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【本編完結】僕と恋をしませんか?― 妻に愛されていなかったことを、僕は彼女が死んだあとに知った―  作者: 酔夫人(旧:綴)
本編

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3/11

王妃の部屋

エドアルドはマッテオが用意した花かごを持って内宮に向かった。



アウレンティの王宮は、先ほどまでエドアルドが政務をおこなっていた官吏たちのいる外宮と、王族とプライベートエリアといえる国王と妃たちそして王の子どもたちが生活する内宮に分かれている。


エドアルドがクラウディアと結婚してすぐクラウディオ王が死んだ。体調が悪いそぶりも見せず、予兆など何もなく突然死んだ。エドアルドとクラウディオは、二十四歳と二十歳で王と王妃になった。


王になったエドアルドは外宮を管理し、王妃のクラウディアには内宮を管理させると宣言した。この宣言は王妃クラウディアには政治に関与させないという意味だった。


確かに王はエドアルドだが、アウレンティの血筋はクラウディア。アウレンティの一地域となり果てた小国の血筋の者がアウレンティのトップに君臨するという意味だが、女性の進出が遅れていたアウレンティには「女は家を守るべき」という考えが根付いていたことと、なによりもクラウディア本人が反対しなかったため、エドアルドが驚くほどすんなりとこの方針は決まった。



「内宮がこんなに静かなのは珍しいな」


内宮に入って直ぐにあるのは、国王であるエドアルドの区画。そこを過ぎて廊下を進み突き当りの扉を開けると内宮の中でも妃たちと子どもたちが暮らす後宮になる。妃ごとに区画が分かれているのだが、あちこちに弔意を示す黒い布がはためいているのが見える。


(形だけでも弔意を示しているのか)


エドワルドは意地の悪い笑みを浮かべた。エドアルドが王妃であるクラウディアを疎んじていたことは有名な話で、側妃として召し上げられ一時でも寵妃として栄華を極めた者たちからクラウディアは軽んじられていた。彼女たちが勝ち誇った顔でクラウディアに接する場面にもエドアルドは何度も遭遇している。


エドアルドは自分が持っている花かごに視線を落とす。


「どいつもこいつも、形だけだな」



 ◇



後宮の廊下を進み、一番奥の部屋を目指す。


「相変わらず薄暗いな」


後宮の一番奥の部屋はずっとクラウディアの部屋で、彼女はここが父王の後宮だったころからこの部屋に住んでいた。王女時代は継母の間柄となる父親の愛人たちを管理し、王妃時代は夫の愛人たちを管理してきた。クラウディオ王に比べたらエドアルドの妃の数は少なく、クラウディアの部屋までは空き部屋が続いていたため廊下は生気がなく冷たく陰気に感じた。


(あれは……)


「王国の輝く太陽、国王陛下。謹んでご挨拶申しあげます」


クラウディアの部屋の前に立っていた侍女が拝礼し、その口上にエドアルドは驚いた。彼女はクラウディアの唯一の侍女。アウレンティでは珍しい褐色の肌色をしているが、エドアルドが驚いたのはそこではない。


「驚きましたか?」

「お前は……口が利けないのではなかったか?」


エドアルドの問いに彼女は肩を竦めてみせた。王であるエドアルドに対して一侍女がする態度としては無礼だが、エドアルドはどこか投げやりな表情のほうが気になった。


「口が利けませんでした(・・・)……私も久しぶり過ぎて、自分が話せることに慣れておりません」


侍女は自分の喉に手を当てた。


「先代国王、クラウディオ陛下が呪術に傾倒していたことはご存知ですよね?」

「もちろん。永遠の命を得るため。俺の祖国に攻め入ったのも『多くの命を奪えば長生きする』などという呪術師のたわ言を信じたからだからな」


時間がたっても恨みは消えておらず、国を滅ぼされたときと同じ恨みを込めてエドアルドは吐き捨てた。


「私もいまは亡い国の王族の娘でした。あの男は当時喉の病気を患っており『誰かの声を奪えばいい』という呪術師の言葉を真に受けて私の国に攻め入りました。歌が得意な王女だと評判だった私に白羽の矢が立ったのです。あの男は呪術で私の声を封じました。風邪かなにかだったのでしょうね。あの男の喉の病気は治りました。でも私にかかった呪術は続きました、この呪いはあの男の血がこの世界から消えるまで続く呪いでしたから」


初めて聞く彼女の生い立ちは自分とどこか似ており、エドアルドは花かごを持つ手に力を込めた。


「残虐な奴らだ」

「……『奴ら』、ですか」


侍女の声に混じる嘲笑にエドアルドは気づかなかった。

 


「この先はそなたの好きなように、自由にするといい。このまま城に勤め続けてもよいし、城を出たいと言うならこれから先の生活に困らないように手配しよう」


どんな形であれ妻である王妃に最後まで付き添い、死に水をとった侍女への礼のつもりだったが、エドアルドのその言葉に侍女は壮絶なほどの美しい微笑みを向けた。ピリッと肌を刺激する殺意混じりの怒気と敵意。エドアルドの眉間にしわが寄る。


「クラウディア様が全て生前に手配してくださっております。いまさらのお気遣いは結構ですわ」


丁寧に『放っておけ』と言われた明確な拒絶にエドアルドは言葉に迷う。黙り込んだエドアルドを侍女は鼻で笑うと、横に退いてエドアルドのために背後の扉を開けてみせた。



(……こんな部屋だったか?)


