見えない星(3)
オイロニカは独自に探査チームを連れてきていた。アームドスキンでなければ大型惑星へのアタックもままならないので軍用の機体を使って訓練を施したようだ。
二十名からなるチームが反重力端子コンテナを用いて機材を持ち込み、掘削作業を行うプランを説明される。なんの変哲もない作業として計画されていた。
(この人たちプロ? もしかしたらホットジャイアントかもしれない惑星に降下するのに、この装備で十分だと思ってるの?)
デラは不安感を拭えない。
様々な環境の想定ができているとは思えない。探査のプロというより穴掘りのプロじゃないかという気がしてきた。
「作業時間は? 地表の観測ができてないから自転速度の算定もできてないのですけど」
試しに尋ねてみる。
「休憩含め十四時間ほどと考えてますよ。機材の設置から掘削、撤収まで含めです」
「なにを根拠に夜が十四時間以上あると考えているのですか?」
「いえ、特には」
質問の意味を理解していない様子。
「昼の面でも作業するつもり?」
「時間的にはその可能性も考慮してます。教授、昼の面でも500℃程度なんですよね?」
「炭素の熱伝導率は高い。燃焼発光現象からわかるように、主星の照射熱は地下に蓄積され、夜のうちに放散されているものと推定している」
前提が炭素惑星でプラン策定がされている。それ以外の可能性が排除されているのだ。計画書もゼーニン教授が作成したものだろう。
「もし、単なるホットジャイアントだった場合、昼の面では最低でも1000℃以上となります。アームドスキンでも耐用時間が限られるほどの高温ですよ?」
作業できるような環境ではない。
「だから炭素惑星だと言っているではないか。発光現象が外までもれているということはほとんど大気もないはずだ。恒星風の影響だろうな」
「あのサイズの惑星が大気を持っていないと考えるのは早計です。事実、夜の面の赤外線放射は300℃前後を示していますけど?」
「蓄熱放射でそうなっているのだ。炭素の性質上、熱平衡が保たれていると思われる。それほど厳しい環境ではないという計算結果だ」
自論を崩さない。彼にとってそうでなくてはならないのだ。希望的観測を事実として扱っている。
「残念ながらそのプランでの作業は認められませんね」
頑固な相手にデラはきっぱりと言う。
「なにを言う! 根拠を示したまえ、根拠を!」
「確定情報でもないのに炭素惑星以外の条件を想定していない点ですよ。あらゆる危険を予測していなければ惑星探査なんてできません。私が護衛を付けている意味をどうお考えですか?」
「それは君が臆病だからでは……!」
「まあまあ」
憤慨するゼーニンをサキダル主任が制止する。
「どのような惑星かはこれから接近すれば判明するかもしれません。大気の有無などもわかることでしょう。それから計画に変更を加えても遅くはありませんので、今はこれまでにいたしませんか?」
「仕方あるまい。譲歩しよう」
「ええ、最終的な判断は主任におまかせしますわ」
(これでよく天文学教授なんて名乗れたものだわ。過去の探査事例くらいしか頭に入ってないじゃない。データから可能性を導きだす能力が不足してる)
ため息を噛み殺す。
監督責任者は彼女でなくサキダル主任である。彼に常識的な判断を望むしかないだろう。
「話は終わったんな?」
黙っていたノルデが口を開く。
「じゃあ、これを回収してほしいのな」
美少女が投影させたパネル内の映像では人が三名転がっている。ワイヤーで括られて床でもがいていた。
「なに? パスウェイじゃない」
デラが通って迎えられた通路の様子だ。
「イグレドに侵入しようとしたからセキュリティが働いたんな。邪魔だから持っていくのな。要らないのなー」
「どういうことです?」
「私は知らんぞ!」
ゼーニン教授は否定する。
