第1話 王妃の生まれ変わり
第二部を開始しました。
私には前世の記憶がある。
違和感に気がついたのは8歳の頃。
ふとした瞬間に薄汚い壁が輝くような白い壁に見えた。
駆け寄ってきた孤児院の小さな子どもたちが美少年や美少女に見えた。
最初は錯覚だと思ったけれど、似たような風景、同じ子どもたちが浮かび続けて錯覚と思うのは難しかった。そして、自分には妄想癖があるのだと思った。しかも脳内お花畑の夢見る夢子ちゃんが見るような『私はお姫様』タイプの妄想癖。
妄想は願望ともいう。だから自分にはお姫様になりたい願望があるという結論に達した日、その夜は恥ずかしさのあまり眠れなかった。そんな自分に気づきたくなかったから。
そもそも私はそういうタイプではないのだ。
私の自己評価は『質実剛健』とか『地に足がしっかりついている』タイプで、周囲からも「しっかりしているわね」と言われていた。そんな自分がまさかの、ゆるっとふわっとしたお姫様になりたい願望……恥ずかしくてしばらく周囲と距離を置いた。
幸い周囲には子供の成長過程によくある『難しい時期』と判断され、適度に放っておかれたが完全には放っておいてもらえないのが子どもという立場。それが孤児院で養育されている子どもならなおさら。集団で社会生活を営んでいる以上は引きこもることは許されない。誰かに傷つけられたとか、何かに対する恐怖に基づいた引きこもりではないのだからなおさら。「隠れ脳内お花畑が恥ずかしい」という理由で引き籠り続けるのは自分の矜持が許さなかった。
そんな始まりだったが、年齢を重ねたことで心の余裕といった許容量が増えたのか、妄想と適度に付き合いながら現実の世界を過ごしていた。
16歳になって、私は孤児院を出て街で一人暮らしを始めた。
いままでは全て他の子どもと共有していたから、『自分のもの』に囲まれた生活に幸せを感じたし、いま現在も満足している。
そして偶然、あれが私の想像や妄想ではなく前世の記憶だと知った。
気持ちよく酔った夜、携帯端末をいじっていたときに見た広告。なんかのゲームだったかな、【自分は何者なのか】という問いを見たとき、まるでその問いが鍵だったように、頭の中にいろいろなことが浮かんで――。
『それで?』
『おしまい』
『えー』
機械を通しても分かる不満の音に思わず苦笑する。
『作り話に何を期待していたの?』
『前世の記憶を使って無双すること』
隣に座って優雅にお酒を飲んでいるのは、金色の鳥の頭に人間の体をした物。この仮想世界で私たちが用いる『アバター』だ。
ここはメタバース【オルビタリス】の中にある酒場で、『バードゲージ』という店名のせいか鳥に関連したアバターが多く、お互いにお一人様できていた鳥の彼女と話し始めたら意気投合して今という感じ。
『そういう話を聞きたいならライトノベルを読むべきだわ』
【自分は何者なのか】という問い掛けで思い出したこと。
自分の前世はこのアウレンティの悪辣王妃『クラウディア』だったということ。
それを思い出したとき「そうかー」と思った。
いまも、思うことは「そうかー」くらい。
だって、思い当たるような未練はない。
前世で「次の生では」と誓った愛も復讐も心当たりがない。
ただ、ぼんやりと当時の記憶があるだけ。
クラウディアが生きていたのはいまから約500年前のこの国。
ライトノベルにあるように異世界転生だったら記憶や知識でチートできたかもしれないけれど、当時とは比べものにならないくらい魔法も科学技術も発達したこの国では「ただの歴史好き」でしかない。
ただ未来にきたからこそ分かったこともある。
意外なことにあの『悪辣王妃クラウディア』は現世で嫌われていない。
それどころか、意外と好かれている。
前世に気づく前から歴史が好きだったし、元クラウディアだしという訳の分からない理由で歴史愛好家の掲示板をチェックしたりしている。そこでちらほら見かける『クラウディア推し』。なんか自己愛が強い気がして恥ずかしいけれど、そこは気にしないようにしながら『推し』の理由を読んで悶絶する日々。
『クラウディア推し』の妄想がすごい。
本人の私が『誰それ?』と呆れてしまうくらいすごい。
そして隣にいる鳥の彼女も『クラウディア推し』の一人。
『あー、楽しかった』
鳥の彼女は勢いよくグラスを飲み干す。【オルビタリス】内での飲食はVRゴーグルを介して満足感や酩酊感などの感覚は得られるだけで体が摂取しているわけではないと分かっているけど、鳥の彼女の飲み干す勢いと空いたグラスの数につい彼女の肝臓が心配になる。
