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第2話:魔王は最強の魔法使いの弟子

 異世界転生の儀式により、この世界に誕生した魔王。

 魔王は生み出した張本人である男に殺される寸前に、アリスに救出される。

 その後、赤ん坊はアリスの私邸にて保護され、ワンツと名付けられた。

 赤ん坊時代。

 何か良くない性癖に目覚めそうになりながらも、退屈な日々を過ごした。

 少年時代。

 物心ついてからは、命がいくつあっても足りないような、危険な修行漬けの日々を過ごした。

 そしてワンツは青年時代の第一歩。

 15歳になった。

 ワンツの気質もあって、私邸から外へ出ることはほとんどなかった。

 おかげで宿命の相手である勇者についての情報がひとつもない。

 どんな顔なのか、どんな性格なのか、そもそも魔王と勇者が誕生したことが、世界でどれほど話題になっているのか。

 アリスも聞かないと答えないタイプなのか、屋敷の外がどんな世界なのか少しも知らなかった。

 しかし、そんな引きこもり生活も終わりだ。

 なぜなら、今日からワンツは魔法を学ぶ学校へ入学するからだ。

 もちろん引きこもり気質であるワンツの希望ではない。

 親代わりのアリスが行けというから、仕方なしに行くのだ。

 そんな行きたくもない学校に入学する日の朝。

 ルーティンとは憎いものだ。

 起きたくもないのに、体は自然といつもの時間に意識を覚醒させる。

 億劫な朝だ。

 大きく深呼吸をすると、胸いっぱいに冷たい空気が入り込んでくる。

 行きたくない学校、部屋に充満する寒気。

 そして目の前に広がる氷の世界。


「……マジかよ」


 氷の世界といっても、彫刻が刻まれた氷の家具があったり、外を眺めれば美しいオーロラが見えたりなんて素晴らしい世界ではない。

 ただ眼前で、無骨な氷塊が浮いているのだ。

 ワンツにぶつかる寸前で、時間が止まったように静止している氷塊を、寝ぼけ眼で見ていると、聞き慣れた少女のような声が聞こえてくる。


「おはよう、ワンツ」


 氷に鼻を擦らないように、顔だけをゆっくりと動かす。

 少女が笑顔をこちらへ向けている。

 少女は、長い金髪の先をぴょこぴょこ揺らしながらゆっくりと近づいてくる。

 ワンツは長年、この少女と共に生活してきたから分かった。

 銀縁のメガネの向こうに見える目は、表情に相反して少しも笑っていない。


「いい朝だね」


「……アリス」


「どうかした? ワンツ」


「氷に潰されそうでなかったら、もっといい朝だった思うんだけど」


「ワンツなら寸前で起きてくれると思ったから」


 寸前で起きなければ、あのまま潰されていたのか。

 背筋を走った悪寒は、目の前の氷塊から放たれる冷気のせいだけではないだろう。

 アリスは穏やかで、優しい人間だと思う。

 金持ち特有の余裕というのだろうか。

 悪事でなければ物を壊したって怒らないし、仮に怒られても、たいして怖くはない。

 実年齢はともかく、より体が小さく見えるような長い金髪に碧眼という、人形のような可愛らしい見た目で怒られても、迫力がないからだ。

 そんなアリスから本気の恐怖を感じる時が、ひとつだけある。

 それは魔法に関係する出来事がある時だ。

 ワンツの外出が少ないのは出不精だから、というのはメインの理由ではない。

 物心ついた時から始まった魔法の修行。

 この時間に体力と集中力のすべてを使ってしまうので、他のことに体力を使おうと思えなかったのだ。

 思い返してみると、5歳になった時だったか。

 初めて本格的な魔法修行を、アリスにつけてもらうことになった日だ。

 アリスは恥ずかしがる様子もなくこう言った。


「私はね、最強の魔法使いらしいんだよ」


 今はどうか知らないけれど、と言葉の最後に付け加えて。

 ワンツはこの言葉を聞いた時、こう思った。


「俺を脅すために、あえてオーバーな表現を使っているんだろ?」

 

 そうでなければ、第三者からの評価をああも興味なさげに言ってくるはずがないと、ワンツはそう思った。

 だからこそワンツは、近くにいたメイドに聞いてみた。

 アリスの言葉は、誇張表現なのではないかと。

 するとメイドは、子供に世界の常識を教えるような口調で言った。


「アリスお嬢様。いえソルシエール家の当代、アリス・ソルシエール様が最強の魔法使いであることは、疑いようのない事実でございます。その気になれば、3日もかからず全国民を皆殺しにできるでしょう。つまり、この国はアリス様が善人だからこそ平和なのです」


 この世界は、文字の読み書きができないレベルの田舎の農民ですら、魔法を日常的に使うそうだ。

 そんな当たり前に魔法が存在する世界で、最強の魔法使い直々に指導を受けられる。

 それがどんなに恵まれたことであるかは、魔法に触れたことのないワンツにも、簡単に理解できた。

 しかし優れた才能を持つ者は、持たざる者の気持ちが分からない。

 つまり魔法の天才であるアリス女史は、加減を知らないのだ。

 魔法修行で死にかけた経験は、両手両足の指で数えてもまだ足りない。

 焼かれようと、凍りつけられようと、感電しようと、鋭い風に切り裂かれようと、地面に埋められようとも、修行は終わらなかった。

 どんなに傷ついても、翌日には治ってしまう丈夫な体に生まれてきてしまったことを恨んだのは、一度や二度ではない。

 こんな命が脅かされることが日常茶飯事の生活を、10年続けたのだ。

 すべては今日、魔法学園に入学し勇者を討つために。

 スクリーンのように映るこれまでの人生を眺めていると、目の前の氷塊が一瞬で煙となって消え去った。


「それじゃあ、先に行って待ってるね」


 恐ろしげな雰囲気は消え去り、優しい微笑を残して、アリスは部屋を出ていく。

 気だるい感じがして体は重たいが、二度寝をしようなどとは、到底思えない。

 ワンツはやけに重たく感じる布団を押し返し、ゆっくりと起き上がった。

 洋服掛けにかかっている制服に着替える。

 スラックスにジャケットという、ブレザータイプのような見た目の制服だ。

 ネクタイを結ぶために姿見を覗き込むと、眠そうな目をした男が、前髪を通してこちらを覗き返してくる。

 長めの黒髪は寝癖でボサボサで、少しは整えようかと思ったが、面倒くさくなったのでやめた。

 久しぶりでも体が覚えているのだろう。

 こちらでは初めての経験だったろうに、慣れた手付きでネクタイを結び、ワンツは自室を出た。

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