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第3話 ひとつの鍋

「二人の王子様、第一王子のマルコ殿下と第二王子ファビオ殿下の御母君たちの争いはご存知ですよね?」

「それについては私の方からも事あるごとに諫めている」


 正妃が病気で寝込むことが増えて以来、五人の側妃たちの争いが激化している。

 特に第一王子の産みの母であるマリエッタと、第二王子の産みの母であるソフィアの争いは激しい。


「それでは殿下たちが食べることを禁じられていたことはご存知ですか?」

「……何だと?」


「毒殺を恐れたためです。回復魔法があれば死ぬことはないからと」

「そんな愚かな考えがあるものか。回復魔法があろうと、食事せねば子どもの健やかな成長など望めないはずだ」


「そうです。マルコ殿下があまりに小柄で痩せ細っていたのを不思議に思ったクラウディア様は殿下の乳母から事情を聴きだし、直ちに週に一回殿下を自分のもとに連れてくるようにマリエッタ様に命じました」


 そう言うと侍女は眠るクラウディアの側に行き、香炉のようなものを持ってきた。


「私にからくりは解りませんが、これを使ってクラウディア様は魔力を殿下に与え、同時にご自身が摂取した栄養を与えておりました」


 唖然とするエドアルドに侍女はため息を吐いた。


「マリエッタ様のところに忍ばせた手の者から殿下の食事事情を聞いたソフィア様もそれにならい、他の御側妃様たちも次々と同様になさいました……殿下たちのためにクラウディア様はいつも苦しそうに食事をなさっていました」


 子どもたちの人数はもちろん、成長するにつれて必要となる栄養の種類も量も増える。


「毎日大量に牛乳を飲むことに耐えられますか?気分が優れない日も殿下たちのために無理矢理食べては吐いて、それでも諦めずに食事をなさっていました……だからクラウディア様はこれを作ったのです」


 そう言った侍女はエドアルドを放って廊下に出て、廊下を歩いて隣の部屋に入る。

 それを追ったエドアルドはまた驚くことになる。


「図書室に……厨房、だと?」

「御安心ください。クラウディア様のお作りになった道具で厨房の空気はこちらに来ないようになっております」


 高価な書物の傷みを気にして発した言葉ではないが、そう取られても仕方がない言動を繰り返していた自分を思い出してエドアルドは口を噤む。


「この厨房でクラウディア様と殿下たちは食事をご自身で作っておりました」


「王子たちが料理、だと?」

「栄養を分け与えるのに限界が来た以上、違う手段が必要でした。王子様であろうと生きるためには食べなければいけませんからね」


 子どもたちはもちろん、クラウディアにも料理の心得などない。

 包丁を使う年長者とクラウディアの手は刃物の傷だらけで、治癒魔法が得意な侍女は「次回こそ」と意気込む小さな手を何度も治療してきた。


 クラウディアたちの技量もあるが、ここで作られたのはスープ系が多い。

 一つの鍋で作ったものを全員で分ければ《安全な食事》と解りやすいからだ。


「皆様、とても楽しそうに作っておりましたわ。つい先日もファビオ殿下がクラウディア様のために粥をお作りになって」


「……あの女が」


 使われた跡のある厨房を見ながらエドアルドが呟くと、侍女が初めて不快感を込めた溜息を吐いた。

 叱責されたような気がしてエドアルドは思わず姿勢を正す。


「陛下。普段陛下がクラウディア様をどう呼ぼうと勝手ですが、直ぐ傍で眠っていらっしゃる方を、ご自分の妻である方を《あの女》と呼ぶのはどうなのでしょうか」


 一人の人間として、当人が傍にいて《あの女》と呼ぶのは不愉快な行為。

 つまりは夫婦以前の問題だ。



「陛下、クラウディア様が貴方に何かをしましたか?貴方はご自分の目で、クラウディア様のことを判断なさったことはありますか?」



 ***


 追い出されるように内宮から出たエドアルドが執務室に戻ると、連絡を受けた王子たちが城に戻ってくるという報告を受けた。


「クラウディア派を抑えるのに良いアピールになりますね」


 マッテオは満足気だったが、エドアルドはその言葉に頷けなかった。


 ***


「戻った」


 王城の正面につけられた大きな馬車が開くと、学院の制服に身を包んだ五人の少年と少女が出てきた。

 最後にマリサがファビオの手を借りて降りると、それを確認したマルコが出迎えた侍従や侍女たちに向き直る。


「皆、仕事に戻ってくれ」


 ぞろぞろと建物に戻っていく侍従や侍女たちの中で、たった一人動かない者がいた。

 褐色の肌をした五十代の侍女の姿に五人が一斉に笑顔になる。


「サラ」


 駆け寄った三人の王女を受け止めたサラは穏やかに微笑み、


「フィオレラ殿下、またお美しくなられましたね。イゾルデ殿下、今日も艶やかな御髪を素敵にまとめていらっしゃいますね。マリサ殿下、大きくなられましたね」


「サラはそんな声をしていたのね」

「ふふふ、話し方がお母様みたいだわ」

「私もお姉さまたちみたいに褒めてもらいたいのに」


 むくれるマリサにサラは目を合わせて、優しく諭す。


「大きくなることは大切なことです。きちんと栄養バランスのよい食事を心がけていらっしゃいますか?クラウディア様が仰っていたでしょう、美しさは内面から表れるものですよ」


 大丈夫、というマリサの頭に少年が手を乗せる。


「マリサは学院の食堂に入り浸っては、メニューにあれこれ注文をつけているよ」

「まあまあ、兄上。おかげであの味気ないメニューから救われたのですから。私はマリサの食堂改革に深く感謝していますよ」


「私だって感謝しているさ。ただサラに、マリサが相変わらず食いしん坊だと報告しただけだ」

「マルコお兄様!」


 じゃれ合う五人を遠目に見た侍従や侍女たちは驚いた。


 母親たちは仲が悪い。

 悪いどころかお互いに命を奪い合おうとするほど殺気染みているのに、子どもたちは実に仲がよく見えるのだ。



 そんな子どもたちを遠目に見る者に、父であるエドアルドもいた。


 彼は何も知らないことを痛感した。


 子どもたちがこんなに仲の良いことを。

 サラと呼ばれた侍女にとても懐いていることを。



「サラ、お母様にお逢いしたいわ」



 子どもたちがクラウディアを『母』と呼んでいたことも。

 エドアルドは何も知らなかったのだ。

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