまで思考のみ。早く対処法を考えないと!
僕は周囲の木や草を観察する。スローに見える景色で一つのことを理解した。
固定化は全てを一気に固定化するわけではない。あくまで魔眼を中心に広がっていくんだ。音が発生源から広がっていくように。これならいけそうだ!
僕は妖刀-参式-の柄を握り、広がっていく固定化の壁をタイミングよく斬る。固定化は妖刀-参式-によって分解され無効化される。
やった!
「固定化が発動しない!どういうことだ!」
速水カイトが動揺するのも無理はない。速水カイトは僕が持っている妖刀-参式-に気付く。
「あれは妖刀-参式-!?バカなッ!」
「僕も適合できたんですよ、しかも早乙女アキラと同じ白フェイズに」
「だったら数撃ちまくって固定化してやるッ!」
速水カイトは固定化の魔眼を連射する。僕もタイミングよく参式で斬って無効化する。
「埒があかねぇ、だったらッ!」
速水カイトは左目を大きく見開く。
「ザラル」
「来るッ!」
僕は近くの木へと隠れる。
「ニヤッ!」
僕は一応その場でジャンプする。狙いを定める必要があるとユウジさんから聞いていたため人一人分の跳躍をすれば回避できると考えた。
なるほど、対象が見えていなくても発動する。ただ、狙いが定まらないため外す確率は高くなる...か。ユウジさんちゃんと見てましたかね...?
僕は木の影から飛び出し固定化を無効化しては隠れまた出ては無効化するを繰り返していた。
俺はナオキと速水カイトが戦っている場所へと向かう。
「俺は!ジャンヌ様の「全人類の意識の剥奪」に賛同した!」
速水カイトが叫びながら魔眼の能力を連発しているのが見えた。対しナオキは魔眼の能力、連射されている固定化の能力を妖刀-参式-で何度も斬って無効化している。
「誰もが悲しまない世界を手に入れる。俺は妻と子を亡くしたときにそう決めたんだ」
速水カイトの自分語りが加速する。ナオキがこちらに気付いたのか速水カイトに向かって走る。
合図だ。
俺も全速力で速水カイトの背後から一気にを縮める。数mほどになったところで速水カイトが後ろを振り向く。
「なッ!?加藤ユウジッ!?」
クソッ!勘のいいやつッ!
俺は持っていた黒い布を一枚前方に投げつける。空気抵抗で布は大きく広がる。
「心臓握潰ッ!」
俺は全力で上半身を捻りこれを回避する。
俺はあらかじめナオキと視覚共有をしており心臓を握りつぶす能力のこともある程度把握していた。
「自分語りしちまうぐらい辛かったんだよな?」
俺は上半身のひねりから回転、黒い布をキャッチし一気に速水カイトとの間合いを詰める。
固定化の能力は見えていない部分までは固定化できない。そのためのこの黒い布である。
俺は再び黒い布を投げつける。今度は黒い布が速水カイトの頭に覆いかぶさる。
「じゃあ俺が殺してやるよッ!」
俺が速水に拳を叩き込もうとした瞬間、脳裏にジャンヌの言葉がよぎる。
「遠野カエデが生きられない世界なんて本当に必要か?」
そうだな、カエデが生きられない世界は消えてもいいのかもしれない。
でも俺はその選択肢を選ばない。
俺は世界とカエデを天秤にかけ、遠野カエデを殺し、加藤ユウジになったんだ。
俺は拳のラッシュを速水カイトに何発も叩き込む。100発ほど拳を叩き込み最後の1発を喰らわせる。速水カイトは大きく吹っ飛ぶ。
「やりすぎですよユウジさん!」
「たしかにやりすぎた、だが死んではないから大丈夫でしょ?」
「そうですね」
俺は通信機を用いて本部に連絡を入れる。
「こちら加藤、魔眼使いを無力化しました」
「了解した、そいつを回収し帰投してくれ」
「「了解!」」




