王妃の恋
「こんな時間に私を酒席に誘って……愛妾にするつもりですか?」
神殿に呼び出したサラの第一声にエドアルドは苦笑する。
「ここでそんな誘いをかけるほど厚顔ではないし、女に飢える性質でもない」
クラウディアの体が納められた棺をサラとエドアルドは同時に見る。
「それに、仮になれと言われたらその場で舌を噛んで自害しそうだ」
「然様ですね」
物騒な仮定をさらりと肯定したサラにエドアルドは笑い、持ってきたワインをサラに見せる。サラが頷くとグラス三つにワインを満たし、一つをサラに、もう一つを棺の前に置いた。
神殿の中、それも棺を納めた聖堂で酒を飲むなど神官に知られたら説教ではすまされない。しかし酒の力がなくできる話ではなかったし、ここ以上にその話をするのに相応しい場所はないとエドアルドは思っていた。
「彼女のこと、何でもいいから話してくれないか?」
エドアルドの言葉にサラは驚き、エドアルドを凝視しながら彼女はワインを飲んだ。値踏みされているようでエドアルドは居心地が悪かった。
「恨み節になりますよ?」
「構わない」
迷いのないエドアルドの言葉にサラは笑う。
「そんなものはありませんわ。そうですね……クラウディア様は結婚を望んでおられませんでした」
「そうだろうな。私たちの結婚は後継ぎのことだけを考えた完全な政略、彼女の意思はない」
サラはコロコロと笑う。
「自分の気を引くためにクラウディア様があーだこーだしていると被害妄想全開だった陛下のお言葉とは思えませんね」
「それを言われると……」
何も分かっていなかった愚かな自分。サラの口にした己の黒歴史にエドアルドは穴を掘って埋もれたくなった。
「クラウディア様は、誰とも結婚するつもりなどなかったのです」
「大国の唯一の王女にそんなことは不可能だろう」
王族の最大の使命はその血を後世に残すことだ。
「陛下はあの男の望みをご存知ですよね?」
「永遠の命を得ること」
エドアルドの答えにサラは頷く。
「あの男にとってクラウディア様は自分が再生するための道具でした」
「……再生?」
耳慣れない言葉だったが、ふとエドアルドの頭の中にクラウディオ王の声が響く。
(俺となる男児をクラウディアに産ませる……それはまさか、『再生』の意味はそのまま……)
「あの男にとって子どもはクラウディア様一人。クラウディア様と同等の魔力をもつ陛下を見つけるまで、あの男は『お前で我慢する』とクラウディア様に言っていました。そしてあなたを見つけた。クラウディア様が息子を産む可能性が出てきた……さぞ喜んだことでしょうね」
サラが皮肉気に顔を歪める。
「己の野望のために見つけた男は、自分より若く覇気に満ちた王者だった。魔力で恐れさせてひれ伏させるしかないあの男にとって、仇国にただ一人でも輝きを失わず自然と周囲に慕われるあなたは理想的な『王』だった。自分より世界に望まれている存在。この男の息子になったとき果たして『自分』は望まれる存在なのだろうか。そんな恐怖に襲われたあの男は、クラウディア様に『自分』を産ませることに決めました」
「自分を……産ませる……」
「病的なほど自分の健康に気を配っていた男があんな風に突然死んだこと……一度も変だと思わなかったのですか?」
まさか、という考えがエドアルドの頭に浮かんだ。
「あの日、あの男はクラウディア様の部屋にきた。私も部屋を追い出されたため、あのときあの部屋で何があったかは私には分かりません。あの男は急死し、クラウディア様は私にも言わないまま亡くなった。いまではもう真実を知る術はありませんし、知る意味もありませんが、世間が言うように『死を予感したため最期に娘に会いにいった』だけはないと断言できますわ」
(変だと……思わないわけが、ない)
クラウディオ王がクラウディアに向ける目をエドアルドは近くで見ていた。クラウディオ王は最期に娘を思うような父親でなど決してなかった。それを分かっていたが、エドアルドはクラウディアに「なにがあった?」と聞かなかった。
クラウディオ王が死んだ日、アウレンティは二つ派閥に分かれた。
一つはクラウディオ王の宣言通りエドアルドを王にしようとする派、もう一方はクラウディオの血を継ぎアウレンティ王家直系のクラウディアを女王にしようとする派。二つの派閥の対立だったが、力の差が大き過ぎた。エドアルドを推す派にはまだ力がなかった。
しかしエドアルドが王になった。派閥が対立する間もなく、クラウディアが女王になるのを拒否したからだ。
「クラウディアはなぜ女王にならなかった?」
「なれなかったからです」
「なぜだ?」
エドアルドは一度だけクラウディアに聞いたことがある。その答えはサラと同じ、「女王になれないから」。『なりたくない』ではなく『なれない』。その言葉の意味は――。
「クラウディア様は御子を産めなかったからです」
「? それは魔力量の問題……もしかして体に問題が……いや、それは……」
それはない。クラウディアの体はクラウディオ王が徹底的に管理し、月に一度の健康診断で子どもを産むのに問題ないことが確認されていた。
「クラウディア様の胎には子ができない呪いがかかっていました。クラウディア様ご自身がかけたもの。だからそれを教えられた私しか知らないことでございます。検査でなど分かるはずはありません」
「……呪い?」
「おかしいと思いませんでしたか? 懐妊する可能性の高い日を狙って陛下はクラウディア様と夜を共にしていらっしゃったのに……」
召し上げた側妃たちは数回夜を共にしただけで妊娠した。だからエドアルドはクラウディア自身の魔力が高いから子ができにくいとばかり思っていた。
