侯爵の暗躍
このエピソードの投稿の仕方を間違えてしまいました。5のつもりだったのに新しいエピソード1になっていて驚き、急ぎやり直しました。これに呆れず読んでいただければ嬉しいです。
アルフォードは学院に行き友人たちに研究は暫く休止すると告げた。不満そうな友人たちだったがリーダーが言うので仕方なく従った。
「どうして休止するんだ、まだこれからじゃないか」
「父上に止められたんだ。今は他にやることがあるだろうと言われた。またそのうち再開するさ」
「それじゃあ仕方ないな、再開したら手伝うから言ってくれ」
「ああ、ありがとう」
アルフォードはこの機会に、誰と本気で付き合うべきか見極めようと思っていた。
「アルフォード様、ほんとに休止されますの?残念ですわ、場所なら提供いたしますので二人で続けませんか?」
ミルル子爵令嬢だった。
この女馬鹿なのか、侯爵家に場所がないわけないだろう。男三人は心の中で突っ込んだ。
アルフォードはその言葉に纏わりついた気持ちの悪さを感じて、ゾワッとした。
「知っていると思っていたが、私には、大切な婚約者がいる。君と二人で?とんでもないよ」
「もちろん二人でではありませんわ、皆様も御一緒にと思っております」
「研究自体を父から止められてしまったんだ。逆らえば家から追い出されるかもしれない、無一文でね」
なんて頭が悪いんだ、こんなのと一緒に研究をしていたのか、黒歴史としか言えないな、アルフォードは心の中の気持ち悪さをぐっと呑み込んだ。
「では研究は諦めますわ。お友達として親しくするのは構いませんわよね」
「僕達はお友達ではない、仲間という関係だった、それだけだ」
「僕は友達だと思っていたんだけど残念だよ」
と伯爵家の次男キリアが寂しそうに言った。
ここで流されるとミルルに付け入れさせてしまう、アルフォードは心を鬼にしてその場を去った。
キリアには後で謝っておこうと思いながら。
しかしミルルという女子生徒はやばい、何なのだ、ねっとりとした視線、話し方や動き、あれに気が付かなかったなんて一生の不覚だ。
クララはあれを知って、見限ろうとしたのか。
一生頭が上がらない気がする。それでも良いけど。
自分だけでなんとかしようと思っていたアルフォードだったが、流石に手に負える相手ではない。父に相談してみようと思った。
その日学院から帰ったアルフォードは侍従に言って父に会えるよう取り計らって貰った。
「珍しいな、何か話でもあるのか?そこに座りなさい」
「父上縁談がまずい事になっておりまして、お力を貸して頂けないでしょうか?」
「クララ嬢から三行半を突きつけられたことか?」
「ご存知だったのですか?私はようやく自分の愚かさに気が付き、挽回するべく行動を起こしたのですが、私ごときの力では動かせなくなっているかもしれないと思い至りました。どうかお力をお貸しください」
「お前自ら気がつくべきことだったのだが」
「はい、クララにも父上にも大変申しわけなく思っております。恥ずかしく穴があったら入りたいと思いましたが、行動でやり直せたらと最後まであがいてみるつもりです」
「前向きなところがお前の良いところだ。で、何をして欲しいのだ?」
「研究仲間の素行調査を。中でも女子生徒の対策をお願いしたいのです」
「ロイは未だに手を焼いているようだが。もう十八だ、自分でなんとかするだろうとは思っているのだが、ついでに片付けてしまうか。このまま見ぬふりをして女嫌いのままになってしまうのも困る。侯爵家の大事だ、なんとかしてやろう」
「ありがとうございます、父上」
「二年間も放っておいたのだ。そのうち愛想を尽かされると思っていたが、危なかったなアルフォード。クララ嬢が優しい娘で良かった。だが安心はできない。すっぱり切られても仕方のないことをお前はしたのだ。クララ嬢は切れ者だ、できれば縁は繋いでおきたい。逃がすなよ」
ブリゼール侯爵は影を使って学院の様子を探らせた。