『前世の私はクラウディア王女、という人には沢山会ってきたけれどあなたが一番好きだわ』
『そんなにいるのね、元クラウディア』
『謎多き女性だもの。クラウディア推しは一大派閥なのよ』
謎多き女性……そんな大層な。
『500年以上経っても熱く議論が交わされるなんて、それだけ素敵な人だったということよ。彼女の夫であるエドアルド王推しなんて、クラウディア推しの3分の1以下なのだから』
鳥の彼女が『ざまあみろ』という感じで笑うから、思わず首を傾げる。
『エドアルド王が嫌いなの?』
『嫌い……じゃないけれど、憎めない人だなとは思うけれそ、私はクラウディア様が大好きだから』
鳥の彼女の作り物めいた造形の中で、現実の生を唯一感じさせる琥珀色の目。
【オルビタリス】ではどんな姿にもなれるけど、生体認証に使われる眼球はそのままコピーされて利用される。つまりこの目はこの仮想空間にある数少ない現実世界、鳥の彼女本体のものと同じ目。
琥珀色の世界に自分の目が映る。
私の目の色はちょっと珍しいから、ジッと見つめられることに慣れてはいるけれど……好きにはなれない。これだけ異色だらけの【オルビタリス】でも目立つ瞳が私は嫌いだ。
『……やっと見つけた』
見つけた?
何を?
鳥の彼女の視線を追って背後を見ると……有名なアバターがいた。
あ、彼か。
……彼か?
すごい!
通称『デュラハン』と呼ばれる首のない騎士。この【オルビタリス】のアカウントといえる瞳が見えないあのアバターを使用できるのはこの世界の創造主ただ一人だけ。
そうなると、やっぱりこの鳥の彼女は……。
『こんばんは、沈黙の金糸雀』
やっぱり。
【オルビタリス】の神様という存在のデュラハンが挨拶する『金糸雀』となれば一人しかいない。『金糸雀』は【オルビタリス】で最も有名な歌手。ファンのコスプレだと思っていたし、確認するのは無粋だから聞かずにいたけれど……。
『こんばんは、恋するデュラハン。ご機嫌いかが?』
この二人が言葉を交わし合う姿はまるで神話の挿し絵のようだ。
『あなたの友人ですか?』
私?
鎧の彼の言葉の言う『友人』とは私のことだろうか。友人……金糸雀のファンではあるけれど、交流時間2時間未満で『友人』というのはいささか図々しい。
『違うわ、彼女は……』
やっぱり!
よかった、図々しく「そうです」なんて言わなくて。
『よろしければこの席をどうぞ。ちょうど飲み終えたところなので』
酒場のカウンターはときどき素敵な一期一会があるから好き。そして今夜はこの素敵な一期一会を思い返しながらぐっすり寝よう。
『待って』
席を立とうとしたら、金糸雀の手が私を引き留めた。
これはこういう場の『去る者追わず』的なルールを破る行為だけど、普段は嫌なこの行為が嫌じゃないのは私もこの出会いに未練があったからなのかもしれない。
『一曲プレゼントさせて。あなたとの出会いに感謝して』
『おい、金糸雀』
『あなたはこっちの席に座っていなさい』
『急に呼び出しておいて……俺にそんな時間は……』
『ぶつぶつと煩いわよ』
『……はい』
……なんだろう。
嬉しい言葉にジンッと感動しちゃうのに、母親が男の子を叱るようなやり取りに笑いたくなってしまう。そして鎧の彼も律儀に金糸雀が座っていた椅子に座るし。
……なんか可愛い。
顔がないから表情は分からないけど。
『それに、絶対にあとで私に感謝することになるわ』
『…………分かったよ』
それにしても隣の席が華奢な鳥の彼女から鎧の彼に変わったから、鎧の圧迫感がすごい。
『挨拶!』
『……どうも』
『こんばんわ』
渋々という態を隠さない鎧の彼のあいさつに、私は苦笑してしまう。やはりこの大きな鎧の彼が金糸雀の子どもにしかみえない。全く頭が上がっていない。
『これだから、いまどきの若い者は』
そう言いながら去っていく金糸雀……いまどきの若い者って、同年代かと思ったけど金糸雀は私が想像したよりも年上かもしれない。
無人のステージに上がった金糸雀は慣れた手付きで機械を操作する。
『一曲いいかしら』
金糸雀の、先ほどまで話していた声とは違う艶やかな囁き声に店内に歓声があがる。
金糸雀が歌い始めたのは、コンサートの最初に歌われる曲。出会いを喜ぶ歌は彼女の代表曲で、いまここにいる人たちのほとんどが知っているようだ。そこかしこで金糸雀に合わせて口遊んでいる。
雰囲気に酔って私も口遊むのだけど、鎧の彼は不貞腐れているのだろうか、彼の周りだけドヨ~と空気が暗く見える。どうやら鎧の彼は素直なタイプではないようだ。
間奏がはじまって、一度口を閉じた金糸雀だったけれど再び口を開く。
まだ曲の間奏は続いているのに……詩?
