王の恋
「この前行った《アウレンティ王家の歴史》、すごい評判で展示期間の延長決定だって」
「当然だよ。ディア工房の最初の魔道具なんてマジすごかった」
興奮に満ちた少年の声には敬意と感謝があった。
「母さんが教えてくれたんだ。俺が無事に生まれたのってディア工房の魔力を安定させる魔道具のおかげだったんだって。俺も世界に注目される魔道具を作ってみせるよ!」
「《魔導具は誰かの役に立ってこそ》というのがディア工房の創始者であるファビオ王弟殿下の言葉なのよね。王子で魔道具製作の第一人者なんて素敵だわぁ♡」
「でも王子様がどこで魔道具の作り方なんて習ったのかな。当時は呪術めいた技術だったはずだから誰も王子様に教えるわけないのに」
数日前も聞いたような会話。後ろのテーブルの若い男女の話にマリサがふふふっと笑っていると、あの時と同じようにマリサの視界が翳って、顔を上げると厳つい顔のテオがいた。
「やっぱり若いって良いわね」
「マリサ様も十分お若いですよ……お綺麗ですし」
「レベルが上がったわ♡展示会でロマンス指数が上がったおかげかしら。この国の婚姻率や出生率が上がったらお兄様に御褒美もらわないと」
「それも良いですね。確かにあの手紙には何かこう、実にシンプルなのですが、グッときました」
【僕と恋をしませんか?】
「あれはどなたが書いた手紙なのですか?」
絶対に返ってこない答えに永遠をかけた人。
(その【次の世】で共に在れると思ったのでしょうか)
「顔のない自画像を死ぬまで大事に持っていた方よ」
◇
父エドアルドが亡くなり、その遺品を整理しているときにマリサが見つけたのは黄ばんだ古い絵。兄妹全員が似たタッチの肖像画を持っていたから、それが『母』の描いた絵だとマリサはすぐ想像がついた。
なぜ父がそれを持っていたかは分からない。
マリサの知るあの『母』が自ら渡したとは思えないし、しかし『母』の傍にいたサラも亡くなって久しく答えの分からない話だった。
ただ、なんとなく兄弟全員が想像がついてはいる。
クラウディアの死後、エドアルドは全ての妃と離縁した。
離縁の手段は簡単に見つかった、些細な差で五人の妃たちはかなりの悪事を働いていた。中には使用人と姦通していた者もいた。それらの事実から妃たちの処刑を望む声もあったがエドアルドは『離縁』ですませた。クラウディアが助けた命と思うとエドアルドにはそれを命じることができなかったのだ。
命は守ったが、離縁した妃たちとその家門には国政への参加を禁止した。それは子どもたちを政治の道具にはしないというエドアルドの表明だった。
そんなエドアルドは、長男のマルコが成人すると彼に王の位を譲って自分は隠居したいと言い出した。
突然のことで子どもたちは全員、特に突然王位を譲られるマルコは驚き戸惑った。最初はまだ無理だと言う理由で断っていたが、隠居先が内宮と聞いて渋々承諾した。
譲位が決まるとエドアルドはマルコに内宮の改装を願い出た。
譲位に引き続きと忙しいマルコは思ったが、内宮といっても父と自分たち兄弟だけだからと了承した。
了承したあと、『母』の部屋を内宮から切り離して父の隠居先にすると聞いたためマルコは渋い顔になった。それでも、一つの家になった『母』の部屋は父の隠居というより兄弟たちの共有スペースになり、子どもたちは暇さえあれば顔を出した。
五人の子どもたちがそれぞれ婚約者や配偶者を連れてきたのもそこ。
やがて彼らの子どもも来るようになり、北の冷たい庭にある家に明るい声が絶えなかった。
隠居生活を送るエドアルドの趣味は料理だった。
趣味にしたというほうが正解だ。彼自身料理などしたことがなく、「立派な厨房があるのだから」と始めてみたものの“美味しい料理”など夢のまた夢。しかし努力家なのか、季節が変わる頃には手の傷が激減し、味も見違えるほど美味しくなった。
子どもたちの婚約者たちは漏れなくエドアルドの手料理でもてなされたものだった。
そんなエドアルドの最期は子どもや孫に囲まれた賑やかなものだった。
エドアルドは『自分が死んだら彼女の墓前に供えてほしい』と、封を開けずに供えてほしいとマルコに頼んだ。しかしマルコはそれを裏切った。マルコにとってクラウディアは『母』であると同時に初恋の君であり、そんなクラウディアに対する仕打ちをマルコも他の子どもたちも許していなかったのだ。
その場にクラウディアがいたら「気にする必要はないのに」と苦笑したことだろう。
マルコはクラウディアの絵がばらまかれた事件を忘れておらず、『父上の気持ちを大勢の目に晒してやろう』と弟妹に提案した。それはエドアルドの葬儀で実行される予定だったが、ファビオの提案で延期された。
―― 僕たち全員が『母上』に自慢できる何かを成したらにしませんか?
まだ父を超えられていないマルコを筆頭に、父に『母』をとられたくないという妹弟たちの意見が合致したのだった。
上の兄のマルコは君主制を廃止し、民主制への移行を目指している。王太子である息子の次の代までかかるかもと笑っていたが、後継ぎとして苦しんだ『母』を思えば必ず実行するだろうとマリサは思っている。
下の兄のファビオは魔導工房ディアを創業し、自身も王弟としての仕事の傍らで魔道具の製作に携わっている。『母』の技術と思いを絶やさまいと日々精進する兄をマリサは尊敬している。
上の姉のフィオレラは画家を目指すと言って隣国に留学したものの、留学先で美術品の復元技術に興味を持ってそちらの道に進んだ。先々代のクラウディオ王が滅ぼした国に行っては、発掘された美術品の復元しているとマリサは聞いている。
下の姉のイゾルデは親の暴力から子どもを救う協会を作り、日々寄せられる相談に応えながら、通報された現場には自ら駆け付け虐待を受けた子どもを救っている。
そしてマリサは王都のあちこちに『子どものための食堂ディア』を作っている。自分たちみたいにお腹を空かせた子どもをゼロにするため、王都の食料品店や料理店に協力を仰いで子どもに無料で食事を提供している。
王族の自己満足とか、税金の無駄遣いとか言われているが、自己満足はさておき税金は一銭も投入していない。必要ならば頭を下げたし、自分でも料理をしてきた。「言いたい人には言わせておけばいいのよ」と言った『母』の言葉は今でもマリサの背中を押してくれている。
そしていま――。
「マーサさん、こんなところにいた。オーナーがいないとお店が開けませんよ」
「みんなー、マーサさんがいたよー」
『ディア』に救われ、今度は自分が救う番だと言って成長した子どもたちがボランティアで手伝ってくれるまでになった。この流れを作ることがマリサの最終目標であり、おかげで髪が白くなるまで時間がかかってしまった。
だから、ようやくあの恋文がお披露目されたというわけだ。
「何十年もたって復讐されるとは思いませんでしたでしょう、お父様」
災難は忘れた頃にやって来る。
真面目な長兄が聞いたら「使い方が間違っている」と言われそうなことを考えながらマリサは笑った。