男子学生はキリアだけが薬草に興味を持っていた。後の二人は侯爵家と関わりが欲しい者だった。ミルルという女子生徒が、一番厄介だった。
アルフォードの愛人狙い。あからさま過ぎるのに気がついていなかった息子に呆れてため息が出た。
どうやって潰そうか、侯爵の頭の中で色々な考えが駆け巡っていた。
男娼にお金を渡し貴族のような服を着させて誘惑させた。身体を落とせとは言っていない。
身分を明らかに出来ない、高位貴族という設定にした。惚れさせて突き放せば、普通の娘には相当の痛手だろう。
町で悪い男達に絡まれているのを助けるところから始めてもらった。
ベタな展開だがあっさりと騙されてくれた。後は男の腕次第、成功報酬も約束しておいたのでやるだろう。秘密はもちろん守ってもらう。商売の基本だ。
ミルルは男に騙され、色々貢いだようだ。家にあった高価なものを持ち出し金に換え、親が気づいたときには価値のあるものが半分くらいは無くなっていたらしい。
怒り狂った父親は年が二十歳以上離れた男の後妻に押し込んだらしい。多額の支度金をせしめて。
学院からミルルが消えたが誰も話題にしなかった。親の都合で辞めるのはよくあることだったから。
侯爵は子爵家は直ぐに潰れる泥舟だと判断した。手を下すまでもない、待っていればいい、それだけだ。
ロイに纏わりついていた虫たちもそうやって始末した。数人の元令嬢が後妻や娼館に行ったという噂が流れた。
アルフォードはロイと父親の執務室の前で鉢合わせした。
「兄上も父上に呼ばれたのですか?」
「いや、話がしたいと思って。アルもか?父上失礼いたします」
ロイが声をかけてドアを開けた。書類に目を通していた侯爵は息子達の方へ目を向けた。
「そこへ座りなさい、お茶を」
と侍従に指示を出した。
「父上この度のお気遣い有難うございました。おかげさまで身の周りが静かになりました」
とロイが言うとアルフォードも
「父上、虫が消えてくれてすっきりいたしました。これからはもっと気をつけます。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「良い、我が侯爵家におかしな血が入っては困るからな。しかし私がいつも助けてやれるとは限らない、自分の身は自分で守らなくてはいけないぞ。まあ手に負えなくなったら言いなさい、出来ることはしてやろう」
「「ありがとうございます」」
親子三人は久しぶりにゆっくりお茶を飲んだ。
「そういえばギル兄様はお元気なのでしょうか」
「訓練に食らいついていっているらしい」
「そうですか、帰られたらお会いできるのが楽しみです」
「ロイ、婚約者を考えなくてはいけないのだが」
「申しわけありません、もう暫く時間を頂きたいのです」
「後少しだけだぞ、後継になる準備はできているのだから考えておいて欲しい」
「わかりました」
こうして親子三人の話は終わった。
アルフォードは毎日赤い薔薇を一本クララに届け、学院の帰りに顔を出すようにした。
「今日も綺麗だね、会えて嬉しいよ」
「昨日も来られたではありませんか。薔薇ももう二十本になりましたわ、そろそろ飾るところが無くなりそうです」
「枯れるから新しい物は必要だよ、いつまでも贈らせて欲しい、薔薇は嫌?」
「嫌ではありませんけど」
「今日は新しい店のクッキーを買ってきたんだ。学院の帰りに人が並んでいるところがあってね、馬車を降りて何の行列か尋ねてみたら人気の商品だというじゃないか、君へのプレゼントにいいかなと思って買ってみたんだ」
「ありがとうございます。以前のアルフォード様とまるで別人のようですね」
「僕の黒歴史だ。恥ずかしくて消えてしまいたくなる」
「どちらが本物のアルフォード様なのでしょう、考えてしまいますわ」
「あまり虐めないでくれないか、本当に反省したんだ。そういえばもうすぐ十二歳だね、誕生日には何が欲しい?」
「覚えていてくださったんですか?知らないとばかり思っていました」
