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第25話:魔法世界の機械工学者

『旧校舎の特別教室棟に行けば、すぐに分かると思うよ』


 アリスがこう言った意味は、すぐに理解できた。

 次からは、きちんとアポを取るように。

 強く釘をさされたワンツたちは、まっすぐ旧校舎へと戻った。

 最近、新校舎へ行ったばかりなので、余計に旧校舎の寂れ具合というのが目についた。

 照明設備は無く、窓ガラスが雨水などの汚れでくすんでいるので、建物全体が湿っぽく薄暗い。

 そして人の出入りが少ないので、やけに声や足音が響いて、なんだか気味が悪い。

 そんな薄暗く不気味な階段をのぼっていると、高めの音が聞こえてくる。

 何やらリズムを奏でているかのような、規則正しい音だ。


「誰か楽器でも弾いているのかしら」


「おかしいですね。音楽をやるような団体は、この辺りでは存在しないはずですけど」


 カンカンカ─ン、と鐘のような音。

 聞こえてくるリズムは規則的だ。

 確かにフレアが音楽のようだと感じるのも理解できる。

 聞こえてくる音を辿りながら、階段を最上階までのぼり踊り場を曲がると、いくつもの扉が並んだ廊下がある。

 ずっと聞こえてきていた規則正しい金属音の発生源が、一番奥の教室なのだろう。


「うぐッ……」


 石造りのため下の階には、あまり伝わってこなかった大きな音が、ここでは直接押し寄せてくる。

 激しい金属音が廊下で乱反射していて、全方位から音の波が襲ってくる。

 痛いくらいに耳を覆っても、たいして意味はなかった。

 決して快感とは言えない爆音が、四方八方から感覚器官を殴りつけてくるからだ。

 今すぐ回れ右してこの場を離れたい所だが、用があって訪れたのだからそうもいかない。

 チカチカと強い光を放つ教室へと足を進める。


「一体なんなんですの、これは……!」


「え!? あんた今、何か言った!? まったく聞こえないんだけど!」


「少なくともあなたに用はありませんわ!」


「えぇ!? なに!?」


 フレアは人より耳が良いので、この爆音は余計にこたえるのだろう。

 耳を力いっぱい覆いながら不快そうに眉をひそめている。

 そんなフレアに今、何を言っても無駄だと思ったのか。

 ゲルダは意思表示代わりに、小さく舌を出した。


「おぉ……これは鉄工所……か?」


 耳を塞ぎながら教室を覗き込むと、中には古びた鉄塊が無造作に置かれていた。

 古びた鉄塊をよく見てみると、原始的な機械にもみえる。

 そんな年季の入った町工場のような雰囲気がある教室の中心。

 教室の外まで届くような、強烈な光と音を放つ主がいた。

 そこらに散らばっている工具や鉄片を踏まないように注意しながら、ワンツは主に近づいていく。

 主は片膝をつき、何やら作業をしている。

 ここまで近づいて無反応ということは、声をかけても気づきはしないだろう。

 ワンツは肩を叩こうと手を伸ばすが、すぐに手を止める。

 後ろで簡単にひとまとめにされた金髪

 光の角度によっては黄緑色が重なっているように見える。

 そして周囲には重く錆びついた機械と、油くさい空間。

 こんな所にひとりでいるにしては、体つきが華奢に見えた。

 まさか女性なのだろうか。

 ならば断りもいれずに、いきなり体に触れるのは気が引ける。


「あの─! すいません!」


 返事はない。


「あ─の─! す─い─ま─せ─ん!!」


 目一杯の大声を出したが、それでも反応はない。

 ワンツは仕方ないので、この教室の主の肩にそっと触れた。

 その人は驚く様子もなく、被っていた仮面を外しゆっくりとこちらに振り向いた。


「やれやれ、毎日こんなトコロまで来て、君もよく飽きないね」


 親しい相手に向けられるような優しげな口調だ。

 ゆっくりとした喋り方と、落ち着いた雰囲気。

 そして澄ました顔がよく似合う美人顔。


「おや、どちら様かな」


 彼女が汗を拭うと、頬にベタッと黒い汚れがつく。

 そんな油汚れさえも、彼女を引き立てる化粧のように思えてくる。

 それほどまでに、彼女の容姿は大人っぽく美しかった。


「えっと、俺たちは……」


 別にそんな気はないのに、キリッとした目で見つめられると、心臓が高鳴ってしまう。

 独特な雰囲気を持つ彼女に視線を向けられていると、どうも言葉が浮かんでこない。


「ええと……」


「あなたがセレ─ネさんですか?」


 ワンツが言葉につまっていると、ゲルダが横入りしてくる。

 視線が逸れて助かったという気持ち半分と、少し残念だという気持ち半分。

 そんな甘酸っぱい気分は、ゲルダの険しい目つきを見れば吹っ飛んだ。

 反射的に目を逸らすと、フレアも呆れたと言いたげな顔をこちらへ向けている。

 八方塞がり。

 ひとまず愛想笑いを返しておいた。


「そうだよ。いかにも私は、君が言う通りの人物さ。そういう君の名前は?」