鎧の彼の体がビクッとして、勢いよく立ち上がる。
何が何だか分からないけれど、いまにも金糸雀に掴みかかりそうな雰囲気だったから、私は彼を引き留めるために腕に触れる。さすが【オルビタリス】、鎧の再現性も高い。金属の感触があって、少し冷たい。
『離せっ!』
『……痛っ』
突然触れられたことで鎧の彼を驚かせてしまったのだろうか。
顔がないと反応の理由が分からなくて困る。
『すまない! その、ケガは……』
……変な人。痛覚はあっても本体にケガなどあるわけがない。そういう世界を作った人なのに……顔がなくて表情が分からないはずなのにオロオロしているのが分かる。
『大丈夫です。急に触れてすみません……ただ、あまりいい雰囲気ではなかったので』
『……すまない……あと、俺を止めてくれてありがとう』
鎧の彼は『止めた』というけれど、ちゃんと止められてはいないみたい。やっぱり表情は分からないけれど、金糸雀に向ける感情に苛立ちと……怒りを感じる。
でもなぜ?
原因と考えらえるのは……あの詩?
『でもあれ、ただの開国を祝う詩っぽけれど……』
『っ! 君、あの詩が分かるのか!』
鎧の彼にガシッと肩を掴まれる。鎧の再現性も高すぎ、金属があたっていたい……痛覚はあるのよ、思い出して創造主!
『あ……すまない……いや、でも……あの詩……』
でもちゃんと謝れる人だ。
いい人だと思おう、うん。
『君は、あの詩が分かるのか?』
ああ、そういうこと。
金糸雀の歴史好きを知っている私としては「さすが歴女」としか思わないけれど、あの詩に使われている古語はクラウディアだった頃も古語と言われていた言葉。つまり現代からしてみれば超がつく古語で作られた詩となる。
もしかしたら鎧の彼も歴史が好きなのかも。
古語好き仲間を探している可能性もあるけど。
金糸雀と仲がよさげだったから、彼もクラウディア推しなのかもしれない。
だって金糸雀が口ずさんだ詩はクラウディアが作った詩。
いつ作った詩かまでは忘れてしまったけれど。
アウレンティの社交界では貴婦人は自作の詩を披露する。詩には流行があって、いつだったか忘れたけれど古語で歌を作るのが流行ったときがあった。王女時代からの嗜みで古語は厳しく教え込まれていたから何とか作ったけど、あれは若いご令嬢には苦痛だったと思うわ。そのくらい難解で、嫌がらせかってくらいくどい言い回しをするのよ、あの古語。
クラウディアの詩は確かにいろいろな書籍に残っている。
良作もあれば不作もあって、私からすると大昔の日記(しかもポエム調)を見るような気分だったから調べようとは思わなかった。
『分かると言うか……覚えていると言うか……』
『覚えているって……まさか……』
冗談だと思っていらっしゃる?
元クラウディアですよ、私。
『赤きチはここで終わり、緑のチに歓喜する。さあ、喜べ。黒きジュはここで終わり、輝くジュがこのチを満たす……』
……自分で言っていて恥ずかしい。
まるで呪いの言葉のような詩だわ……思春期時代のものかしら。
『……いくつか間違っているかもしれません』
そしてなんでこれを披露した、私。
酔っているのね、私。
……鎧の彼の沈黙が痛い。
やだ、本当にこの彼は表情がないから沈黙の意味が……あら?
目の前の景色が……。
それに異音も……。
あ……。
視界が真っ暗になった……しまった。
起き上がって、つけていたVRゴーグルを外す。案の定、ゴーグルの魔力値はゼロ。
「魔力の充填を忘れていたわ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。