「困ったことですのね。どうやら雇った作業員に空き巣狙いが混じっていたようです。こちらで処分いたしますわ」
「ケッチュ次官、こういうことはないようにしていただきたい。あなたの管理責任を問わねばならなくなりますよ?」
「ええ、承知いたしました。申し訳ございません」
サキダル主任もさすがに強い語調で抗議する。事情を知っている彼は、それが星間管理局にとって大きな問題になりかねないのもわかっている。
対するヘルミはおざなりな回答。額面どおり捉えることなどできない。韜晦しているのは明白だ。
「すみません、プリヴェーラ教授」
散会になったところで主任が詫びてくる。
「被害がなかったので一度は収めます。今後はお願いしますね?」
「はい、もちろん。私がこちらで監視しておきますので」
「他国の船なので限界はあるでしょうが」
(彼も行動は制限されていると思ったほうがいいわね。アームドスキンで乗り付けるのも怖いし、これからは対面を避けたほうがよさそう)
デラはオイロニカ政務次官の背中に厳しい視線を向けた。
◇ ◇ ◇
「電子戦は?」
自室に戻ったヘルミ・ケッチュ次官は補佐官に尋ねる。
「すべて阻止されました。全く受け付けなかったそうです」
「いいかげんにして。侵入チームにはずいぶんと恥をかかされてしまったわ。これがオイロニカ軍情報部の精鋭だっていうの?」
「異常です。噂どおりゴート遺跡なのでは、と」
表示されているプロフィールパネルを指で弾いて消す。役立たずもいいところだ。
「もう結構。外観から性能を推察しなさい」
「限界があります。我らには未知の構造を有している可能性もありますので」
「あれも無理、これも無理。はぁーあ」
呆れ声が出る。
「ゴート遺跡なら、少しでもデータが盗めればって指示でしたのよ。お土産も持ち帰れないでは党でのわたくしのメンツは丸潰れ。勘弁してくださらない?」
「面目ありません」
「なにか方法を考えなさい。作業員に見せかけて軍のパイロットを紛れ込ませた意味がありませんことよ」
「は!」
(あの自尊心の塊みたいな教授のゴリ押しを政府が受け入れたのは余録がありそうだからだったのに)
ヘルミは顎で補佐官に下がるよう示した。
◇ ◇ ◇
直結通路に人は残っていなかった。救助されたらしい。星間管理局相手に喧嘩を売るほど大胆ではないらしく、勝手に切り離されたり拘束されたりすることもない。
「やってくれたものね」
イグレドに戻って接続を解いてから言う。
「あの女議員はノルデのことを知ってたみたいなんな。馬鹿をするのなー」
「馬鹿じゃすまない。もし、被害があったら大事よ?」
「それはちょっと無理だね、ノルデ相手に」
やはり電子戦も仕掛けられていたらしい。ゼムナの遺志相手に無茶をするものだ。ゴートの技術が今の星間銀河圏を揺るがしているのを見て、魔が差したというところか。
「どうする? きっぱり切って捨ててもよくてよ?」
協力もしなければ、調査中止を出してもいい。
「吾が斬るか?」
「あなたでも縁だけ切るのは無理でしょう?」
「どんなものかもわからぬではな」
(自分が剣として役に立つという不器用な縁のつなぎ方しかできない木訥さではね)
純粋さはうらやましくもある。対象である美少女も含めて。
「とりあえず要警戒」
苦々しげに伝える。
「強欲なことに、色々と手を出そうとしてるんだもの」
「国益に忠実なのは褒められるかもしれないけど、もう少し真っ当でなければ敵わないのなー」
「え、空き巣は犯罪だよ? もう少しどころじゃなくない?」
少年の正論に笑わされる。
「駄目な大人が多くてごめんなさいね。管理局サイドってどうしても国の思惑まで絡んでしまうとこなの」
「大人にならなきゃね」
「フロドにはそのままでいてほしいけど」
少年の肩を引き寄せて歩きながらデラは言った。
次回『宇宙の落とし穴(1)』 「そなたに危険はない。他の者は守る義理はない」