「わたくしはゲルダ・スノウクインです。こちらは巷では魔王と呼ばれているワンツ様。そして……」


「フレア。私の名はフレア・スカ─レットよ!」


 なぜかいつもフレアは、自信満々に自己紹介をする。


「魔王……そうか君が噂の魔王君か。一度会ってみたいと思っていたんだよ」


「え、俺に?」


 思わずニヤけてしまうが、両隣からドス黒い雰囲気を感じたので、すぐに顔を引き締める。


「魔王とは世界に災いをもたらす存在。このおとぎ話を知らない人間なんて、まぁいないだろう。だが本当にそうなんだろうか」


「何を仰りたいのです?」


「なに、単純な話だよ」


 そう言ってセレ─ネは、ワンツに体を近づけてくる。

 間近に接近してくる美しい顔面。

 ちょっとしたことで、事故が起こってしまいそうな距離だ。

 なぜだろうか。

 ウェ─ブのかかった毛先が揺れると、錆と油の酸っぱいような匂いがする教室に、爽やかな匂いが加わった気がした。

 離れた方が良いのは分かっている。

 しかし体が言うことを聞かない。

 ワンツはジッと、セレ─ネの目に映り込んでいる自分に視線を返すことしかできなかった。


「ご覧の通り私は研究者だからね。自分で見て、触って、感じたことしか信頼できないのさ。君の名前は?」


「……ワンツです」


「だからワンツくん、君のことを私に教えてくれるかい?」


 あれ、さっきゲルダが一緒に紹介したような……。

 そんな無粋な考えが一瞬、頭をよぎった。

 しかしワンツの頭は混乱している。

 反射的にため息のような、声が漏れ出た。

 小虫が羽ばたいたようなワンツの返事は、ふたりの距離を引き裂く無慈悲な力によりかき消された。


「ならばわたくしたちの聞きたいことにも、当然お答え頂けますわよね?」


「いいよ、私の知っていることなら」


 あれだけワンツはドキドキとさせられていたのに、セレ─ネはさらりと何事もなかったかのように答える。


「では聞かせてください。あなたとルキウス・ランギスが、どのようなご関係か」


「ルキウスとの関係? ……ふむ、せっかくのお客人だからね。お茶でも出そうか。好きなところにかけておいてくれよ」


 セレ─ネはそう言い残し、がさがさと箱をいじりだした。


「ワンツ様、わたくしという者がおりながら、節操が無さすぎるのではないですか」


「節操って言われても……」


 言い訳でもしようかと思ったが、ゲルダの冷たい視線を受けてやめた。

 まさかそんな魔法を使ってきたとは思えないが、氷の板を背中に貼り付けられたような寒気を感じる。


「そ、そんなこと言われても……なぁフレア?」


 なんとか助け舟をと思い、フレアの方へ顔を向ける。


「ぷくぅ……」


 はちきれんばかりに頬を膨らませていた。

 いつも、やんのやんの言ってくるフレアが、無言で頬を膨らませている。


「ぷくぅ、て……なんなんだよもう……」


 ワンツは余計なことを言うのをやめた。


「待たせたね」


 セレ─ネは盆に乗せられた人数分のカップと、湯気が出ているポットを持ってくる。

 木や金属の端材で散らかっているテ─ブルを囲みながら、3対1という構図で向かい合う。


「なんでこんな偏るんだ?」


「わたくしたちは、ワンツ様と来たのですから当然です」


「たぶん、私もそういうことよ」


「お前らなぁ……」


「仲が良いことは素晴らしいことじゃないか。さて、お客人にお願いするのは心苦しいのだけど、茶を淹れてくれないかな?」


 セレ─ネはそう言って、金属の筒を手渡してくる。

 ポン、と小気味良い音を立てて開いた筒を見てみると、中には茶葉が入っていた。

 ただしいつものボロ小屋で飲んでいるそれとは違い、香りが立っていて高級感がある。


「茶を淹れてくれって……さっき茶を出すって言ったのはあなたの方じゃ?」


「そう思ったんだけどね。私がやるより、たぶん君たちに任せたほうが美味しいお茶が飲めると思ったんだ。その方が合理的だとは思わないかい?」


「合理的……なのか? まぁいいや、ゲルダ。頼めるか?」


「はぁ……なんとなくあなたがどんな方なのか分かった気がします。少々、お待ちくださいまし」


「これは褒められているのかな」


「さぁどうだろう、それは」


 決して褒めているということはなさそうだ。

 しかしゲルダのセレ─ネに対する雰囲気が、少し柔らかくなった気がする。


「よく分かんないけど、これってなんなの? 私には古い鉄の塊にしか見えないんだけど」


 フレアはテ─ブルの上に置かれていた工具を手に取り言った。

 手の平で遊んでみたり、つついてみたりしている。


「おいフレア」


「構わないよ。君の言う通りさ。私ができること、そしてやりたいこと。それらが合わさってできたのが、そこらに転がってる鉄くずたちだ。だから大した物じゃない」


 セレ─ネはこう言うが、ワンツには少し違和感があった。

