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第33話:何をやっても彼には届かなかった、それでも

 第7決闘場。

 それは新校舎ほどの華やかさはないけれども、旧校舎ほどの無骨さはない。

 4階建てのそれは、まさによくある三角屋根の屋敷を巨大化させたような見た目だった。

 建物の前の敷地には、大勢の人間が防御を固めている。

 それなりに離れたこの場所から見てあれ程に感じるのだから、実際には尋常じゃない人数が防衛のために集まっているのだろう。


「そろそろか」


 ワンツの呟きに反応したのか、一瞬体が震え産毛が逆立つ。

 腕を軽く撫でてみると、気持ちが悪いくらいに鳥肌が立っている。

 素肌を見るのが怖くなって、遠くに見える第7決闘場を眺めていると、フレアが声をかけてくる。


「あんたって、意外と緊張しいよね」


「うるせえよ。そういうお前は肝が座ってるよな」


「どういう意味よ、それ」


「将来大物になりますよって意味」


「ふふん、あんたもようやく私の力に気がついたようね」


 若干の皮肉を込めて言ったのだが、どうやらフレアは言葉の意味そのままに、受け取ったらしい。

 自信満々といった笑顔で、ふんぞり返っている。


「まったく調子が良いですわね。フレアさんがつけあがるだけでしょうに」


「大事な決闘の前に、テンションが下がるよりはいいだろ?」


「それもそうですわね。でしたらワンツ様、わたくしにも何か気分の上がるお言葉をくださいな」


「……期待してるよ、ゲルダ」


「いやん、いけずな所も素敵ですわ、ワンツ様」


 頬に手を当て体をくねらせながら、猫撫で声でそんなことを言ってくる。

 大事な決闘の前なのにふたりとも、相変わらずの調子だ。

 もっとも、緊張で体ががちがちになっているよりは何倍も良いだろうが。

 やれやれと息を吐いていると、ニョキッと間近にセレ─ネが現れる。


「ってうわっ、セレ─ネか」


「うわっとは随分な態度だね、ワンツ君。まるで私が厄介者みたいじゃないか」


「そ、そんな訳ないだろ。いきなりこんな距離で話しかけられたら、誰だってそんな態度にもなるよ」


「ふっ冗談だよ、冗談。ところで私にも何かやる気が出てくるような言葉を貰えないのかい? 緊張してるんだよ、これでも」


「やる気の出るような言葉か……。そうだ、この決闘が終わったら本格的に教えるよ。俺が知ってるレ─ルガンのこと」


 セレ─ネの目が鋭く光った気がした。

 ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。


「君も私のことがよく分かってきたみたいだね。俄然やる気が湧いて出てきたよ」


「期待してるよ」


 なんてことない雑談をしていると、新校舎の方から鐘の音が鳴り響く。

 これは予鈴だから、まだ決闘開始の合図ではない。


「始まるのね……」


 フレアが神妙な面持ちで呟いた。

 さっきワンツをからかっていたのは、自分の緊張を和らげるためだったのだろう。

 ポケットに手を入れたり出したり、両手を組んだり離したりと、落ち着きがない。


「あらフレアさん」


 ゲルダが呼びかけると、フレアはビクンと大きく体を跳ねさせる。


「な、何よ……」


「もしかしてあなた緊張なさってますの?」


「は、はぁ!? だ、誰が緊張してるですって!? き、緊張なんてしてませんよ─だ!」


「おやおや、そんな調子でワンツ様から与えられたお仕事を、まっとうできるのでしょうか。自信が無いなら、わたくしが代わって差し上げましょうか?」


「い、いらないしぃ!? 大体、ワンツが私にしかできない仕事だって言ってたのよ? あんたには荷が重いんじゃないかしら」


 ゲルダは微かに肩を揺らすが、何事もない調子でフレアの精一杯の嫌味を受け流す。


「それもそうですわね。精々、あなたに課された仕事と向き合ってくださいまし」


「あんたに言われなくとも、そうするわよ」


 ふん! とフレアは鼻息を荒くして言い放った。


「まったく素直じゃないね君は」


「どういう意味でしょうか、セレ─ネさん」


「フレア君の緊張をほぐしてやったんだろう? 君だってこれだけの人数が絡む初の決闘で緊張してるだろうに」


「わたくしはワンツ様の勝利のため、必要なことをするまでです、さっきのは、それ以上でもそれ以下でもありませんわ」


「可愛いねゲルダ君は。顔を真っ赤にして言われても説得力がないよ」


「なっ!?」


「ワンツ君、君もだよ」


「え、俺も?」


「あぁ。クランの代表としてプレッシャ─を感じてるだろうけど、あまり気負い過ぎないほうがいい。常に結果を求められているんだろうが、それに潰されてしまっては意味がないからね」


