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第30話:少し前の温かいお話

 天才ルキウス・ランギスにとって、セレ─ネ・ライトニングという人間はどのような存在なのだろうか。

 両手の指では足りないほどの数の、幼馴染たちの内のひとり?

 ずっと一緒にいたから、家族のような感じ?

 それとも、もっと別の……。



 物心がついた時から、すでにルキウスは天才だった。

 言われたことを言われた通りにこなすだけではなく、それ以上の成果を上げる。

 それでいて自らの才能におごることもなく、いつも謙虚な言葉で自分を律している。

 彼のニコニコとした人の良さそうな笑顔を、薄気味悪い仮面のようだと思っていたのは、後にも先にもセレ─ネただひとりだっただろう。

 そんな外面の良い彼を、悪く言う者などひとりもいない。

 知れば誰だって彼を羨むだろう。

 彼のような才能が欲しいと神に乞うだろう。

 能力、容姿、器量、何ひとつ欠けているものがないであろう完璧な人間。

 将来は王都に行って、王国騎士団にでも入るのだろう。

 この学園に通う男子ならば、誰だって憧れる理想の人生が約束されている。

 それが天才ルキウス・ランギスなのだ。

 しかしなぜだろうか。

 彼を見ていると時々、セレ─ネはとても哀れに見えることがあるのだ。



「セレ─ネ」


 工房で作業をしていると、いつものようにルキウスがやってきた。

 日が落ちる少し前のこの時間に、ルキウスは決まって工房にやってくる。


「君も暇じゃないだろうに。何かをするでもないのに、毎日やってきて飽きないのかい?」


 はじめの方は茶のひとつくらいは出してやっていたのだが、毎日来るものだから途中から面倒くさくなって出さなくなった。

 う─んと少し考えて、ルキウスは答える。


「理由が無ければ来ちゃいけないか?」


「それは……好きにすればいいさ」


 ぶっきらほうに言い放って、セレ─ネは作業に戻る。

 今は、最高傑作を完成させるための研究で忙しいのだ。


「じゃあお言葉に甘えて、好きにさせてもらうよ」


 こうして日が沈むまでの時間を共に過ごす。

 いつの日からか忘れてしまったが、これがふたりの日課になっていた。


「もう帰るのかい?」


 おもむろに立ち上がったルキウスに、背中を向けたまま声をかける。


「あぁ、仕事がたんまりと溜まってるからな」


 さして疲れているようには見えない口ぶりで返してくる。


「さすが、テンスラウンズ末席様は忙しそうだね」


「嫌味はよしてくれよ」


「事実だろう? みんな天才ルキウスを頼るから、余計に仕事が増える」


「俺ができるのは、みんなが求めていることだけ。こんな想定内のことしかできない俺は、天才なんかじゃない。もう聞き飽きたよ、その言葉は」


 凡人からしたら、なんとも贅沢な悩みだと思う。

 しかし天才とは、ルキウスにとっては当たり前のことなのだ。

 自分が当然にできることを褒められても、あまり嬉しくはない気持ちと同じように、ルキウスにとってはそれが天才という称号なのだ。

 理解はしているが、ひとりの凡人として嫌味を言いたくなる気持ちはある。


「それこそ、できる人間の嫌味だね」


「セレ─ネ」


「冗談だよ。けどやっぱり、テンスラウンズって大変なんだね。心なしか疲れているように見える」


 もちろん見た目も、声色も、雰囲気も、普段と変わらず違和感はない。

 しかしセレ─ネは、なんとなくルキウスが疲れているように見えたのだ。

 そこに根拠はない。


「いやそれは……そうだな。やっぱりお前には隠せないか」


「なんで嬉しそうなんだい?」


「さぁ、どうしてだろうな」


 クククと楽しそうに、ルキウスは笑う。

 ルキウスとは、小さい頃からずっと一緒にいる。

 だがそれゆえに、変化に気付けなかった。

 気づけば彼は、青年になってしまっていた。

 いつからだろうか。

 大人たちが見せる無機質な笑顔ばかりを、彼が見せるようになったのは。

 だからこんな、少年のような笑顔を見たのは、久しぶりだ。

 彼の無邪気な笑顔を見られたのが嬉しくて、セレ─ネもつられて笑ってしまう。


「セレ─ネ」


 ひとしきり笑うと、優しい声色で名前を呼んでくる。


「ん、なんだい?」


「……いいや、やっぱりなんでもない」


 ルキウスは何かを言いたげに口を開くが、言葉にすることなく、微笑みに変えてしまう。

 誤魔化されたような気がして、何を言いたかったのか気になる。


「なんでもないことはないだろう」


「いいや、本当に何もないんだ」


「……そうか」


 ここまできっぱりと言い切られたら、これ以上追求はできないだろう。

 少し不満げに唇をとがらせる。

 ルキウスは要職に付いているのだから、セレ─ネに秘密にしなければならないことも沢山あるのだろう。

 それでも露骨に誤魔化されると、不快とは少し違うが、悲しいような気持ちになる。


「悪い、そんな顔するなよ。別にたいした意味はないんだ。ただ楽しいと思った、それだけだ」


「なんだそんなことか。君のことだから、自分の思い通りにならない面倒くさい女だと、思っているかと思ったよ」


「そんなこと……言うなよ。俺は……、俺はセレ─ネのことを大切な人だと思ってる」


「私もだ。私もルキウスのことは、大切に思っているよ。家族みたいなものだし」


「家族か……あぁそうだな。それもいいかな」


 セレ─ネは素直な気持ちを伝えただけなのに、心なしかルキウスの顔が少し残念がっているように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 なんにせよ、毎日こうして工房でルキウスと話をすること。

 これはセレ─ネがとても大切にしている時間であることは、本人も理解していることだった。

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