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第40話:はじめましてだな

 目が覚めるとそこには、いつもの天井が広がっていた。

 あの場にいた誰かが自室まで運んでくれて、こうしてベッドに寝かせてくれたのだろう。


「ピッピ、ピ─」


「ぴっぴ?」


 小鳥の声が聞こえた方へ顔をやると、窓枠に乗って小鳥が鳴いていた。

 ただ歌でも歌っているのかと思ったが、やけにワンツの方を向いて鳴き声を上げている。

 あまりにも必死そうに何かを訴えかけてきているように見えたので、窓を開けてやる。

 すると、窓の前にある小物がよく置かれているスペ─スに、小鳥がちょこんと座った。


「なんだお前。随分と人懐っこい鳥だな」


 左手の人差し指で軽く撫でてやると、小鳥は気持ちよさそうに目を細める。


「あ、そういえば俺の左手……」


 見てみると、誰かが治療してくれたのだろう。

 左手には包帯が巻かれている。

 ルキウスの槍を受け止め、大穴の空いた左手。

 あの時のことを思い出すだけで、口の中が苦くなる。

 出血多量で死なないように、強引に焼いて止血した左手。

 感覚はしっかりあるし、痛みもそれほどない。

 しかし、この白い包帯を解いて、中の状態を確認する勇気は、今のワンツにはなかった。


「あ、おいどこ行くんだよ」


 現実逃避もかねて、しばらく小鳥を撫でていると、突然部屋の中を飛び回り、外の枝に止まった。

 そのままどこかへ行くわけでもなく、小鳥はじっとワンツを見つめてくる。


「ぴっぴ」


「う─ん、どういうことだ?」


 小鳥はしきりに鳴いて、ワンツに何かを伝えようとしてくる。

 しかし、ワンツの持っているスキルに、動物と会話ができるそれはない。

 

「何を言ってるのか分からないけど、とにかく外に出てみるか」


 あの小鳥は、自分に何かを伝えたいのかもしれない。

 それに、小鳥に導かれてどこかへ向かうというのも、童話のようで悪くない。

 夕方に、小鳥の鳴き声で目が覚める。

 なんとも不思議な気分で、ワンツは外に出た。

 

 

