宇宙の落とし穴(1)
イグレドはオイロニカ調査船と並走して第一惑星へと接近する。重力場レーダー圏内に入ってくると、おおよその質量は確認できた。
「思ったより軽いわね。小さめのホットジャイアントだとしても、もっと重そうなものなのに。もしかして本当に炭素惑星?」
デラは正直ちょっと悔しい。
「そこまで軽く見えるんな?」
「直径と比重から計算すると重すぎる感じするけど」
「惑星核は重金属系かもしれないでしょ、フロド?」
主星ソニタ・リリとの安定周回軌道を考えると最低限の質量を持っている。炭素惑星の否定材料が一つ減った。
「それにしても、それ以外が全然見えないわね。この距離で地表の様子が確認できないってことは、やっぱり大気はあるのよ」
凹凸くらいは見えてもいい。
「教授が言ってたみたいに地表がアモルファス状態だったら吸光して凸凹も見えないかも」
「そうでもないわ。輪郭を見て」
「輪郭?」
主星の光がもれてくる惑星の輪郭を拡大して示す。
「赤外線による光回折があるにしてもボヤけすぎ。これは大気による回折まで計算に入れないと説明できないわ」
「そっか。いくら吸光したって凸凹の輪郭まで誤魔化せないか」
「ええ、地表が真っ平らなわけないでしょ?」
仮に炭素粉末に覆われていたとしても、丘陵くらいは確認できるはず。きれいな球体というのは不自然極まりない。
「だったらなんだろう、この中途半端な質量は」
フロドは首をかしげている。
「ガスを吹き飛ばされて気体金属が相転移しちゃってる? そしたら地表は重力で圧縮された液化気体の高熱の海」
「降りたらヤバそうだね」
ガス惑星の場合ならば。
「炭素粉末じゃなく線維化固定されてる? それだとどこまでもカッチカチの真っ黒な大地」
「自転速度によっては着地もできなさそう」
炭素惑星であれば。
主だって推測できる状態を説く。それも確率が高いだけに過ぎない。可能性は無数に存在する。
「それなのよ。近寄ればせめて気流の状態から、もしくは輪郭観測で自転速度を推定できるかと思ってたのに何一つ見えないとはね」
そういった推定ツールは十分に準備している。
「他になにか。発光現象の移動速度?」
地割れによって赤熱部が見えているなら自転によって移動するさまも観測できる。だが、発光はふわりゆらりと燐光のように揺らぐだけで規則性を確認できない。
(これ、本当に赤熱発光なの? ちょっと違うっぽい)
それがヒントな気がしてならない。
「時間なんな」
「なんにもわかってないのに、よくも降下するなんて言うわよね」
オイロニカの探査チームが降下する時間が迫っている。デラとラフロも随行するつもりであった。
そのために様々な材料を解析していたのだが、答えの見えぬままにタイムリミットが来る。降下を否定できる材料がない。
(ただ一つ確実な肯定材料があるしたら、ノルデが降下を止めない点。本当に危険だったら絶対に止めるはず)
なにか知ってる彼女ならば。
ヘルメットを持ってゲストシートから立ちあがる。美少女は見送る姿勢を崩さない。止める気がないのはラフロならば危険性が低いと判断しているからだと思える。
「じゃ、行ってくる」
「気を付けて」
手を振る少年に見送られ、青年を従えて通路を行く。
「大丈夫だと思う?」
「そなたに危険はない。他の者は守る義理はない」
「少しくらいは気にかけてやってくれる?」
気が楽になる。ラフロがいれば異常事態にも対処できるだろう。どんな苦境も彼女の知識と彼の武芸で切り抜けてきた。
「慎重に。確認できている状態は決して多くないのよ」
先行する探査チームに呼びかける。
「了解いたしました。当面はプランに従って行動させてもらいます」
「慎重すぎることはないっていうのを頭に叩き込んでおいて」
素人臭さを拭えないメンバーに辟易する。本来なら専門家を前に置くのが常道なのに平気で先行している。
「兵士並みに命知らずね」
「それは当たっているぞ、デラ」
「え?」
「あれはほとんどが兵士であろう」
アームドスキンの挙動や所作が訓練を受けた者のそれだという。デラは目をしばたかせた。そんな話は聞いてない。
(うそ。じゃあ、やっぱり中止すべき?)