「去年はごめん、何がいいか悩みすぎて結局決められずに、何も贈らず、クズだよね僕は」
「ずるいです、そんな言い方。いいですよとしか答えられません」
「そうだよね、ごめん。何を言ってるんだろう。仕切り直して今年は何が欲しい?」
「花束がいいです」
「一本は駄目だった?」
「いえ、残り二ヶ月と十日しかない関係で残るものは困ります」
「うっ、きつい一撃。でも自業自得だから仕方ないよね。どうしてこんなに可愛い人から目を離していたんだろうと、いつも後悔に苛まれているんだ」
「そうなんですか?」
「そうだよ、後悔しかない。君に振り向いてほしいんだ、どうしても」
「振り向いて欲しいのですか?私などに?直ぐには信じられません」
「そうやって無自覚に僕を煽る」
「煽ってなんかいません」
「いいんだ君の可愛さは僕がわかっていれば、なんてごめん、気持ちの悪い事を言ってしまった。ところで領地には今度はいつ行くの?」
「今のところ予定はありません。小麦もレモンも葡萄も順調に育っているので」
「葡萄まで作っているの?」
「言っていませんでしたか?土地が痩せているところに何か植えるものがないか探したら、二年くらい前でしょうか、葡萄がいいと聞いて植えてみたのです。まだまだですけど大きくなるのが楽しみなんです」
「すごいな君は、尊敬するよ。色々なことを考えているんだね。葡萄が育ったら何を作るの?」
「まずはそのままで食べられるかどうかです。ワインやジュース、ぶどうを使ったスイーツも考えます。企業秘密ですからね、他言無用ですよ」
「もちろんだよ、信じて欲しい。口は堅いんだ。将来が楽しみだね。ところで今度観劇にでも行かない?恋愛物をやっているらしいんだ」
「お付き合いします」
「ありがとう、嬉しいよ。君の誕生日のほうが早いんだけどお邪魔してもいいかな?」
「はい、どうぞいらして下さい」
「ご家族だけなのかな?それとも大きなパーティー?」
「家族と友人だけのささやかなものにしようと計画していますの」
「君らしい感じがするね」
誕生日当日、会場になるスタンレイ家の小ホールには家族やクララの友人と、アルフォードが集まった。
伯爵は正装、夫人はドレスアップし、妹のサラもピンクのワンピースに白いソックスに白い靴を履いていてお人形のような可愛さだった。
主人公のクララは艶のある金色の髪を腰までストンと伸ばし、真珠の髪飾りをつけていた。ワンピースは淡い水色のプリンセスラインの襟がレースになっているものでとても清楚だった。
アルフォードはその姿に何も言えず固まってしまった。
「クララ、誕生日おめでとう。とても綺麗だ、水の妖精みたいだよ。これ僕からのプレゼント」
そう言って百本の薔薇の花束と小箱を渡した。
そういうアルフォードも金髪碧眼で白の正装姿は王子様のようだった。
友人たちが声も出せずに見守っているのがわかった。今まであまり話題にしなかった婚約者が現れたので驚いているのだろう。これから色々聞かれるだろうとクララは覚悟した。
「ありがとうございます。アルフォード様も素敵です。この箱を開けてみても良いですか?」
「もちろんだよ、ぜひ開けてみて欲しい」
金色に輝くレモンクオーツのペンダントが入っていた。程よい大きさで普段使いできそうだった。
「花束だけとお願いいたしましたのに。素敵ですね」
「君の髪の色に合わせてみたんだ。気に入った?」
そう言うと甘い笑顔でクララを見つめた。そして改めて伯爵夫妻に挨拶をした。
「本日はお嬢様のお誕生日おめでとうございます。このような大切な日に招待して頂きありがとうございます」
複雑な思いの夫妻は
「娘にプレゼントをありがとう。どうぞ楽しんで行ってくれたまえ」
とだけ返した。この態度が本物かどうか見極めなくてはと思っていたのだから。
誤字報告ありがとうございます。侯爵の力を見せつける回になりました。アルフオード自身ももっと頑張らなくては、クララに見捨てられるかもしれません。頑張って!と思います。