(でもそれが呪いだったなんて……いや、そもそも……)
「なぜクラウディアがそんな呪いを知っている?」
「私が教えたのです」
信じられないことだった。サラが話すクラウディアの話しにはいつも愛情があった。エドアルドでさえサラがクラウディアを大事にしていたことが分かると言うのに……。
「なぜ……」
サラが項垂れた。
「私には陛下を責める資格はありません。私も、本来ならあの男に向けるべき怨嗟をクラウディア様に向けました……いえ、私は陛下よりもひどい。あのときのクラウディア様はまだ幼かった。それなのに……」
サラはクラウディオ王に全てを奪われた。国を奪われ、愛する婚約者の命を目の前で奪われ、声を奪われ、純潔も奪われた。
サラの国の姫たちは不思議な力を持つ者が多く、それゆえに姫たちは昔から拐されることが多かった。不思議な力を得るため。その野望を断つべく、サラたち姫は万が一のときは子が産めなくなる呪具をもっていた。
「どれだけ犯そうとも妊娠しない私にあの男は興味を失った。この後宮の隅に棄てられた私を、あの日クラウディア様は見つけてしまった。私の恨みを聞き、クラウディア様は泣いて謝った……クラウディア様が泣いて詫びることなど一切ないのに……」
どんなきっかけであれ、サラとクラウディアの交流はこうして始まった。
「私なんかの何がよかったのか……クラウディア様は私を傍においてくださった。あなたと初めて会った日、クラウディア様は変でした。何かに怯えたようでした。それを私は暢気に夫になる方に会って緊張しているのだろうなんて思っていました」
(怯えた顔……)
エドアルドは自分を見て怯えた小さな姫を思い出した。自分をジッと見たあと、何かを決意したように差し出したクラウディアの手を取ったとき、その手が震えていたことをエドアルドは覚えていた。
「陛下と結婚し、初夜をすませ、それから定期的に夜を共にしていらっしゃった。陛下が側妃を娶り、一人ずつ妊娠していって、やっと私はおかしいと思いました。なぜクラウディア様は妊娠なさらないのか。そう思ったとき私は箱にずっとしまっておいて一度も出さなかった呪具のことを思い出しました。そして箱を開けると呪具はなく、私はすぐにクラウディア様を問い質しました。死んで詫びると自害しようとしてようやくクラウディア様は教えてくださいました。陛下と初めて会った日の夜、呪具を盗んで身に着けたと」
「それは……」
「一度つければ呪われます。でもそれをクラウディア様は知らなかったから毎月、月のものが終わるたびに身につけていたそうです」
サラはグラスを煽って空にした。
「呪具を盗んだ夜、クラウディア様は恋をなさることも諦めたです。誰かに恋をしてもその方を子を抱くことができないから。陛下に恋をしても、自分が子を産めない以上はいつか必ず、王である男は自分以外の女を抱く。そのときに絶望すると分かっていたから、クラウディア様は恋を諦めたのです」
エドアルドの頭の中で、泣きながら腕輪をつける幼いクラウディアが浮かんだ。
「クラウディア様は本当に優しい方です。陛下、側妃様たちが全員無事に出産したことも不思議に思わなかったのですか?」
ここまでくれば愚か者でもクラウディアが何かしてくれたのだと分かる。
「クラウディア様は呪具をヒントに、胎の中の魔力を外部から安定させる魔道具を作りました。そして陛下がいつどなたと夜を過ごしたかを調べてはその妃の侍女を買収して妃に着けさせました。本当にお人がよろしいのですよ、クラウディア様は。死んでもいいから権力が欲しいと思うような方々なのに……寵をもらえない正妃だとご自分を嘲笑う方々のために……なんて」
信じられないエドアルドの驚きを疑惑だと誤解したのか、サラは困ったように笑う。
「その魔道具はいま三人の王女様たちがお持ちです。どうぞお確かめください」
サラの言葉にエドアルドは首を横に振り、その提案を拒絶した。
「あの頃、彼女が私の行動を探っていることを知っていた。てっきり私は……マッテオたちが言うように嫉妬した彼女が妃たちに危害を加えるためだと思っていた」
「残念ながら、嫉妬されるほど陛下はクラウディア様に愛されておりませんわ」
愛していないのだから嫉妬はない、その事実にエドアルドの心境は複雑になる。
「もしかしたらクラウディア様は陛下の顔もご存知ないかもしれませんね」
サラの揶揄う言葉はエドアルドに深く突き刺さった。あの顔のない絵が浮かんだから。
クラウディアにとってエドアルドは『国王』であり、『夫』であったのは月に三回の閨でだけ。暗くなってから部屋にきて抱いて帰っていくだけの男の顔は見えなかったのか、それとも見る価値がなかったのか。
「クラウディアもあまり私を見ていなかったしな」
「自分に対して嫌悪の表情しか向けない方を見ろと? 陛下も酷なことを仰る」
「辛らつだな……彼女のためか?」
「なにがクラウディア様のためになるかなど私には分かりませんわ。主君のためなど所詮は自己満足。主君のためなんて看板をぶら下げて好き勝手して、その責任を主君に背負わせるような馬鹿ではありませんわ」
サラの言葉に、マッテオを筆頭にエドアルドの頭の中にはいろいろな者たちの顔が浮かぶ。
「葬儀が終わったら、どうするつもりだ?」
「神の子になります」
出家するというサラにエドアルドは何となく納得してしまった。
「クラウディア様は死ぬ前に仰いました、次の世があるなら恋をしたいと。私はクラウディア様が無事に次の世に行けることを願い続けます」
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