王妃の心
「騒がしいな。王子たちの誰か来たのか?」
廊下で上がっている声と、声に混じる『殿下』という言葉。エドアルドは侍従たちに尋ねたが、侍従たちも先触れを受け取っておらず一様に戸惑った表情を浮かべた。騒ぎは一向に収まらず加熱していく様子に、侍従の一人が制して状況確認に向かった。
「何ごとだった」
「マッテオ様と王妃様専属侍女が埋葬品の件でもめておりまして……」
「埋葬品?」
クラウディアの体はまだ彼女の部屋に安置されているが、今夜神殿に納めることが決まっている。エドアルドは埋葬品の準備をし、神殿にもっていくようにサラに指示した。若くして事故死したわけではないクラウディアは何を持っていきたいかを言葉か形に残したはずで、それはサラしか知らないだろうと思っての判断だった。
「あの侍女がどうしても引かず……」
正しいこと、分かっている報告が欲しいのに、侍従の報告は『サラが悪い』というバイアスがかかるもの。『なぜ』がなく王の判断を偏らせる報告を不快に感じて、エドアルドははたと気づく。自分もそっち側の人間、何も知らないくせに『王妃が悪い』で片づける人間だったではないか、と。
「分かった」
「え? 陛下?」
立ち上がったエドアルドに驚く侍従の声を無視して扉に向かう。本来なら臣下の諍いに王であるエドアルドが出ていくことはないが、今回は自分が出なければいけないと感じた。
(……マッテオが悪いわけではない)
でもいままでを振り返れば、マッテオの報告が事実を捻じ曲げていたことをエドアルドは否めない。先代国王に踏み躙られたフォンターナ王国の生き残りの一人として、マッテオがアウレンティの王族に平伏したくない気持ちはエドアルドにも理解できる。
しかし、マッテオはその気持ちのままクラウディアを貶めた。それは誰の為だったのか。主君であるエドアルドのためという大義名分を掲げながら復讐という私欲を満たしたことはなかったのか。
「この包みを棺に入れたいだけです」
「だから、その包みの中身を改めると言っている。その中に陛下を傷つける呪符などが入っていてはならんからな」
亡き主を嘲笑するマッテオの言葉にサラの顔が怒りでカッと赤くなる。
「これにはクラウディア様が遺した言葉がある。クラウディア様の遺言を一臣下が無碍にするのか!」
サラの言葉をマッテオは鼻で笑ったが、エドアルドは近くにいてこの事態を傍観していた侍従が一枚の紙を持っていることに気づいた。あれかと思ったエドアルドは侍従からそれを奪う。突然横から紙を奪われた侍従は小さく声をあげたが、紙を奪ったのがエドアルドだと気づいて口を閉じた。
【この包みを誰も暴くことなく、棺に入れて埋葬して欲しい】
簡素な一言。でも、誰にでも命じられる立場であったクラウディアが“欲しい”といって願ったこと。
「これはクラウディア様唯一の願いでございます」
「口を開くようになったかと思えばキャンキャンと騒がしい。王妃であろうが関係ない。陛下を守るために包みの中を改めさせてもらう」
「触るな!!」
「待て!」
ざわつきに混じってエドアルドの声はマッテオに届かず、マッテオの手がサラの手から包みを奪う。
「その侍女を拘束しろ、陛下をお守りするためだ」
マッテオの指示に衛兵たちは速やかに従い、マッテオから包みを取り返そうと掴みかかろうとしたサラを拘束した。王妃の遺志を無視した行動。この状況のどこが『エドアルドのため』なのか。
あまりの事態にエドアルドが唖然としている間に、マッテオは包みの紐を解いていた。その勝ち誇った表情は王妃を貶められることに満足しているようだった。
「……絵?」
包みの中は紙の束。意外な中身にちゃんと持っていなかったのか、包みの中からバラバラと紙が落ちて床に散らばる。
「何を大事にしていたかと思えば、こんなもの……うわっ!」
鼻で笑ったマッテオが足元の紙に触れようとした瞬間、マッテオの手が何かに弾かて瞬く間に炎に包まれた。国王の執務室の前で攻撃魔法が使用された。その事態にエドアルドを含めた全員の目が攻撃魔法が飛んできたほうに向かう。
「マルコ殿下、とフィオレラ王女?」
意外な襲撃犯に全員が驚いたが、マルコは冷たい目でサラを拘束している二人の近衛兵に向けた。
「サラを離せ」
「し、しかし……」
抗議した近衛兵の近くに雷が落ちる。落としたのはフィオレラの後ろにいたファビオだった。
「いくら陛下の近衛と言えどサラは王妃陛下直属で後宮の侍女長。襲われたのが陛下ではなく、陛下の指示でもないのにその力をサラに向けることが許されるとでも思っているのか」
「陛下の盾はいつから侍従長の盾になったのかしら?」
イゾルデの冷たい指摘に近衛兵は慌ててサラから手を離し、自由になったサラにマリサが駆け寄る。
「全員下がれ。誰も王妃陛下の遺品に触れるな」
王子二人は周囲を威圧するように魔力を放出する。父親のエドアルドほどではないが、その力をある程度は継いだ彼らの魔力は強く、その場の者は息を飲み不動になる。エドアルドは窒息しそうな魔力の波の中で数枚の紙を拾った。
(絵……)
そこの描かれていたのはマッテオの言う通り絵だった。でもその絵に描かれていたは――。
(あの厨房……これは彼女が描いた絵か)
エドアルドはクラウディアに絵心があるなど知らなかったし、絵を描く趣味があることも知らなかった。他にどんな絵を描いたのか。
「陛下、それ以上は触れないでくださいませ」
伸びた手はサラの言葉で止まった。
「クラウディア様はこれらを誰にも知られないまま自分と一緒に燃やして欲しいと仰っていました。それが陛下に何一つ望まなかったクラウディア様の最期の願いでございます。どうかお聞き届け下さい」
「……分かった」
それ以外の答えなどエドアルドになかった。
「王子たち、おさめろ。そして誰も動くな。動く者は、私が容赦はしない」
エドアルドの言葉に王子二人が魔力の放出を止めると、ようやく動けるようになったサラは青い顔をしつつも手早く紙を拾っていく。エドアルドはマッテオの足元にあった絵を包んでいた布を手に取り眉間に皺を寄せる。淡いピンク色の布にはマッテオの足跡がついていた。
「新しい布を用意する。それで……それは構わないか?」
「……ありがとうございます」
サラは一瞬驚いた顔をしたあとで了承した。
「みな下がれ。侍女長、それを神殿に届けたら医師に診てもらえ。そなたに何かあったら王妃に申しわけが立たない」
野次馬はいち早く姿を消し、子どもたちはサラについていった。エドアルドはマッテオからの視線に気づいたが気づかぬふりをして、マッテオも去ると誰もいなくなった廊下で大きく息をついた。
(これは……)
執務室の扉を開けて、足元の紙に気づく。
(扉の隙間から滑り込んでしまったのか……侍女長を呼び戻すか……)
自分が触れるわけにはいかないと踵を返しかけて、紙の端に書かれたものに気づいた。クラウディアの字でエドアルドの名前が書いてあった。『王』ではなく『エドアルド』。
(……すまない)
好奇心に負け、心の中で謝罪しながら紙に手を伸ばし、表に返すとそこには男の絵が描いてあった。何となく見覚えのある服を着ているから描かれている男は自分なのだろうとエドアルドは思ったが自信はもてなかった。なぜなら――。
「……顔が、ない」
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