王妃の死
「エドアルド陛下、王妃殿下がご崩御なされました」
「分かった」
国の最高位である王妃の死の報せだが、それを口にした侍従長の声は落ち着いていた。国王、つまり王妃の夫であるエドアルドの声も落ち着いている。
「国の慣習に従い、白い花の花かごの準備をしてくれ。政務が終わり次第持っていくから」
他の仕事と同じように淡々と処理するエドアルド。その場に同席していた者たちは全員その姿を意外に思わなかったが、侍従長マッテオはそんなエドアルドを諫めた。
「今すぐにお向かいください」
まさかマッテオがそう諫めるとは思わず、何人もの目がマッテオに向く。
「花かごの準備はすんでおりますので」
数人が眉間に皴を寄せる。弔花を事前に準備しておくなど非常識であるし、国王であるエドアルドの花の指定を聞かず勝手に王妃への弔花を用意するなど越権行為も甚だしい。
この国で弔花は配偶者や子どもなど故人に近しい者が最後に贈る物、手向けの花と言われている。国王であるエドアルドが手ずから作るまではしなくてもいいが、彼に準備すらさせず侍従長は庭師に作れと命じたのだ。
「マッテオ殿。貴殿が陛下の腹心というのは理解しているが、花かごを貴殿が手配するのは王妃殿下を軽んじた無礼な行為ですぞ」
その言葉をかけた者をマッテオは一瞥しただけでエドアルドに向かって拝礼する。
「このように王妃殿下を擁護する声はまだ多くございます。いますぐに王妃陛下に元に行かれたほうが、余計な声を聞かずにすむかと」
「陛下、王妃陛下の最期に手向ける花かごを臣下が勝手に手配するなど前例がない、そう申しております」
いつものように国王エドアルド派と王妃クラウディア派の諍いが始まり、エドアルドは痛む頭を押さえた。
◇
第三十八代国王・エドアルド=デ=アウレンティ。
エドアルドはアウレンティ王国の北にあった小国フォンターナの王太子だったが、先代で『残虐王』と畏怖されたクラウディオ王の侵攻によって国を滅ぼされ、それからアウレンティ城で生きてきた。
亡国の王族を城に住まわせるなど待遇としては異例、普通ならのちの禍根をなくすために王族は根絶やしにする。実際にエドアルドの両親、弟妹、叔父や叔母、イトコたち。王族やそれに準ずる者は年齢も性別も問わずに処刑されている。エドアルドが例外だった。
エドアルドが処刑されなかったのはクラウディオ王の気紛れとも言えるが、彼は城を守ろうとして暴走させたエドアルドの膨大な魔力に興味をもった。
クラウディオ王はエドアルドを連れてアウレンティに凱旋すると、出迎えた家臣たちの前でエドアルドを王女クラウディアの夫にすると宣言した。クラウディアはクラウディオ王の唯一の子で、父王の血を濃く受け継いで膨大な魔力を持つ王女だった。
膨大な魔力は『兵器』としてなら優秀だが『王族』としては欠陥品。
子どもを成すには男と女の魔力量が同程度でなければならない。クラウディアと同程度の魔力を持つ者が今までいなかった。アウレンティ国内はもちろん、アウレンティが手中におさめた国にもおらず、そうして見つけたのがエドアルドだった。
クラウディアが女児なのも問題だった。
膨大な魔力を持つ女性の場合、体内に入った男の魔力は直ぐに無力化されて子を成すことは絶対にない。しかし膨大な魔力を持つのが男性だった場合、母親の魔力がそれなりならば母体を犠牲に子が産まれることはできる。だから膨大な魔力のクラウディオ王からクラウディアが生まれたのだ。
クラウディアの母親はある亡国の皇女だったが、彼女の最期は悲惨なものだった。それなりに魔力があったせいでクラウディオ王に国に攻め入られて皇女は捕虜同然にこの国に連れてこられ、妊娠するまで国を滅ぼしたクラウディオ王に犯され続けた。常に胎内に残されたクラウディオの強い魔力への拒絶反応に苦しみ続け、懐妊すると次は胎児の魔力への拒絶反応に苦しみ続け、出産すると同時にまるで用は果たしたとばかりに亡くなった。
―― 俺は息子が欲しい。
いつだったか酒の席でクラウディオ王はエドアルドにそう言った。
―― クラウディアに子ができないならクラウディアで妥協しようと思ったが、お前を見つけたのは天啓だった。息子を作れ、俺となる男児をクラウディアに産ませるんだ。
(クラウディオ王は自分の再来とでも言われる王子が欲しかったのか?)
クラウディオ王はとうに死んでいない。その答えを知ることはもうない。答えが分からないのが原因か、それとも国を滅ぼされたときに見たクラウディオ王の圧倒的な強さがトラウマとなって沁みついているのか。
息子を作れ。
クラウディオ王の声はいまもエドアルドの中で響き、エドアルドの枷となっていた。クラウディオ王の血を持つ、彼の望んだ息子を産む器といえるクラウディアが生きていたからだ。
クラウディアは死んだ。
「俺は自由だ」
エドアルドを縛っていた枷が外れ、エドアルドは何十年ぶりかに空気を思いきり吸えた気がした。
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