第8話 ズボンのポケットにしまわれた一張羅(トラパン)
「で、これからどこに向かうんだ?」
俺は、鬼灯の後に続いて森の中を進んでいた。
「協力者の元へ」
形跡を残さぬよう慎重に進む彼女の手首には、金色で細見の腕輪が光っている。鬼の気配や何やらを隠したりする事が出来るそうで、俺も着けさせられたのだが。いかんせん、こういう物に慣れていないのでむず痒くてしょうがない。
「協力者?」
虎の皮のパンツは、しょうがないので穿いたズボンのポケットに入れてある。
俺の一張羅……。
「そう。貴方……赤を元の時代に送り帰すための、ね」
「俺は帰れるのか⁉︎」
鬼灯は、チラリと一瞬だけ振り返り、言った。
「えぇ。私は直接会った事がないけど、何度かそういう事があったみたいね。記録で読んだ事があるわ」
記録に残る程に何度も……。記録……!
「き……聞いて良いか……?」
「? 何を?」
自分の心に湧き出た興味。それを知ってしまったらどうなるのか。
もしそれが俺の理想と……希望と、違うものだったらどうするのか。わからないが、聞かずにはいられなかった。
「鬼ヶ島の一族の、歴代の長の名を……」
「…………」
鬼灯は何も言わずに歩を進める。その沈黙が、痛い……。
俺が何を聞きたいのか、彼女はわかっていたのだろう。躊躇うような間を置いて、答えた。
「青、という名の長がいた事は、記録で見た事があるわ……」
「そうか──」
俺は、長の地位にはつけなかったのか────
小さくそう答え、俺はそのまま沈黙した。
鬼灯も、俺のことを気にかけてか、何も喋る事はなく。俺達はそのまま無言でしばらく進んだ。
「……この先に、一瞬で遠くの目的地に跳べる、結界を展開できる場所があるの。
赤には、そこからある場所に飛んでもらうわ。そこへ行けば帰るための方法がわかるはずよ」
「……そうか、それはありがたい」
鬼長に、逃げたと思われるのはたまらなく嫌だ。だが、このまま鬼灯と離れるのも嫌だと思い、聞く。
「ん? 鬼灯は一緒に行かないのか?」
「私はこの地区で仕事があるから……離れられないのよ」
なんなんだ。この感情は。一緒には行けないと言われて感じた寂しさに、俺は戸惑った。
「……人の子達が鬼を怖がらなかったのは、粛清されて数が減って……鬼というものをよく知らないからか?」
一緒にいれる時間が、僅かしかないのなら。せめてその声を聞いていたい。とりあえず、気になっていたことを聞いて、鬼灯の声に耳を傾ける。
「それもあるわね……あと鬼には、力を制御するための枷がはめられているわ。こういう」
そう言って、自分の手首を指す。それは先程、鬼の気配を隠すと言って渡された腕輪と同じ──
「私のコレも、赤に渡したのも、力の制御はされない物よ。安心して」
それを聞いて安堵する。
「赤が金棒で見せた、あんな馬鹿げたパワーが出せないよう、制御されるのよ」
馬鹿げたパワーというのは、あの黒い、空飛ぶ盆を破壊した時の力をいっているのか。そんな力、下手すれば五歳の小鬼だって持っているというのに。
「子供たちが鬼を怖がらないのは、鬼の本当の力を知らないから、ね。大人は実物を見たことがなくとも、知識として知っているけど。
でも……だから、赤みたいに別の時代から来た鬼は、捕まったら矯正されるか処分される──」
力ある鬼が、そう簡単に人の手にかかるとも思えないが。制御用の枷といい、何年もの間にそのような技術が人間の手に入ったのだろう……。
きっと、鬼たちが古いしがらみに取り憑かれて何も進歩しない間に──