宇宙の落とし穴(2)
アームドスキンを始めとした宇宙機動機材は観測を基として自身を把握している。自らがどこにいるのか。どこを向いているのか。どちらに重力を含む慣性が働いているのか。外部がどんな状態か。それら全てをシステムが包括的に掌握し姿勢制御を行っているのだ。
「搭乗者がしているのは、次にどういう行動をするか命令してるだけ」
デラは説明する。
「つまりシステムの認識が狂うと途端に動けなくなるか動作に異常が表れる。機動さえままならなくなるのよ」
「探査チームのアームドスキンが抵抗する様子もなく第一惑星に落ちていったのはその所為ですか?」
「そう。パイロットは離脱する方向に機体を向けようとしたけどシステムは現状把握をできていなかった。姿勢を安定させようとする働きと推進方向が合致していなかったからまともに機動制御ができなかったわけ」
落下時の映像を見ればそれは明白だ。アームドスキンがくるくるともがきながら定まらない噴射をくり返して落ちていく様を示している。
「そんなに不確実なものですか?」
サキダル主任は安全性に疑問がある機材が常用されているのが信じられない様子。
「だってあり得ない状況だもの、観測が全くできなくなるなんて。戦闘のためにターナ霧が使用されたって電波が完全に阻害されるわけじゃない。近距離のハイパワー無線はつながるし、レーザーデータリンクもある」
「そうですね」
「惑星系じゃない、光に乏しい公宙だって周囲の星は観測できる。自己位置の把握で進行方向や速度も計測できる」
人間では到底適わない瞬時の観測および演算をシステムは行っている。
「それが完全に無効化されたら? 突然、前後左右もわからなくなったら?」
「混乱するでしょうね」
「抵抗する術もなかったのよ。事前にそれを知りもしなかったから」
何一つ対策をしていなかった。それが今回の事故の原因に他ならない。
「そこまでですか、ターナ分子というのは?」
主任も完璧に理解しているとは言いがたいようだ。
「画期的よ。ターナ霧が電波阻害をするからマイナスイメージが先行するけど、放射線変調で減衰してくれるターナブロッカーがどれだけ人体を守ってくれてると思う? 赤外線変調で減衰してくれるターナラジエータがどれだけ活動範囲を広げてくれていると思う? 素晴らしい貢献をしてくれてるわ」
「その画期的な物質がどうしてこんなところに?」
「おそらく天然もの。元よりターナ分子っていうのは金属系原子の化合物。金属が気化状態になるほど高温で他の条件も整っていれば、偶発的に合成されることもあるということ」
可能性はかなり低いにしてもの話。
「つまり、第一惑星は炭素惑星などではないわ。ターナ分子の素材が揃った大型固体惑星よ」
「そんな馬鹿な! では、なぜ光学的に観測できない見えない星なんだ?」
「わからない?」
ゼーニン教授は納得できないらしい。だが、炭素惑星ではターナ分子など合成できない。軽いガスや有機ガスでできている高温ガス惑星でも同じこと。
「あれはターナラジエータ」
闇に包まれた惑星を示しながら言う。
「赤外線だけを防ぐのは、そういうふうに調整しているからなだけ。本来のターナラジエータは全ての光を変調して電波に変換してしまう。もちろん可視光も」
「まさか、そんな……」
「あの黒いモヤは濃いターナラジエータを含有した大気の層。そこに入るだけでなにも見えなくなってしまうわ。外からも見えはしない」
立体感もなければ凹凸も観測できないのはそれが重力に囚われた気体の層だから。実際に検知するまでデラにも想像だにできなかった驚愕の事実。
「交信できなくなったのはターナ霧の所為ですか」
「ええ、主任。それも相当濃密な」
検知位置から推察できる。
「第一惑星の陰が驚くほど宇宙線量が低いのはターナブロッカーのお陰なんだわ。早く気づけばよかった」
「なるほど、たしかに」
「私も迂闊だった。でも、それ以上に迂闊だったのは、なにも考えずに探査チームを降ろしたオイロニカ政府の決断。この遭難を引き起こしたのはゼーニン教授、それとケッチュ政務次官、あなたたちよ」
無慈悲に宣告する。
(これで余計なことを考えられなくなるでしょう? こんな難しい状況で、つまんない仕掛けをしてこられては敵わないわ)
そういう思惑を含めて詰め寄った。
「そんなわけない! そんなわけはないのだ! お前が言うとおりならどうして燃焼発光が確認できたんだ!」
ここにいたっても持論を曲げないわからず屋がいる。
「あれは大気上層まで漂いだしたターナブロッカー。系外放射線が当たって光に変調してるから弱くて赤い燐光みたいに見えるのね。昼の面はもっと派手に発光しているはずよ」
「そうではない! あれは燃焼発光以外にありえないのだ!」
「だったら探査チームはどうして離脱してこないの?」
他に理由がなくては成り立たない。
「それは……、着地に失敗して機体を壊したとか……」
「全機が? あの高度から墜落して損壊したと? 人命が失われたのを自論の根拠にするなんてあなた、学者として最低ね」
ゼーニン教授は震えながら俯いていく。すでに反論の根拠がなくなってしまっているのに気づいたのだろう。ケッチュ政務次官にいたっては、頭を抱えて首を振るのみ。現実を受け入れられないのだ。
「そういうことでしたか。ですが、わからないことが」
サキダル主任が疑問をいだいている。
「電磁波以外に観測できるものがもう一つ、重力波です。アームドスキンなどの軽量宇宙機に重力場レーダーは搭載できません。しかし、重力そのものは人体でも感じられるものです。姿勢制御の重力ジャイロは働いているのではありませんか?」
「ええ、きっと無事に働いてるわ。地表に少しぐらい激突してても立ちあがることはできているはず。上下も確認できる」
「ならば離脱してきても良いような気がするのです」
上昇するだけなら可能だと思っているのだ。
「地表付近ならそれも可能だと思うわ。でも、ある程度の高度を超えると重力の働き方が弱くなるからジャイロが怪しくなるの。相対位置も観測できず、重力だけを頼りに上昇しても姿勢制御が乱れてまた落下するでしょうね」
「非常に危険なんですね」
「システムは観測ができないと軌道計算ができない。自分で離脱用機動シーケンスが組めるパイロットなんて今どきいる?」
まず不可能である。人類が太古の昔に大気圏を離脱するために使っていたような技術なのだ。そんなものは失われて久しい。
「自身で離脱が困難であるならば救助しなくてはなりませんね」
主任は真剣な面持ちで彼女を見る。
「可能だと思われますか?」
「なにか方法があると思うわ。今から考える。条件は推測できたから」
「では、正式に要請します。探査チームを救助していただけますか?」
サキダル主任も管理局員の一人。加盟国市民の命を守るための義務を負っている。上司に確認するまでもなく対応せねばならない立場だ。
「即答できない。検討させて」
そうとしか言えない。
「なんら方法もない状態で降下したら二次遭難をするだけ」
「もちろんご自分の命を守れる範囲のことでかまいません」
「そうさせて。幸い、時間はあるわ」
他にもある推論を立てていた。
「この公転軌道でも、ターナラジエータのお陰で昼の温度もそれほど上がっていないはず。生存困難なほどじゃないと思ってるわ」
「空気用のカーボンフィルターも非常食料も備えているはずです。万全の状態でお願いいたします」
「ええ」
デラは方法を頭の中で検索しはじめた。
次回『宇宙の落とし穴(3)』 「それ以上はやめて。心に致命傷を負うから」