「旧校舎?」


 小鳥に導かれるまま歩いていくと、旧校舎に到着した。

 夕焼けに照らされている旧校舎へと、小鳥を追って入る。

 1フロアの踊り場ごとに止まり、ワンツを確認するように飛んでいく小鳥に付いていくと、開けっ放しにされた屋上の扉から外へ出ていく。

 旧校舎の屋上など、普段は誰も近づかない。

 おそらく、ルキウスとの決闘前夜に、フレアと話して以来、誰も使っていないはず。

 ということ、この先に誰かがいる。

 ワンツは軽く深呼吸をしてから、屋上へと入る。

 夕焼けの光が眩しくて、目が開けられない。

 そんなワンツに、聞き覚えのある声がかけられる。


「よう魔王、元気か?」


 見なくても分かる。

 気さくな感じで話しかけてきた声の主の名前を、呼ぶ。


「悪くはないよ。そっちはどうなんだ? ルキウス」


 ゆっくり目を開けると、ルキウスが鉄柵を背もたれにしながら、こちらへ笑顔を向けていた。

 人差し指には、ワンツを起こしここまで導いた小鳥が止まっている。


「その小鳥……」


「ああ、こいつか? こいつは俺の召喚獣……っていうと大げさなんだが、まぁ使い魔みたいなもんだ。こうして、ちょこちょことお使いを頼んでる」


「俺をここまで呼んできてくれ、みたいな?」


「そう、そんな感じ」


 ルキウスが手を振ると、小鳥は空へ飛び立ち消えてしまった。

 こういう魔法もあるんだと、アリスから聞かされてはいたが、召喚魔法というのを見るのは、これが初めてだ。

 なんとなく、小鳥が消え去った場所を眺めてしまう。

 世界が夕方から、夜へと移り変わっていく。

 冷たくなってきた風を感じながら、ふたりは並んで空を見ている。

 自然の音を聞いていると、おもむろにルキウスが話しかけてきた。


「なぁ魔王」


「なんだ?」


「俺はお前に負けた。途中からは手を抜こうなんて考えは、微塵もなかったんだ。本当に」


「あぁ」


「天才に失敗は許されない。アイデンティティを無くした俺に、きっと価値はないんだろう。なぁ魔王、俺はこれから何を頼りに生きていけばいい」


 う─ん、と少し考えてから返事をする。


「それは、自分で決めないと意味がないんじゃないか? どう生きたいか。どう生きていくべきなのか。そんなことは、他人にとやかく言われて決めることじゃない」


「……手厳しいな、お前は」


 ルキウスが選ぶべき道。

 それを、ワンツが指し示すことは簡単なことだ。

 決闘に負けたのだから、ワンツの仲間となり忠誠を誓えと言えばいい。

 むしろこれは、人生観を否定され行く末を迷っているルキウスが、今一番欲している言葉だろう。

 しかし、それでは意味がない。

 それは結局、天才という偶像を押し付けてきた無責任な誰かたちがやってきたことと、同じだからだ。

 今まで演じてきた天才ルキウス・ランギスという仮面を脱ぎ捨て、ひとりの人間として選ばなければならない。

 だからこそ、ワンツは聞いた。


「お前はこれから、何をしたい?」


「俺がやりたいこと……か」


「ま、こんなこと、急に言われても困るよな」


「いいや、たしかに難しい問題ではあるが、いつかは決めなければいけない問題だとも思う。だからまずは魔王、お前の……そうだな夢を聞かせてくれないか?」


「俺の夢を?」


「参考にさせて欲しいんだ。これまで、将来やるべきことは考えてきたが、これからやりたいことなんて、考えたこともなかったから」


「そうだなぁ、俺の夢か……」


 考えてみる。

 偉そうに言っておきながら、たしかに夢というのは考えてたことが無かったかもしれない。

 どう生きるべきか。

 どう生きたいのか。

 達成するべき目標ではなく、いつか叶えたい夢。

 ワンツにとってそれは……。

 頭に浮かんだそれは、理想にすることすらも、はばかられるほどの絵空事。

 しかしそれは、口元からこぼれ出るように呟かれた。


「いつか、魔王と勇者が戦わなくてもすむ世界にする」


「……え?」


「あ……自分でも分かってるんだ。俺が言ったことは途方もなくて、それでいて世界の根幹を否定してしまうようなことだって」


「でもそれが、これからお前がしたいこと?」


「あぁ。これが俺のやりたいことだ。てか、前も言わなかったか?」


「……そうだったかな。魔王と勇者という運命を破壊する。これが魔王、お前の夢だというのなら、これからは俺も一緒に、その夢を追いかけさせて欲しい」


「え、ルキウスそれってつまり……」


 ルキウスは地に膝をつき、うやうやしく頭を下げる。


「魔王。私、ルキウス・ランギスは、あなたに忠誠を誓う。これからは我が力のすべてを、あなたのために使うと約束しよう」


