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A Spoonful of…【未来屋 環SS・掌編小説集】

シークレット・ナンバーナイン

作者: 未来屋 環

『学校』をテーマにした恋愛ショートショート。さくっと読めます。

 ――この秘密を知られたら、きっと僕は死んでしまう。



 『シークレット・ナンバーナイン』/未来屋(みくりや) (たまき)



「麻理子ちゃん、どれにするの?」

「うーん、どうしようかな……」


 僕の見つめる先には、むずかしい顔をした彼女がいる。後頭部でひとつにまとめられた黒髪がさらりと揺れた。


 前の月に行った林間学校の様子を映した写真たちには番号が振られ、行儀よく彼女の前の掲示板に貼り付けられている。親から渡されたお小遣いを握り締めて、僕たちはどの写真を買おうか迷っていた。希望の番号と枚数に応じたお金を払えば、その番号の写真を焼き増ししてもらえる仕組みだ。


 友だちと相談しながら手持ちの紙に番号を書き込んで、彼女はその場を立ち去る。その空いたスペースにすべり込んだ僕は、何食わぬ顔で掲示板を見上げた。先程まで彼女が見ていたNo.9の写真には、その大きな瞳でこちらをじっと見つめている彼女と――そして、端っこに僕の横顔が辛うじて共存している。


 僕は誰にも見られないように小さく紙に「No.9」と書き付け、その場を去った。


 数週間後、封筒に入れて配られたその写真を、僕はそっとランドセルの奥にしまい込む。実際に話したことなんて数える程しかない。それでも、この写真の中で僕と彼女が一緒にいるというその事実は、幼い僕にとってかけがえのない()り所だった。


 ***


「――ねぇ、田中。聞いてる?」


 過去の記憶に沈んでいた僕の意識を、彼女が強引に引き揚げた。

 目の前には、高校生になった麻理子の顔がある。前の席に座っている彼女は背後の僕に向かって、猫のように(つぶ)らな瞳を惜しげもなくさらけ出していた。


「……ごめん、何だっけ?」

 そんな僕の回答を聞いて、麻理子は「もう」と呆れたように目を細める。艶のある黒髪はあの頃と変わらず後頭部でまとめられ、首を傾ける彼女と同期するように揺れた。


「今日中に二人で問題集を取りに来るよう先生から言われたでしょう。私早く帰りたいんだけど」


 ――そうだった。

 小学生の時はあまり話す機会のなかった僕と麻理子だが、進学していくにつれて、少しずつ接点が増えていった。特に今年同じクラスになってからは席が近いこともあり、たまにこうやって一緒に当番が回ってくる。そうは言っても麻理子の態度は随分とあっさりしたもので、どう好意的に捉えても同級生の男子に対してのそれ以上でも以下でもない。


 だから、僕は恐れていた。あの日こっそりと彼女の写真を買ってしまったこと――それを知られてしまったら、彼女は一体この同級生の男子のことをどう思うのだろうと。恐れるがあまり、あのNo.9は僕の部屋の引出しの奥底で今も眠っている。

 そう、それはもはや僕の人生の秘密そのものだった。


「ちょっと私、トイレに行ってくるから。準備しておいてよね」


 そう言い残して彼女は教室の外に出て行く。仕方なく立ち上がると麻理子の机の上の鞄が倒れ、中身が床に(こぼ)れ落ちた。そのままにしていたらきっと、またあの黒目がちな瞳で責められてしまう。溜め息を吐いてばら撒かれたものたちをかき集めようとしたその時――こちらを見つめる幼い麻理子と目が合った。


 思わず息を呑む。何故ここに。おまえは僕の机の奥底に眠っているはずだろう、No.9。


 そして、その隣にもう一枚の記憶の切れ端を発見する。そこには、現在の僕を睨むかつての僕がいた。僕は小学生の頃目が悪く、何かを見ようとする時にはじっと目を()らす癖があった。しかし、何故ここにこんなものがあるのだろう――そう思いを巡らせた僕は、あり得ないひとつの仮説に行き当たる。


 いや、それは思い上がりだ。そんなわけがない。でも、もし僕に秘密のNo.9があるように、麻理子にもそれがあったなら――


 その瞬間、廊下の方から足音が聞こえてくる。僕は慌てて二枚の思い出を拾って麻理子の鞄に突っ込んだ。すんでのところで、麻理子が顔を出す。


「――何?」


 彼女は何事もなかったかのようにこちらに向かってきた。僕は何故だか気恥ずかしくなって顔を背ける。


「いや、別に」

「……ふぅん?」


 いつもよりも高い声。僕はちらりと彼女を一瞥(いちべつ)する。視線の先の彼女は、満足気な笑みを浮かべてこちらを見ていた。まるで自身の秘密をひけらかすかのように。


 その悠然とした態度が、僕の心に火を点ける。机の奥底のNo.9は、今静かに目を覚ました。



(了)

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

本作は某公募に出したショートショートでした。ショートショート、読むのは好きなんですが、書くのは難しい……(´・ω・`)

決められた字数でぱっと目を惹き付け、オチは意外性がなければいけないという……ほんわか終わるのもいいかなぁと個人的には思うのですが、読み手としてはどんでん返しが好きという矛盾……笑。

文章を書いたり発想力を鍛える訓練になるので、ぽちぽち継続して書いていきたいなぁと思います。


今の学生さんは遠足とか修学旅行の写真はデータとかでもらえるんですかね。それとも肖像権厳しくてそういうのもないのかしら……。

好きなひとの写った写真を見上げながらドキドキしていた日々が懐かしいです。


お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] No9って呼び方がカッコいいですね。 自分だけの秘密って感じがして好きです。 こういう甘酸っぱいお話大好きです。 写真一枚に込めたたくさんの想いが伝わってきます。 それにしても……もしか…
[一言] わあ懐かしい。写真の番号書いて買うって、ありましたよね。すっかり記憶の彼方でした! 「No.9」の番号が、物語中ではなんだか特別な響きを持って感じられます。麻理子が買ったと思われるもう一つの…
[良い点] ∀・)雰囲気ですね。主人公の田中君って特殊なようで実は全うというか、いまどきの男の子らしい男の子だと思うんです。麻理子さんも言うなればそうなのかもしれない。ただ物語としてみれば良い意味で普…
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