「……分かった、ありがとうセレ─ネ」


「ふふ、これで少しは年上の余裕という奴を見せられたかな」


「もしかしてセレ─ネも?」


「私だって、こうして仲間と戦うのは初めての経験なんだ。緊張のひとつくらいするさ」


「そりゃそうか」


 4人の間に和やかな雰囲気が流れたその時、再び鐘の音が鳴り響いた。

 2度目の鐘の音、つまり本鈴だ。

 ついに決闘が開始された合図である。


「それじゃあセレ─ネは作戦通りに。どうか無理はしないで」


「あぁ、任せてくれ。君こそあまり無茶はするなよ」


「手加減して勝てる相手ではないさ」


 振り向きざまに手を振り残して、ワンツは走り出す。


「よし行くぞ! フレア、ゲルダ」


「ええ!」


「はい!」


 すっかり緊張は和らいだらしい。

 背中から、ふたりの頼もしい返事が聞こえてきた。



 どれほどの人間が集まり、大将であるルキウスがいるあの決闘場を守っているのだろう。

 かなり離れているこの位置からでは、人間の集団というより無作為に色を配置したドット模様に見える。


「私もああして、皆と一緒に戦うことができれば良かったのだけれど……」


 ドット模様の群衆へ真っ直ぐ突っ込んでいくワンツたち3人を見ながら、セレ─ネは独り言を呟く。

 昔から特別体が弱かった訳ではない。

 むしろ、風邪をひとつも引かない健康体だった。

 しかし彼のように、強靭な肉体を持ってはいなかった。

 別に魔法の才能が無い訳ではなかった。

 しかし彼のように、自由自在に扱うことはできなかった。

 頭の出来としては、むしろ良い方だと個人的には思う。

 しかし彼のように、秀でている訳ではなかった。

 総合的には、優秀な部類に入るだろう。

 しかしどれを取っても、彼には遠く及ばない。

 彼を天才だと評して自分を慰めるのは簡単なことだ。

 しかしそれでは、彼を一生ひとりきりにしてしまう。

 このままでは一生、彼の隣に立つことはできない。

 

「だから、だから私はこれを開発したんだ」


 セレ─ネはレ─ルガンをゆっくりと構える。

 こんな物を開発した所で、ルキウスには関係ない。

 ワンツたちが言う通り、強力な魔法使いたちの前では簡単に回避、ないし防御されてしまうからだ。

 自己満足の言い訳づくりでもいい。

 これならと、自分を納得させることができるだけの実績が欲しかった。

 鉄片を削って作った、簡易的な照準器を群衆へと向ける。

 

「この気持ちはただのエゴなんだろう。でも……それでも私は君をひとりぼっちにはさせたくない。私は君の隣に立っていてもいいんだと、自信を持ちたい。だから……」


 一筋の雷撃が最強の盾を貫く様子をイメ─ジした。

 雷の魔法を発動して、引き金を引く。


「ルキウス、私は君を撃つ。私の全身全霊をかけたこのレ─ルガンで!」


 間近で発生した光で、視界が白く染まる。

 一瞬遅れて、巨人が地を踏み潰したような轟音が響き渡った。

 何度か瞬きすると、視界が戻ってくる。

 決闘場のある辺りには、巨大な砂煙が立ち上っていた。

 狙い通りの場所には命中したらしい。

 しばらくして砂煙が晴れると、無傷の決闘場が映った。

 腕の力が抜けて、ダラリと垂れ下がる。


「はは……やっぱりそうか。やはり私程度の力では、君には到底及ばないか、ルキウス」


 決闘場の前には、半透明の結界が展開されていた。

 ルキウスはセレ─ネのレ─ルガンによる奇襲攻撃を読んでいて、事前に防御結界魔法を展開していたのだ。

 半透明の防御結界は5つに分裂した後、円形の浮遊物体へと変化し消滅した。

 

「ワンツ君には先制攻撃が済んだら下がっていていいと言われたが……」


 力なく垂れ下がっていた腕に力を込めて、レ─ルガンを抱える。


「そうも言ってられないな。私にだってあのお節介に言いたいことがある」


 ワンツたちを追うように、セレ─ネは歩き出した。

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