「ありがとう。だけどルキウス、気持ちはありがたいけど、俺は魔王になる気はないよ」 


「……ふむ、なるほど。ならこっちか」


 ルキウスはゆっくりと立ち上がり、まっすぐ手を伸ばしてくる。


「これから世話になる、ワンツ」


「こちらこそ、ルキウス」


 分厚い雲を抜け、月明かりが周囲を照らす。

 もちろん、固い握手を交わすふたりの元にも、明るく降り注いでいた。



 ここはテンスラウンズの本拠地である屋敷。

 守衛の仕事をしている生徒に怪訝な顔をされながら、渋々通されたワンツは今こうして、長い廊下をとぼとぼ歩いている。

 適度に反発してきて踏み心地のよい赤い絨毯。

 無限に部屋があるのではないかと思うほどに並んでいるドア。

 ここまで来てしまってはいるが、それでも往生際悪く、隣を歩くルキウスに聞いてみる。


「……本当に行かなくちゃいけないのか?」


 これからおもむく場所と、ワンツがやるべき仕事を考えると、足取りが重たくなる。

 ため息交じりにの質問に、ルキウスはやれやれと呆れたように答えを返してきた。


「当たり前だ。それより、そんな顔してないで、もっと喜んだらどうなんだ? テンスラウンズ第10席様」


「……勘弁してくれ。俺は──」


「高い身分になんか興味はない。だろ?」


「あぁ、そう」


 決闘のル─ルにより、ワンツとルキウスの学年順位が入れ替わり、ワンツは結果的にテンスラウンズの末席に座ることとなった。

 もっとも面倒事が増えるだけだろうから、ルキウスに返却しようとしたが、そんなことできる訳無いだろ、と一蹴された。

 不本意ながらも大出世をしたワンツ。

 しかし、フレアたちの順位は変化していない。

 己の順位を賭けて行われる決闘。

 ルキウスは集団戦と言ったが、勝負のテ─ブルに賭けられたのはワンツとルキウス、ふたりの順位だけだったらしい。

 つまり決闘の規模に関係なく、賭けられていない順位は変化しようがないという理屈だ。

 フレアはぶ─たら文句をたれていたが、結果的にはこの方がよかったのだろうと思う。

 しかし、今はそんなことはどうでもよい。


「そもそも、首席が召喚状を俺によこしたからって、律儀に出向かなくたっていいんじゃないか? あいつ……勇者は魔王を討つって、大勢が見てる場所で宣言したんだぞ?」


「あんなのは、大衆を扇動するための、政治的パフォ─マンスに過ぎない。いきなり荒事になるようなことはないさ。テンスラウンズだって、まだ勇者という一色に染まった訳じゃないからな。それに」


「それに?」


「俺との決闘に勝ったお前は、末席とはいえテンスラウンズの一員だ。この地位を、活かさない手はない」


「テンスラウンズ、ねぇ……」


「お前の生い立ちを考えたら無理もないのかもしれないが、権力を持つこと自体は悪いことじゃないぞ。要は使い手次第ってことだ」


「……分かってるよ、それくらいは」


「まぁ直に分かるさ、テンスラウンズに入ることの意義と、周囲に与える影響力がどれほどのものか」


 そう言ってルキウスは、不敵に微笑んだ。

 学園長に次ぐ権限を与えられた学生組織。

 テンスラウンズとは、ソルシエ─ル魔法学園における最強の10人を指し示す称号だ。

 その末席を、ワンツは獲得した。

 魔王と勇者。

 殺し合うことを運命づけられたふたりの少年が、ついに相対する。


「準備はできたか?」


 目の前には飾り気のない木のドアが立っている。

 なんの変哲もない金縁の黒いドアなのだが、荘厳さを感じるのは、やはり向こう側にいる人間たちが持つプレッシャ─のせいだろうか。

 すぐに回れ右をして自室へ飛んで帰りたいところではあるが、ここまで来てしまっては腹をくくるしかない。


「あぁ、行こう」


 緊張している自分を欺くように、落ち着いた笑顔をルキウスへ向けた。

 そんな精一杯の強がりの笑顔を受けて、ルキウスは深くうなずきドアを開く。

 円卓中の視線がワンツに集中する。

 学園を代表する強者たちから一点に向けられる視線。

 普段のワンツならば、冷や汗ものだっただろう。

 しかし決して好意的とはいえない視線を、ワンツは認識していなかった。

 ワンツの意識は今、ひとりの少年へと集中していたからだ。

 おそらく、向こうの少年も同じだろう。

 会議室のような広い部屋の最奥、頬杖をつきながら、人当たりのよさそうな笑顔を浮かべている金髪の少年。

 顔をしっかりと見たのは初めてだったが、本能的に理解した。

 運命の相手にかける一言目は決めている。


「はじめましてだな、勇者」

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