 フレアが何気なく持った工具は、先の細い精密なドライバ─のように見える。

 機械や重工業が発展しているようには思えないこの世界で、それほど精密な作業を必要とする作品が存在するということなのだろうか。

 辺りを見渡せば、よく知ってはいるが、こちらでは見たことのない、家電の親戚のような物体もあちこちに転がっている。


「ここにあるのは、全部あなたが?」


「そうだよ。作品だけじゃない。それを作るための道具、機械、すべて私ひとりで作った」


「これを全部ひとりで!?」


 ワンツの驚いたような態度を見て、セレ─ネは一瞬嬉しそうに目を輝かせる。

 しかしすぐに澄ました表情に戻ってしまう。


「手は汚れるし、服は油でくさくなる。金属加工に機械いじり。こんな酔狂なこと私以外にやってる人間がいるのなら、ぜひ会ってみたいね」


 そういってセレ─ネは、両手のひらを見せてくれる。

 確かに、恋に恋するような10代の少女にしては、随分とたくましい手だ。

 指先は爪の奥側まで黒ずんでいるし、指の腹には新旧様々な擦り傷が刻まれている。


「だけど俺は素敵だと思うよ、こういうの」


「……ほう? それはどういう意味かな」


「他人から認められなくとも、自分の好きなことを一直線にやってきたってことだろ? それはあなたにしかできない、素晴らしいことなんじゃないかな。少なくとも俺はそう思う」


 魔王の善性を証明するため。

 ワンツは幼い頃から魔法や、戦闘訓練を積み重ねてきた。

 命の危機が日常茶飯事の厳しい訓練をやってきたことに、個人的な理由はない。

 アリスに与えられた、この使命を果たすため。

 これだけだ。

 言ってみればアリスの顔色を伺うために、命をかけて修行してきた。

 もちろん、それが許される環境はあっただろう。

 それでもワンツは、セレ─ネを尊敬したいと思った。

 自分の好きなことを信じて、走り続けられるひたむきさを。


「そ、そうか。はは、なんだ君は、意外と恥ずかしい奴だね」


 セレ─ネは何かを誤魔化すように笑いながら、ファスナ─を下ろしていく。

 上下一体型のつなぎのような服を着ているので、上着を脱ぐように背後へ脱ぎ落とす。


「なんだ……その、そのインナ─はいいのか?」


「ん? インナ─なのだろう? なら別に問題ないんじゃないのかい?」


「それはそうなんだろうけど……」


 つなぎの中から現れたのは、丈の短い白いタンクトップのようなインナ─だった。

 外からでは分からなかったが、セレ─ネは中々豊満なものをお持ちらしい。

 胸元でインナ─が押し上げられていて、とても目のやり場に困る。

 かといって目線を下にやると、健康的に引き締まった白い腹が見える。

 つまり、ひらひらと持ち上げられた裾の向こうにあるそれ、を期待してつい目線を上へ向けてしまいそうになるのだ。

 顔をどこへ向けておけばいいんだとドギマギしていると、目の前に金属のカップが強めの音を立てて置かれる。


「お茶が入りましたわ、ワンツ様」


 確かにセレ─ネには少し雰囲気が柔らかくなった。

 だがワンツには、さっき以上に冷たい視線が送られているのは、きっと気のせいではないだろう。


「あ、ありがとう」


 このままゲルダの視線を浴び続けていると凍ってしまいそうなので、慌ててカップに手を伸ばす。

 普段飲んでいる安い茶とは違い、高級そうな味がする。


「やはり間違っていなかったようだ。君に淹れてもらった方がお茶は美味しい」


「高級品を使えば、誰でも一定レベルの味は出せると思いますよ」


「いいや、あれは大したランクの物ではないよ。君のおかげでこの子は、一級品となることができたのさ」


「……どうも」


「照れてるわね」


「はぁ!? 照れてませんけど?」


「い─や、あんたは照れてるわ。私には分かるもの」


 フレアとゲルダが不毛な言い合いをしていると、セレ─ネはおもむろに立ち上がる。


「さて、美味しいお茶を淹れてくれた礼、という訳ではないんだがね。君たちには私の最高傑作を見てもらおうかな。ワンツ君だったっけ。君にならあれの魅力も、伝わりそうだしね」


「いやわたくしたたちは別に……」


「まぁいいじゃないか。どうせなら、相手に気持ちよく話してもらった方がいいだろ? それにあの人が言う最高傑作ってのに、興味がある」


「もはやそちらが主目的でしょうに」


「それはどうかな」


 やれやれとゲルダは肩をすくめる。

 そこらに転がっている機械や工具などを、全部ひとりだけの発想で作り上げたのだとしたら、セレ─ネはとんでもない研究者だ。

 科学や工学などがろくに発展していない、いいや発展する必要性の薄い世界で、ただひとりの機械工学者。

 そんなセレ─ネが最高傑作だと言う物に、興味がない訳がない。


「さて、君たちはこれを見てどう思うかな?」

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