ふたたびゴート遺跡の技術を盗もうと画策しているのかもしれない。
(これは罠で、先行するのは私たちを拘束する態勢づくりのため?)
するすると重力圏に入っていく二十機のアームドスキン。寸前で迷ってしまい、それが意識スイッチでラゴラナに制動をかけさせた。
(あれ? 様子がおかしい)
チームの機体が妙な挙動をしている。
「待て」
『ターナ霧を検出しました』
青年の声とシステムの警告が同時。
「待って! 待って! 待ちなさーい!」
「間に合わぬな」
「え、飲まれた?」
アームドスキンがぬるりと消えていく。正確には見えないところへ落ちていくかのよう。落とし穴に落ちるかのごとく。
(うそ、黒い大気?)
デラは第一惑星の表面から目が離せなかった。
◇ ◇ ◇
「だから一度探査機くらい放り込んでみるべきだって言ったじゃない!」
「アームドスキンならば理論上、どんな惑星でも降下離脱は自由なはずではないか!」
「なにが起こるかわからないのが惑星探査なの! いいかげん理解しなさい!」
ゼーニン教授と完全に口論になっている。
デラのラゴラナはラムズガルドの推力にサポートされて一度離脱した。イグレドに戻ってからオイロニカ調査船と連絡を取り、探査チームの状態を確認したら全くの音信不通だという。
「だいたい、探査機を降ろしてどうなったという? チームと同じく落ちて終わりだったのではないか!?」
「同じ落ちるにしても、消え方や壊れ方からどんな危険を孕んでるか事前確認ができたの! なんの予備情報もなしに降下するよりはるかにマシだったわ!」
オイロニカ側は彼女が推奨した探査機の投入を拒んだ。それどころか準備さえしてこなかったという。無駄を排したつもりなのだろうが正気ではない。
「おふた方とも落ち着いてください」
サキダル主任がとりなす。
「まずは状況確認をさせてください」
「ええ。今、探査チームがどうなっているのかわたくしにもわかるようにお願いします」
「どの口で言うの、ケッチュ政務次官?」
降下を強行し、しかもその先でなんらかの仕掛けをしていたかもしれない張本人であるヘルミ・ケッチュ外務政務次官。その彼女は青い顔でおろおろしている。移民計画の初期段階で尊い人命を失わせたとされると政治生命に関わると危惧しているのだ。
「遭難よ。離脱したくてもできないんだわ」
険しい面持ちで告げる。
「なぜなのだ? 機体が壊れているのか? そうでなければアームドスキンならば離脱できるはずだ」
「たぶん壊れてない。人員も無事じゃないかと思う。でも、帰れないの」
「どうしてです?」
ヘルミは軽いパニックに襲われている。
「私の予想が正しければ、あれはターナ分子の惑星。人類が観測に使用してきた、いえ、正確にはそれ以外に観測手段を持たない電磁波がすべて遮断されてる」
「ターナ分子……?」
「進入直前、探査チームのアームドスキンはターナ霧を検知していたんじゃない?」
通信パネル内の相手はきょろきょろとしている。確認作業をしているのだろう。
「はい、おっしゃるとおりです。かなり途切れとぎれではありましたが、交信記録にターナ霧を検出した旨が伝えられてきているそうですね」
平静を保った主任が報告してくる。
「その段階で遭難しかけていたの。アームドスキンのシステムはもう現状把握をできなくなりつつあったのよ」
「機体のシステムが?」
「そう。だから宇宙の落とし穴に真っ逆さまに落ちちゃった」
デラは恐るべき事実を告げた。
次回『宇宙の落とし穴(2)』 「そこまでですか、ターナ分子というのは?」