ここまでの廊下の冷たさと対照的に、とても温かい空間。壁紙は真っ白で、カーテンは淡い桃色。そこかしこに鉢植えが並び、どの鉢植えでも植物はイキイキとしている。


最後にこの部屋に来たのはいつだったかと考え、それは数年前のクラウディアの四十歳の誕生日だったとエドアルドは思い出す。それまでは月に三日この部屋に来ていたが、この日クラウディアから「もう自分に子ができる可能性はない」「義務を果たす必要はない」のようなことを言われた。



(それから一度もこなかった部屋……)


最後に見たのが夜の薄暗い照明の中だったからかもしれないが、部屋の雰囲気は随分と変わったようにエドアルドには感じた。鼻を擽るのは花のかぐわしい香り、そして消毒薬のツンッとした臭い。消毒薬の臭いは長い闘病生活の証。クラウディアはあの誕生日のあと直ぐに病を患い、長い闘病生活ではあったがエドアルドは花かごを贈るだけでこの部屋に足を運んだことはなかった。


(その花かごだって……家臣の反感を買わぬためのもので、マッテオに用意するように言うだけだった)


それがあったから、弔花を勝手に選ぶというマッテオの越権行為をエドアルドは責めることはできなかった。手に持つ花かごに目を落とす。ふと自分ならクラウディアにどんな花を選んだのかとエドアルドが考えたとき……。


「花かごを飾らせていただきます」


花かごを渡そうとエドアルドが視線を落としたのと誤解したのか、侍女はエドアルドの手から花かごを取りベッドの一番近くに置いた。そこに置かれた花かごが他人の作ったものだと言うことに不快感を感じると同時に、所狭しと置かれた花かごたちに気づく。



「ハハハ……」

「……何かおかしいですか?」


首を傾げた侍女に、エドアルドは彩り豊かな花かごのひとつを指さす。


「弔花には相応しくない色合いの花かごだな」

「……え?」

「この女が死ぬのを喜ぶ奴が俺たち(・・)以外にもこんなにもいるとは……」


エドアルドの言葉に侍女は目を瞠り……嗤った。


「お言葉ですが、この花かごたちは全て殿下たちからクラウディア様への『お見舞い』の花かごです」

「……は?」


侍女はエドアルドが指さした花かごで揺れるピンク色の花に触れる。


「月に一回、杓子定規に花を贈ってきた誰かさんとは違い殿下たちは毎週クラウディア様がお好きなピンク色の花を多めにした花かごを贈ってくださいました。亡くなる前、クラウディア様はこの花を枯れるまでこのままにしておいてほしいと仰りました。自分が死んだからといってまだ生きている花を捨てるのは忍びないから、と」

「ちょっと待て。なぜ王子たちがこの女に花を?」



王子たちはエドアルドと側妃たちの間にできた子どもたち。エドアルドとクラウディアの間に子はいない。エドアルドは夫婦の義務は定期的に果たしていたがクラウディアが懐妊することはなかった。


「クラウディア様は殿下たちの教育係でしたから」


侍女の『そのくらいご存知ですよね?』と言外に問う目線にエドアルドは苛立った。


「当然だ、自分の子どもたちだぞ」

「では、クラウディア様が殿下たちの教育係になると申し出た経緯はご存知ですか?」


侍女の問いにエドアルドは頷く。


「アウレンティに相応しい後継にするために無理矢理強行したと、側妃たちの反対を権力でねじ伏せたと聞いている」

「その報告はマッテオ侍従長からですね」


そうだっただろうか、とエドアルドは考えた。


「それについて殿下たちと話したことは?」

「……話していない」


(それは……マッテオから聞けば十分だと思ったから)



マッテオはエドアルドの乳兄弟。


あの日、フォンターナ王国が攻め込まれたときは隣国に留学していたためマッテオは難を逃れていた。そしてエドアルドがアウレンティに連行されたと聞き、アウレンティまで追ってきてくれたエドアルドが信頼する忠義者だった。


「侍従長は悪い方ではないのでしょうが……まあ、これも今さらですね」

「どういうことだ?」


侍女が黙り込み、その表情からその言葉の意味を言わないだろうとエドアルドは察した。


「それで、あの花かごは教育係をやった縁だとでもいうのか?」

「殿下たち全員が学院に入学するまでですよ? 短い縁ではないと思いますけれど?」


『学院』と聞いてエドアルドはあることを思い出した。エドアルドは全寮制の学校に行かせることを反対したのに、クラウディアは内宮の管理は自分に任せたのだからと言って子どもたち全員の進学を強行したことを思い出した。


「学院への入学だってそうだ。幼いうちから管理の厳しい寮で生活させるなど、俺がどんなに反対したか」

「陛下、クラウディア様は殿下たちをそうやって守ったのですよ?」

「……なんだと?」


侍女は大きく息を吐いた。


「クラウディア様がそうしなければ、殿下たちは今頃全員死んでいたかもしれませんよ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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