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第13話:暗闇の雪女

「──開け、スノウキャッスル!」


 骨の髄から凍ってしまいそうな冷気。

 肌を切り裂くようなつむじ風。

 ワンツはおそるおそる目を開ける。


「これは……一体どういう?」


 深い闇の中、ただ目の前で氷の世界だけが光り輝いていた。

 肌を撫でる空気は冷たい。

 緊張でかいた手汗が一瞬で凍りついたのだろうか。

 拳を握りしめると、氷が割れる音がして、手のひらがチクチクとする。


「寒い……ただの結界じゃないなこれは」


 スノウキャッスル。

 ゲルダはこの結界をそう呼んだ。

 しかし先に使用したスノウガーデンとは、世界の密度が全く異なる。

 自分は結界内に閉じ込められているのではなく、本当に別の世界にいるのではないか。

 こう思うほどに、精巧で密度の高い世界だ。


「今はとにかく歩くしかないか」


 オーバーファイア・ロンドを氷のランスに内包して爆発させる魔法。

 名前は未定だが、あれは威力に相応しい魔力消費だった。

 かなりの魔力を持っていかれたからか、頭がうまく回らない。

 雪山に遭難したような状態であるので、本当は対応策が決まるまで動かないほうが良いのかもしれない。

 しかしそのような適切な思考ができるほどの余裕は、すでにワンツの脳にはなかった。



「はぁ……はぁ……」


 吐いた息が白い霧となって目元を抜けていく。

 どれほど歩いたのだろうか。

 もしかしたら10分も歩いていないのかもしれない。

 しかし真っ暗な世界にただ広がる雪原を、しかも極度の疲労状態で歩き続けるというのは、心を疲弊させるのには十分だった。


「足が……おもい」


 ゆっくりと前へ向かっていた足が止まる。


「もうあるきたくない」


 頭が重たくてまっすぐ立っていられない。


「つかれた。いっそこのまま」


 体から力が抜けて意識が遠のく。


「危ないよ、こんな所で倒れ込んだら」


 地面に倒れそうになる寸前のところで、何者かに体を支えられる。

 ゆっくりと開けていく視界。

 すべての霞が晴れた時、ワンツの目に映っていたのは柔らかい雰囲気を持つ少女。

 少女が持つ毛先に少しクセのある銀色の長い髪は、青白い光を放っている。

 長い前髪で右目を隠している少女の名前を呼ぶ。


「ゲルダ? どうして……」


「わたしはゲルダ・スノウクインではないよ」


「じゃあ君は誰なんだ?」


 ゲルダの顔をした少女は、うーんと少し考える。


「そうだな。私は雪女、そう呼んでくれたらいいよ」


「雪女? でも君はゲルダじゃないのか?」


「うーん、中々難しいことを聞いてくれるね。じゃあこうしよう。私はゲルダであるけれど、ゲルダだけではない存在。だからこそ私は雪女と、そう君に名乗ることにするよ」


 思考がまとまらない。

 ゲルダの顔で笑っている少女は、確かにゲルダ自身のように感じる。

 しかし少女がそう言うのであれば、ワンツがそれ以上考えても無駄だろう。

 ワンツは目の前で微笑む少女の名前を呼んだ。


「分かった、雪女」


「よろしい。では時間もないし単刀直入に聞くよ。君はゲルダのことをどう思ってる?」


「ゲルダのことを……俺はどう?」


「そう、順番に整理していこうか。出会って早々求婚してきた彼女。その目的は魔王である君を、氷の魔女という悪役の相手をするのに相応しい存在へと染め上げること。君たちが共有した時間はまだ短いけれど、君はゲルダを見て、接して、どう思った?」


「勘弁してくれって思った」


「ふふっ、そうだろうね」


「だけどなんかこう……なんて言ったらいいのか分からない。けど……」


 考えがうまくまとまらなくて、言葉がつむげない。

 雪女を待たせているから、早く返事をしなければならない。

 焦るほど余計に考えがまとまらない。


「けど?」


 しかし雪女は情けなく、ええと……、と時間稼ぎを繰り返すワンツを、笑顔で待ってくれている。

 いつのまにか火照っていた頬に、冷たい風が当たる。

 さっきまで凍えそうだったのに、今はむしろ風が心地よい。

 ワンツはゆっくりと考えをまとめて、自分なりの答えをつむいでゆく。


「なんかそうじゃないと思った」


「へぇ? 何が違うのかな?」


「結婚とか魔王とか」


 ワンツの答えを聞いて、雪女は関心するように目を細めた。


「あ、嘘つき呼ばわりしたいんじゃないんだ。だけどそれはゲルダの本心じゃない。本当に望んでいることは、別にあるんじゃないか。そう思った」


「いいね。そこまで気づいていたら十分だ」


 雪女がそう笑うと、いつの間にか目の前には氷の扉があった。

 透き通っている扉の向こうには、果ての見えない闇が広がっている。


「ゲルダが待っている。彼女を迎えにいってくれるかい?」


「困ってるんだろ? ならもちろん。俺は行くよ」


 瞬きをする内に雪女は消えた。

 雪女が残した笑顔を思い浮かべると、冷たくなっていた指先から熱が生まれて、全身へ回っていく。

 さっきまで無気力で倒れそうになっていたのが、嘘であるかのようだ。

 今は全身に活力が巡っている。


「待ってろよお姫様。今から魔王が迎えにいってやる」


 ワンツは両手で氷の扉を押し開いた。

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