Inner Animal2
夏も盛りに入る頃、タヌカンの町並みは以前とは目に見えて変わっていた。
朽ちかけた小さな家が並ぶばかりだった町の大通りには、明らかに不相応な立派な木造の商館がいくつも並び。
そこから一本奥に入った場所になると、木と漆喰で作られたマッキャノ仕立ての家屋も、いくらか見られるようになっていた。
町を行く人々も、以前とは違い割としゃきっとした顔つきで、血色だって少しばかり良くなったようにも見える。
そんな町の大通りを、キントマン率いる元ゴドル傭兵団の面子に引率された子供たちが、賑々しく歩いていく。
俺は列の最後尾でイサラの駆る馬に揺られながら、そんな彼らを見守っていた。
「お店ってどんなとこだろ」
「お金と何かを交換してもらうんでしょ?」
「このお金ってやつ、なんで集めてるのかな?」
「溶かして剣にするんだよ」
今日は楽しい楽しい遠足だ。
とはいえここは寂れた僻地。
行き先はテーマパークでも公園でもなく、街の中のマッキャノの商館。
今日はそこまで歩いて行って、元孤児の子供たちにお金の使い方を教える予定なのだ。
金という概念そのものにあまり親しみのない子どもたちは、銅貨の入った巾着を与えられて、わけもわからずはしゃいでいた。
「イサラの地元はお金って使えた?」
「当たり前ですよぅ、何でも銭銭の世の中で銭っこが使えない場所あるだなんて……ここに来るまで考えた事もなかったです」
イサラの言う通り、これまでタヌカンの貨幣経済というのは、極々限られた規模でしか存在しなかった。
一番近い市場はカラカン山脈の向こう側で、やってくる商人といえば辺境伯家に出入りするネィアカシ商会ぐらい。
金があったとしても使う場所がほぼなく、人々はもっぱら物々交換で暮らしてきたのだ。
なんなら根っからのタヌカン者の中には、金の価値どころか貨幣を見た事すらない者もいたぐらいだ。
とはいえ、これからのタヌカン領では金を使える場所も増えるだろうという事で、今日は子供たちを休ませ、遠足がてら買い物のお勉強にやって来たというわけだ。
まぁ、使う貨幣はフォルク王国のタドゥリオンではなく、マッキャノのラオニクスなのだが……
今のタヌカンはどちらかというとマッキャノの経済圏に組み込まれているから、別にこれでも困らないだろう。
「みんな商会の人にご挨拶できる?」
「できるーっ!」
「できるっ!」
「できる!」
そんなまとめ役のマーサに率いられた元気いっぱいの子供たちを連れ、俺たちはダラシギという男の商会へと入った。
このダラシギというのはハリアットの親戚で、先日俺が請われて洗礼を施した男の事だ。
子供たちに買い物をさせたいと相談したところ、彼が二つ返事で快諾してくれたのだ。
そんな彼の商会の、荷物を運び入れるために大きく作られた両開きの扉を開けると、そこにはむくつけき男たちが直立不動で待ち構えていた。
「荒れ地のフー様、ようこそいらっしゃいました」
「今日は世話になるよ。じゃあみんな、挨拶」
俺の声に続いて、店の外から子供たちの「よろしくお願いします!」という声が響く。
手招きをするとぞろぞろと皆が中へと入って来るが、それでも店の中はまだまだ余裕があるぐらいには広い。
この商会は結構デカい商会らしく、なんと店には貴重なタドル語が喋れる人材までもがいた。
子供たちの事はそんなバイリンガルなマッチョで髭の店員に任せ、俺は商会の長であるダラシギに挨拶をする。
『ダラシギ、今日は無理を聞いてもらって悪いな』
『何を仰いますやら。フーシャンクラン様のためならいくらでも』
『時にはハリアットには言いにくい事もあるだろう、俺が何か力になれる事があればいつでも言ってくれよ』
『とんでもない、それでは頂きすぎというもので……』
頂きすぎとは言うが、俺が彼にした事といえば祝福という形で名を貸しただけだと思うが……
まぁやり手の商人なら、あれでも結構利益を生み出せるのかもしれんな。
「これ知ってる! ハリアット様がくれたクッキーと一緒だ!」
「あ、俺それにしようかな」
「美味しいやつ!」
「おじさんおじさん、このお金で足りる?」
「大丈夫ですよ」
普段から売っているのか、今日のためにわざわざ用意してくれたのかはわからないが、店には子どもたちが欲しくなるような物がそこそこあるらしい。
物怖じしない子どもたちは、マッキャノの通訳に纏わりつくようにして物を尋ねていた。
「あたしこの組紐にする! お父さんの持ってる腰袋、汚いから作り直すんだ」
「かっこいい剣とかないの?」
「そういうのは高いんだよ」
「この鎧は? 駄目?」
「そりゃあ大人用だろ? ベータが着てもブカブカだよ」
「俺この帯留めにしよ、ピカピカしてっから」
店の中を見て回っている子供たちも、それぞれ欲しいものを見つけつつあるようだ。
店員に値段を聞いて、自分の持っているお金で足りるかどうかを考える。
きっとこれはこれから生きていく上で大切な経験になるだろう。
そんな彼らを見つめていた俺を、店の外から誰かが呼んだ。
「フシャ様! フシャ様はこちらにおられるか!」
「ここにいるぞ!」
ぜいぜいと息を切らしながら店へと入ってきたのは、城の騎士だった。
何かあったのだろうか?
「荒野の果てからズバイベの騎兵を名乗る者がやってまいりました! 辺境伯様がすぐに戻るようにと!」
「ズヴァイべ!?」
ズヴァイべといえばマッキャノと同じ遊牧民族で、彼らと同じくこの荒野と領域を接している連中だ。
とはいえマッキャノとは違い、これまでタヌカンに接触してきた事はなかったはずだが……
「とにかくすぐに行く。後を頼むぞ!」
店の中の者たちにそう言って外へ出ると、そこにはすでにイサラが馬を回していた。
「さすがだな」
「乗ってください」
俺はイサラに鞍の上に引き上げられ、そのまま大通りを走り始める。
その隣に、店で買ったのか酒の瓶を抱えたキントマンが全力疾走で追いついてきた。
「キントマンは後からゆっくり来いよぅ」
「馬鹿野郎! 今度は乗り遅れねぇぞ!」
気合は認めるが、馬に足でついてくるってのは無理があるだろう。
とはいえ、三人乗るっていうのも厳しいしなぁ……
「酒を持ってやろうか」
「おお、頼むぜ!」
せめて荷物は持ってやろうと手を差し出すと、彼は抱えていた酒瓶をこちらに渡した。
身軽になった彼は両手両足を大きく振って走ったが、さすがに馬と並走はできなかったようで……
だんだん離れて小さくなっていき、俺達より少し遅れて城までやって来たのだった。





